第3話 アロエ婆

「トイレのアロエ、もう外に出して良いよ」

 ばあちゃんがそう言っていた。


 あー、もうそんな季節かなぁ。

 まだ、若干早い気もするけど……。


「……なに? 邪魔だった?」

 あたしは一応聞いてみる。すると、

「春が来たみたいで、良いんでねぇか」

 そういう答えが返ってきた。


 なるほど、春の雰囲気か。

 そういうことなら……

「じゃ、出しておこうか……どの辺に出す?」

「玄関で、よかべ」

 あたしは頷いて、了解の意を伝えた。


 トイレのアロエ───


 他人が聞いたら、何のことか不思議に思うかもしれない。

 あたしの住んでいるところは、雪は深くないが代わりに寒さはそこそこ厳しい土地柄だ。真冬は氷点下15℃くらいまで低下することもある。


 そのため、観葉植物や花の球根など、極低温で死んでしまうものは迂闊にその辺に置いておけないのだ。

 だが、それほど広くもない我が家。

 リビング等には置いておくわけにもいかず、さりとて普段使わない部屋は屋外と変わらない気温まで下がってしまう。何なら、油断するとリビングでさえ朝に氷が張っていることさえあるのだ。


 冬場は寝る前に、薪ストーブに薪投入。

 これは我が家の鉄則だ。忘れようものなら極寒の朝が待っている。


 そんなわけで、うちの中で一番気温が安定しているのは何処だろうと家族で検討したところ、トイレの中が一番だ、という結論にたどり着いたのだ。


 うちでは、年寄りのヒートショック対策の為に、冬場はトイレでヒーターをつけっぱなしにしているのである。そのため、結果的にトイレが一番気温が安定しているというわけだ。


「あー、じゃあそろそろ……トイレのヒーターも切っていいかな……」


 そんな話をしていると、トイレからがたがたと物音がしてきた。どうやら、話を聞き付けたじいちゃんが、気を利かせて先に出してくれていたようだ。


「日の当たるところに出してないといいけど……」

 あたしは、ぽつりと呟く。

「はっはっは……。去年は死んだと思ったけんどねぇ」

 ばあちゃんがそれを聞いて、愉快そうに笑う。


 実はこのアロエ、去年の春先も同じようにトイレから外へと運び出したのだが、直射日光の当たるところに置いておいたら黄色く変色してしまったのだ。いや、若干茶色みがかってさえいた……。

 そのため、ダメもとで日陰に移して放置しておいたら、一ヶ月程で青々とした元の状態に戻っていて驚いたことがあったのだ。

 その前にも一度、凍結させてしまい、その時は流石にもうだめだろうと思ったことがあった。 

 畑で鉢をひっくり返して中身を取り出し、処理をしようと土を解いていたら、思いのほか根の部分が生き生きとしていたので……物は試しと上の葉を全て切除して再び鉢に戻し、放置しておいたところ……やはりいつのまにか復活していた。


 このアロエというやつ、強いんだか弱いんだか、よくわからない植物だと、常々思っていたのだ。


 こいつらは元々は、じいちゃんの妹の家で育てられていたのだが、増えすぎて処理に困っていたので貰ってきた、というのがうちに来た始まり。

 やがて、うちでも増えて処理に困り出した頃、アロエの「実家」であるじいちゃんの妹の家で枯らしてしまったとの報せを受けて、株分けして里帰りとなった経緯もあったのだ。


 別にうちでは、食べることもしないけれど、ばあちゃんが時々保湿や火傷薬として使うことがある。アロエって何にでもなる、優れた植物だと聞かされた。


 そんなに良いものなら、畑で育てれば良さそうなものだが、不思議なことに露地植えのアロエというのは見たことがない。たぶん、前述の直射日光との兼ね合いで、そもそも畑での栽培が難しいのだろう。


 玄関に置かれた鉢植えを見て思う。


 ほんと、変な植物である。

 よく見ると、トゲまで生えてるし……、サボテンか? こいつ。


 日当たりでは生きられず、過保護じゃないと育たない。そのくせ、瀕死の重体に陥ってもしれっと生き返る……。


「ふふふっ」


 生き様は、まるであたしみたいだな、と思った。そしてタフさの方は、ばあちゃんみたいだ。

 ある事情で、ばあちゃんは死にかけたことが何度かある。大手術も二回ほど経験した。だが、今もこうして元気に生きている。


 そう思うと、うちに来たのもなんだか縁というか運命的なものを感じてしまう。


 あたしは、その瑞々しく弾力に溢れた大きな葉をつまんでみる。

 張りがあって、ブニブニしている。

 なんだか、触り心地もよかった。


 ……ふと、自分の貧相な身体つきが気になった。そして、誰からも触って貰えない我が身を思って、ちょっと腹が立った。


「おまえ、意外と豊満だな……。やっぱ、あたしとは違うわ……」


 あたしは、その瑞々しい身体をもつ植物に、ちょっと嫉妬して──その葉を指で弾いた。

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