第43話 ミストカーナ事変

 ミュリナ・ミハルドが脱走したという話は瞬く間に生徒たちの耳にも入ることとなった。

 おまけにそのすぐ後、ミストカーナの街では至る所で放火事件が発生し、まるで彼女が犯人であるかのように見える事態となっていたのである。

 住民たちは一連の連続殺人未遂事件に加えて、白昼堂々の連続放火に不安が頂点に達しており、この問題に対する早急な解決が望まれていた。


 むろん街の警備隊や役所も動いているのだが、人族の中でも有力な貴族の子弟であるメイリス、ニア、クレド、サイオンの四者は、学園における当事者ということもあって会合が持たれることとなった。


「それで、誰が進行をやってくれるの?」


 口火を切ったのはメイリスである。


「進行? 勘違いするな、僕はただ確認のために集まっただけだ。犯人はミュリナ・ミハルドだ。危険だからさっさと殺してしまおう」

「お待ちくださいな。ミュリナさんが今回の事件を起こしたとは考えられません」

「何を根拠に?」

「お人柄です。彼女がこのような大胆な策を弄してくるとは思えませんの」

「はんっ。彼女は僕の仲間を奪っている。あの人見知りに見せかけた性格は他者を欺くための演技さ。僕には彼女が智謀に長けた悪魔かなにかのように見ている」

「演技とは思えませんね。彼女は心からあの態度を取られていたと思われますよ」

「公爵令嬢様はどうも人を見る目がないようだな。ではなぜ警備署から脱走している? そもそもどうやって脱走した? 犯人の特徴は隠密能力に非常に長けているという点だ。彼女の魔法ならばそれも可能なのではないか?」

「そのような魔法を見た覚えはございませんの」

「犯人としての確度の高さの話をしている。君の記憶の話じゃない」

「でしたら――」


 メイリスが机をたたく。


「なんか話逸れてない?」


 全員が目を見張る。


「……そうですわね。今は犯人の特定よりも問題解決が先ですわ」

「僕は見つけ次第処分に出る。ここまでのことをした犯人だ。さすがに文句はないだろう?」

「文句はございますが、どうせ言っても聞かないのでしょう? 問題はどのようにして犯人を発見するかにありますわ。相手は隠密能力に相当長けておりますの」

「そんなことはわかっている。僕は僕のやり方でやる。手出し無用だ」

「はぁ……。まったく、足並みをそろえる気なんてないんですのね」

「揃える意味がないだろう。お互い敵同士なんだから」

「人族でまとまらねばならないというときにっ。……はぁ。わたくしは犯人確保とは別の線を当たって見ますの。本件は通常の犯罪事件に対して、あまりに違和感がございますわ」


 何となく視線がメイリスの方へといったので、メイリスも答えていく。


「私はまだ様子を見るわ。ミュリナの周囲で事件が多発しているように見えるけど、これはミュリナを犯人に見せかける工作のようにも見える。それと、ミュリナが犯人なら警備署から抜け出すなんて間抜けはしないと思うわ。自分が犯人だと自白しているようなものじゃない」

「彼女が犯人だから逃げたんじゃないのか?」

「証拠がないわ。警備隊が彼女を確保したのは、ミュリナが第一発見者に三回なったからという理由だけよ。犯人である証拠にはならない。取り調べ期間が終われば彼女は解放されるわ」

「解放されない可能性だってある。警備隊にもメンツがあるだろう?」

「そのときは私やニアが動いたんじゃないの? 私こう見えてミュリナのこと結構気に入ってるの。もしあの子があんたの言う通り智謀に長けた存在なら、警備署で黙って待っている方が賢いと気付くはずよ」


 サイオンからの反論がなくなったところでメイリスはグレドの方を向く。


「グレド、あんたはどうするの?」

「……。いずれにしても重犯罪だ。誰が犯人であれ、住民に不安を与えている以上、俺は討伐に――」


 彼の言葉の途中で部屋の扉が開かれ、サイオンの派閥の者が彼へとなにやら報告を行う。

 一歩遅れてニアの派閥の者も同様だ。

 すると、二人は驚愕に目を見開いた。


「なんだって!?」

「どうゆうことですの!?」


 別々に報告を受けたというのに、両者ともに驚愕の表情を浮かべながら同じような反応を返していた。


「ちょっと、どうしたの?」


 未だ難しい顔をするニアがポツリポツリと言葉を返していく。


「……端的に申せば、化け物が現れたらしいですわ」

「化け物……? 化け物って何?」

「人型ではあるらしいのですが、人ではない魔物ような見た目をした者が商店街に出現したらしいんですの。今住民を襲っているそうですわ」


 その言葉だけでグレドは席を立って歩き始めてしまう。


「ちょっと! グレド、どこへ行くの?」

「住民が襲われている。今すぐ救援に向かう。貴族としての務めだ」

「僕の部隊も行くよ。タイミングから考えて、ミュリナさんの化けの皮がはがれたと考えるべきだろう」

「待って! ミュリナがそんな化け物なわけないでしょう!」

「さてどうかな。殺してみればわかることだ」


 そう述べて、グレドとサイオンは部屋を出て行ってしまう。


「はぁ……。まったく二人とも。ニアはどうするの? 化け物なんて、本当なのかしらね」

「わかりません。ですが、本件の狙いが見えない。もしこの一連の事件が同一犯によるものだとしたら、一体何を狙ったものなのでしょうか。それが見えないことには、本件を真の意味で読み解くことはできないように思えます」

