序章

                      著者:アーロン・T・マグリット

 1878年、グレイトアイランド及びグレイランド連邦共和国で、蒸気機関が発明されたことにより、工業の機械化が始まり、産業革命を開花させた。機械工業は、人件費の大幅な削減、品質の均一化、大量生産を可能とした。工業機械部品を作ることができる、技術力の高い国へと、機械工業の波は波及していき、産業革命は流行りとして、時代の転換点となった。産業革命を迎えた国々は、周りの強国を牽制しつつ、弱小国家を植民地化、または租借地を獲得することによって、その帝国主義的理想を体現するために権威の範囲を広げていた。そんな強国同士がにらみ合う時代に、広大な領土を誇る国、ザクヴチカ帝国で、私、シシャー・T・マグリットは生まれた。私は、プシャニカという農業地域にある村で生まれた。父は、領主から農地を借りた小作人であった。母は学があったので、領主お抱えの家庭教師として使えていた。幼き息子は、父の畑仕事を手伝い、母が返ってくると読み書きを学んだ。今思い返すと、母の仕事が幸いして、もしくは災いして、今の私を形作ったと言っても過言ではない。母が持ち帰る英雄譚を、私は好んで読んでいた。弱きものが強き者を打ち負かす、そんな物語に私は憧れていた。これが、後に私が加わる出来事へと私を導いたことは、後に分かることであろう。私は日々の生活に不足感じることなく、健やかに育っていたのだが、そんな生活が、ガラリと変わる出来事が私達を襲った。

 寒波が村を襲ったのである。その月、その次の月、その次の次の月にまで寒さは続き、畑の不作が続いた。この不作は、私達家族を貧困へと導くであろうことは、はなから予見出来た。私達家族は、都市に移住することにした。移住先は、ザクヴチカ帝国首都、リエス・アカの工業地帯のゼムリャ・チューダ地区であった。この地区は、西通り、中央通り、東通り、北通り、南通りの道で区が分けられた。わたしたちは、西通りの工場寮に住むようになった。父は、機械部品加工工場の労働者に、母は製糸工場の労働者になった。私は、以前のように、父の仕事を手伝うわけにはいかないので、新聞配達として働いた。私達の生活を明らかなものとするため、小作人と労働者の違いを説明しておく。小作人は、作物を領主に税として納め、残った作物を冬への蓄えや、日々の食料に捻出していた。よって、食料の潤澤度合いは、その月の収穫量に比例している故、不安定であった。しかし、労働時間は決まっておらず、ゆとりがあった。

それに対し労働者は、労働で賃金をもらい、それを税として納める。残った賃金で、家賃、寮なら寮賃、食費を捻出した。食料は購入するようになったので、比較的安定した食事が出来ていたが、少ない賃金から得られる食事は、かなり質素なものであった。また、労働時間も決められていて、規則通りに労働していないと、懲罰を受けることがあった。労働者になった私達は、飢えることは無いが、心を満たされることが無い生活を強いられるようになった。そして、そんな機械のような生活を初めて約四年、私自身、その偉大な機械の一つとして馴染むきっかけになる日が、とうとうやって来た。

 その日、母が倒れた。息を浅くして、額から汗を垂れ流した母が、寮に帰ってきたのである。母は、女であったとはいえど、子どもの私よりは賃金を稼いでいた。そして、母の療養は安くはなかった。それ故、母が倒れたその家計は、パタリと一方向に傾いてしまった。私は、母の働いていた分を取り戻すべく、他の仕事も手当たり次第始めていった。煙突掻き、起こし人。ビラ配り、何でもやった。それでも、母の容態は悪化の一途をたどり、もうそこにはかつての、優しく読み書きを教えてくれた、力強い母はいなかった。弱々しく痩せこけ、事あるごとに「ごめんね。私が動けていればこんなことに」と弱音を吐く女がベットに横たわっていた。晩年には、彼女は血反吐を吐くようになり、肌は青白くなった。やがて、私が母と尊敬して慕っていた女は、死んだ。最後まで「至らない母でごめんね」と。そう繰り返していた。

 母の死後。父は憔悴してしまった。母の死を無かったことにするかのように、酒に溺れるようになり、以前の力強い父からかけ離れた、意地の悪い男へと成り下がってしまった。私は、そんな父から距離を置くように、仕事を増やした。父とは顔を合わせたり合わせなかったり。そんな生活が続いていたある日、やがて父が帰らなくなくなった。後々分かったことだが、父は橋の下で野垂れ死んでいたらしい。家計が私だけとなってしまった家は、とても、とても静かで、寂しく薄暗いものとなってしまった。これが、私の人生の暗黒時代である。しかし現実は、悲しみに暮れる暇を私に譲ってはくれない。私は、父の勤務していた工場で働くことになったのである。

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