第42話 逃亡

 はぁ……、今日も取り調べか……。


 昨日は一日中取り調べとなったのだが、やってもいないことをやったんだろうと一日中怒鳴られたり、机を叩かれたり、場合によっては軽くどつかれたりもした。

 精神的にだいぶ参ってしまっており、あとどれくらいこれが続くのだろうかと強いストレスを感じてしまう。


 今後、警備隊がさらに手荒な方法も採って来る可能性もある。

 メイリスさんたちと話していたときには、場合によっては薬剤の使用なんかもあり得ると言っていた。

 女である私がどんな目にあわされるかと思うと、心が休まる気がしない。


 警備兵がやってきたのを見て、ため息をついてしまう。


「おい、面会だ」

「面会……?」


 やってきたのはレベルカさんであった。


「ミュリナさん」

「レベルカさん!」


 見知った人を見ることができた安心感からか、鉄格子越しに彼女と手をつないでしまう。


「大丈夫? 酷いことされてない?」

「……だいぶ辛いです」


 我慢することができず、思わず想いを吐露してしまう。


「やっぱり。酷いことをされたのね。……ミュリナさん、ここを出ましょう?」

「え?」

「ここにいたら、あなた無理矢理にでも犯人に仕立て上げられちゃうわ。今すぐ逃げ出すべきよ!」

「で、でもでも、脱獄するってことですよね?」

「大丈夫よ。私の方でしばらく身を隠せる場所は用意できる。それに真犯人が捕まれば問題ないわ」


 抜け出せるものなら抜け出したい。

 けど脱獄して犯人を捕まえられなかったら、私は一生追われる身となってしまう。


「で、でも――」

「ミュリナさん、サイオン様に拾われる前の話なんだけど、私には、同じように無実の罪でつかまった友達がいたの。その子は犯人じゃないのに犯人だと決めつけられて、最終的には薬漬けにされて廃人になってしまったわ。もちろんその後、捜査を担当した警備官はやり過ぎだって処罰されたけど、それであの子が帰って来るわけじゃない。お願い、あなたもそんな風になってほしくないの」

「……わかりました。ですが、ここからそんな簡単に出られるものなんですか?」

「大丈夫よ。すでに内通者を用意してあるの。そのまま扉から出られるわ」


 彼女は普通に牢屋鍵を取り出して、そのまま私を出してくれる。

 おまけに、建物の中では誰ともすれ違うことなく、するりと外へ出られてしまうのだった。


「ほ、ホントに外に出れちゃいましたね」

「言ったでしょう。ちゃんと段取りを整えて来たんだから」

「助けてくれてありがとうございます。……ただ、犯人を捜すにしてもどうすればいいんでしょうか」

「そこもアイデアがあるから、とりあえずは隠れ家に行きましょう」


 なんと心強いのであろうか。

 取り調べに疲れていたためか、心に染みわたる言葉だ。


 彼女に連れていかれたのはスラムの中にある少し小さめの一軒家であった。

 入り口が奥まったところにあって、隠れ家と呼ぶには相応しい場所である。


「ここよ、入って」


 部屋へと入ると、お香が焚かれていてなんだか甘い匂いがする。


「お香を焚いてるんですか?」

「ここ長らく使ってなかったんだけど、スラムの中にあるせいか部屋がちょっと臭かったから、焚いておいたの」

「そうなんですね。ありがとうございます」

「ちょっと小さいけど、自炊もできるし、ベッドもあるわ。自由に使っていいから」

「何から何まで、本当に助かります」

「少し待っていて、食事もまともにとらせてもらってないでしょう? 簡単なのをつくるわ」


 彼女の言葉に甘えて、しばらくは座ってくつろぐことにする。


 けど、なんだろう。

 少しだけ頭がボーっとする。

 体も心なしか熱っぽい。


 慣れない取り調べから解放されて、心身が弱ってしまったのだろうか。


「ミュリナさん、少しいい?」


 調理をしているはずの彼女がやって来て、私の隣へと座る。


「はい、なんですか?」


 なんて答えると、彼女は私をそのまま押し倒してきた。


「ちょ、ちょっと!? レベルカさん!?」

「ねぇ、ミュリナさん。せっかく二人っきりだし、私と……そういうこと、しない?」


 そういうことって……何を言っているの?


「身体、熱いでしょう? このお香には強力な麻痺と媚薬効果があるの。解毒薬を飲んでないと、結構大変なことになっちゃうのよ?」

「び、媚薬!? な、なんで、そんな」

「これはせめてものお詫び。あなたには迷惑をかけたから」


 お詫び? お詫びって何のこと!?