「そうね。いったん私も現場に出てみるわ」

「わたくしは本件の狙いの方を探ってみますの」


 そう述べてメイリスとニアも行動を開始するのだった。


  *


 市街地において、化け物と呼ばれた存在は猛威を振るっていた。

 詠唱無しによる魔法攻撃に加えて肉体能力も非常に高く、すでにミストカーナ警備隊が第一次攻撃を仕掛けたものの、半壊に近い状態となって撤退を余儀なくされている。


「第二次攻撃を仕掛ける。グレド、もう一度確認するが、僕が指揮官でいいんだな?」

「ああ。俺は戦闘員としての経験はあるが、指揮官経験が薄い」


 こういった場合、通常貴族位の高い者が指揮官となるのだが、今回に限ってグレドは辞退するようだ。


「わかった。では第一部隊は正面から引き付け。第二部隊および僕の部隊が大通り両サイドから側面攻撃を仕掛け、死角方向からグレドの殲滅攻撃で撃破を狙う。グレドの奇襲が失敗した場合にはいったん撤退する。引き際を誤るなよ」

「市民が襲われてんのに逃げんのかよ?」

「避難の完了報告を受けている。周囲の住民は避難所だ」


 グレドはこれに鼻で応えて反論はなくなる。


「よし、作戦を開始する」




 大通りは多くの建物が火災に見舞われており、普段ならば人通りで賑わう大通りは騒然とした状態となっていた。

 その中心にいる者を目にして、サイオンをはじめとした戦闘員たちは息を呑んでしまう。

 化け物だという報告を聞いてはいたが、だいぶ人間に近しい見た目をしている。


 皮膚や髪の毛は甲殻類を思わせるような見た目をしているが、顔のつくりはだいぶ人間と同じだ。

 人間の価値基準で考えるのであれば、相手の性別は女性のように見える。

 撫で肩だし、胸部に膨らみもあって、なにより表情が女性らしい。

 ただ、事前情報で対話は不可能らしく、こちらがいくら呼びかけても問答無用で攻撃を仕掛けてくるそうだ。


 瓦礫に隠れ潜みながら部隊を周囲に展開させ、互いに目配せする。


「攻撃、開始!!!」


 予定通り第一部隊が正面攻撃し、ワンテンポ遅れて第二部隊、サイオンの部隊が側面攻撃を仕掛ける。

 大量の矢玉と魔法が飛んで、広場にいる化け物へと襲い掛かったのだが――。


 この化け物は、想像をはるかに超える戦闘能力を有していた。


 空中機動にて矢玉と魔法をすべて回避し、そのまま第一部隊の方へ。

 突っ込んだと思ったら、目にも止まらぬ速度で部隊員をなぎ倒していき、それだけで第一部隊は二割近くが損壊してしまう。


「くっ、想像以上の戦闘力だ。全部隊密集陣形! 第二部隊は第一部隊と合流。グレド! 僕の部隊に合流しろ! 奇襲の通じる相手じゃない!」


 彼の部隊も合流していく。


「戦闘力は本当に化け物染みているな」

「ふっ、まるでミュリナさんのようじゃないか」

「化け物染みているという点では似てるな。だが、強さの質が違う。あれの動きは獣のような動きだ。対して、ミュリナの戦い方は理詰めによる正当な戦術と圧倒的なパワーだ」

「よく知ってるんだな」

「こと戦闘に関しちゃ、ちゃんと研究してるんだぜ。むろんお前の戦い方もな」

「そうかい。とにかく今は目の前の戦闘だ!」


 サイオンとグレドは戦闘を開始する。

 グレドは高威力の魔法を得意とし、サイオンは弓矢による遠距離狙撃を得意としている。

 おまけにサイオンは戦略家としても高い能力を有しているため、通常の敵で何の問題も生じなかったはずだ。


 しかし、この化け物にはいくら集中攻撃を仕掛けていくも歯が立たない。

 数の優位があったはずなのに、戦闘開始からわずかな時間で戦力はあっという間に減らされてしまった。

 合流した第一部隊と第二部隊は壊滅し、サイオン、グレドの連合部隊も半分が地面に倒れ伏している。


「くそっ! 強い。それになんだあの素早さはっ!」

「動体視力とは思えねぇ避け方だ」

「グレド! サイオン!」


 メイリスが後から追いついてきて、彼らに合流する。


「ふっ、まさか君が加勢に来るとはな。てっきり今回も不干渉かと思ってたよ」

「そういうのいいから。状況は?」

「芳しくない。いつ撤退するかを見極めていたところだ」

「させてくれそうな相手?」

「難しいな」

「倒すしか活路はないわね。いくわよっ!」


 学園を代表する才者たちの死闘がここに始まるのだった。

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