第3話 奔走

一体どこまで走ったのだろう。遠くに海を照らす灯台の光が見える。気が付くと空き家となった祖母の前まで来ていた。正確には祖母と思っていた人の家だ。

僕が3歳くらいまで暮らしていた家。父さんの単身赴任についていった母さんは僕を祖母に預けたらしい。まだ母のぬくもりを感じていたい生まれてから初めての春だった。あまり夜泣きもせず、育てやすかったみたいだった。でも祖母の家へ僕を預けに行く前日だけは何をしても泣き止まなかったらしく、おかげで目の下が黒々しいまま僕の両親は祖母の家を後にした。母さんはたまにこの頃の話をしてくれた。

晴がね、あまりにも泣くから母さんは父さんについていくのを辞めようと思ったわ。でもね父さんは昔から家事が苦手だし、ひとり暮らしもろくにしたことのなかったお坊ちゃんだったからついていかないわけにはいかなかったの。晴のことはもちろん愛していたけれど、同じくらい父さんのことも愛していた、なんてあまりにも真剣に語るから僕はいつも何回も聞いたよと思っていたけれど、そのことを口には出さなかった。だって、母さんの顔はあまりにも幸せそうで水を差そうとも思えなかったのだ。


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ハッとして目を開ける。気づけば祖母の家の縁側で寝てしまっていた。祖母との思い出に浸ろうと座ってみたのだが、思い出したのは母さんから聞いた話ばかりだ。祖母の顔は今ではもうすっかり忘れてしまっている。家のリビングに飾ってある唯一の写真はセピア色で祖母が若い時の写真なのでよく分らない。なんとかっていう大会で一番になるほど美しかった、懐かしいね。あらー神崎さんのお孫さんなのね、将来絶対イケメンになるわよ、よかったわね。という近所のおじさん、おばさん。確かに祖母は綺麗だったが、僕は血の繋がっていない赤の他人だ。似ても似つかないし、イケメンにもならなかった。宙を見上げて思う。もういっそのことこの星空と一体化して僕という存在をなかったことにしてほしい。

叶わないと分かっていながら、空に輝く6等星の光に願った。










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