 なんて思っているのも束の間、レベルカさんが普段触られないような場所を撫でて来た。

 言いも知れぬぞわつきが脳に押し寄せてきて、抗いようのない感情で溢れていく。


「や、やめて。レベルカさん、やめて下さいっ」


 抵抗しようにも、体が麻痺してきて上手く動かすことができなくなる。


「素直に受け入れて? このまま気持ちよくなって、そのまま眠りにつけば、目が覚めたころにはすべてが終わっているわ。私、けっこう上手い方よ?」

「ひぃぅ、いやっ。レベルカさん、お願いです。なんでこんなことするんですか」


 脳が快楽で支配されそうになるのを必死に抵抗する。

 今ここで飲まれてしまったら、なにか良くないことが起こってしまうような気がする。


「ふふっ、ミュリナさんは自我が強いわね。普通ならもう抵抗できないわよ。でも、これならどう?」


 レベルカさんの指が這って来て、さらなる快楽が襲いくる。


「あぅぅ、レベルカさん、やめて下さい。こんなことをしたら、サイオンさんが悲しみます」

「もういいの。あの御方と添い遂げるという微かな未来は諦めたわ。それに今こうしているのはあなたへのお詫びって言ったでしょう。だって、あなたが犯人に見えるように、全部私が仕組んだんだもの」

「……え?」


 仕組んだ?

 私が犯人に……?


「私ね、サイオン様にすらお伝えしていない特殊なスキルがあるの。それは他人の無意識を操作するスキル。これまでの事件が起こったとき、軒並み周囲の人通りがなくなっていたでしょう。あれは私がそうなるよう周辺にいたすべての人物の無意識を操作していたの」

「無意識を……操作……!?」

「人間はね、結構な頻度で無意識にあっちへ行こう、あれをやろう、こうしようっていうのを決めているの。これを操作できれば、集団を動かしたり、私たちを監視しているサイオン様の派閥の目を掻い潜ることもできちゃうわ」


 私が犯行現場にいたとき、奇妙な違和感があった。

 あれはスキルによる何らかの作用であったというわけか。


「あなたのような魔法力の高い人には効かないのが玉に瑕(きず)だけどね」

「で、でも、レベルカさん、最後に刺されてたじゃないですか! あのとき、私犯人を見ました」

「団体戦のための作戦会議をしたときに見せたでしょう。私は分体をつくることができるのよ。【影身分体】」


 スキルを詠唱すると、レベルカさんがもう一人現れる。


「あなたと二人っきりのときに自分を刺せば、私は犯人の候補として薄くなり、逆にあなたは濃くなる。おまけに傷はあなたが治してくれると信じていた。すべて私の考え通りに事が運んだわ。まあけど――」


 そのまま分体とともに私の身体を攻めて来る。


「――もうそんなことどうでもいいじゃない。こっちを楽しみましょう? けっこういいものよ。ミュリナさんも覚えるといいわ」

「きゃぅっ。嫌です。私、レベルカさんとこんな形でそれをされるのは嫌です。レベルカさんが私のことを好きだって言うんなら真面目に考えますけど、そうじゃない理由なら、絶対に受け入れられません」


 レベルカさんがため息をつきながら、分体を消して体を起こす。


「やっぱり、あなたはあなたね。ミュリナさん。あなたのその真っ直ぐな想いはあなたの強さよ。でも、ミュリナさんは他人の悪意に対してあまりにも無防備だわ。今だって、ただのお香でこんな風に身動きを取れなくされてしまっているんだもの」


 レベルカさんが私の首にチョーカーをつけてくる。

 そのまま私を寝技で拘束してきて、縄で縛られてしまった。


「レベルカさん!? なにをするんですか!」

「ごめんなさい。これからやることを考えると、あなたはどうしても邪魔なの」

「これからやること? 一体何をするっていうの?!」


 レベルカさんはその言葉を無視して黙って立ち上がる。


「そのチョーカーは魔法を封じる特注品よ。脱出できるなんて思わないで」

「ずっとここに捕えておくつもりですか?」

「時が来たらあなたは解放されるようになっている。それまで、一人だと媚薬の効果でだいぶ辛いだろうけど、我慢しててね」

「待って! こんなことやめよう? ね? サイオンさんが好きなんでしょう。こんなことしたら、サイオンさんはあなたのことを許さないわ」

「……。あなたのこと、嫌いじゃなかったわ。もう会うことはないと思う。さようなら」

「待って! レベルカさん! レベルカさんっ!」


 彼女はそのまま部屋を出て行ってしまうのだった。

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