ボディビル忠臣蔵

@masata1970

筋肉こそが全てを決める

「この間の遺恨、覚えたるかっ!」


 江戸城松の廊下に怒声が響く。浅野内匠頭長矩は突如長裃を脱ぎ始め吉良上野介義央に詰め寄る。吉良は唖然とし周りのものはといえば、殿中でござる!キレてるよ!いい血管出てるよ!と囃し立てる。


 高家筆頭として負けてはいられない吉良。齢60でこの地位にあるのは自らの肉体美があるからだ。ふん!と鼻で笑うと肩衣を掴みばっと払うとふんどし1丁となった。


「これだから赤穂の芋侍は、饗応役は身に余ったようじゃのう……あれだけ厳しく指導したというのに」


 はっ!と力を入れると吉良の額が切れ、背中に鬼神が浮かびそこから出血し始めた。


「勅使饗応役はこの筋肉を見せ、楽しませるもの!そのような張りぼて見せ筋で私に挑むとは笑止千万!」


 周りの武士たちは吉良の筋肉に対し筋肉国宝!江戸城に展示したい!白髪鬼!しぐれ煮!と囃し立てその美しさを見た浅野は負けじともう一度仁王像の立ち真似をするものの現実は非常。吉良の筋肉に見とれていた武士たちはそもそもの儀式も忘れて松の廊下杯、吉良上野介義央筋肉美鑑賞大会を続行した。


 もう吉良の筋肉美鑑賞大会が行われた知った勅使は激怒、松の廊下へ急行し思わず見とれていた伊達左京亮宗春も急遽長裃を脱ぎ捨て均整の取れた筋肉の肉体美を披露した。


 これが耳に入った将軍徳川綱吉は激怒した。勅使を下座に迎え接待役の筋肉披露会を見せ諸大名たちに権威を演出する儀式をぶち壊しにされたのだ。一応白書院で儀式は行ったものの吉良は負傷、浅野は別室で放心状態、伊達は再度筋肉を披露するもいまいち盛り上がりきれなかった。


 この空気に耐えきれなくなった柳沢吉保は綱吉に将軍の肉体美を見せることを提案。致し方ないと将軍式筋肉鍛錬で磨いた肉体美を見せ、歩く逆三角形柳沢と筋肉美の伊達を脇に添えて挑んだ。これは筋肉の河岸市!生類憐れみの令は筋肉がない奴への憐れみで出したもの!と勅使から称賛され事なきを得た。


 あやうく儀式を台無しにされかけた綱吉は浅野に対し、お家取り潰しと筋肉の天敵である揚げ物5品と徳利3本の飲酒を毎日するという事実上の死刑宣告をした。一方吉良は筋肉勝負に挑まれその素晴らしい筋肉で撃退したと称賛された。


 吉良に筋肉勝負で負けた浅野はこの恥辱に耐えることが出来ず切腹した。


「風さそふ 花よりもなお 我はまた 筋の名残を いかにとやせむ(風にさそわれて散る花も名残おしいが、それよりもなお筋肉が名残おしい私はどうしたらよいだろうか)」




 筆頭家老の大石内蔵助は驚愕した。浅野家取り潰しの一報である。殿中で筋肉勝負を挑む、これはまぁいいだろう。許される範疇だ。

 だがしかし、相手が筋肉の饗応で数々の使者たちを楽しませてきた吉良上野介である。勝てるわけがない、あっさりと敗北し周りはいなかったもののように扱ったのであろう。その上で将軍主催の筋肉披露会を台無しにしかけたのだ。将軍自ら筋肉を披露することで場を収めたと言うがもし吉良が出ていたらもっと盛り上がったはずだ。将軍の怒りは理解できる。一人の筋肉愛好者として、自分の筋肉を磨くものとして大石は吉良上野介という男を尊敬していた。


 翌日の急報でさらなる混乱がおきた。揚げ物5品と徳利3本の飲酒を毎日することを命じられた殿が切腹したというのだ。無念であったのだろう、辞世の句からは吉良との筋肉勝負に負けた悔しさが滲んでいた。家臣のことはどうでもいいあたり流石である。どちらにせよ取り潰しは決定事項、大石は大評定を開くことにした。



「籠城し、城を枕に幕臣に対し筋肉披露会をすべき」


「追腹を切って、主君に殉ずるべき」


「吉良の屋敷に向かい筋肉勝負をしよう」


 意見はこれだけであり、追腹派は筋肉がいまいちなので受けが悪かった。主流派の吉良屋敷で筋肉勝負派は(殿の切腹に)キレてるよ!と立ち姿をキメていたが勝手に切腹したわけだし……と言われると意気消沈した。

 揚げ物5品と徳利3本の飲酒はよほどの負け方であり、江戸からの知らせも浅野がいたことに忘れてた、記憶に残らぬ筋肉と酷評され赤穂の家臣たちもそれほどの差がある敗北なら仕方なし、見事なるは吉良の筋肉と褒めて諦めていた。


 大石は筆頭家老の責任として浅野家再興に動くこととした。この地位は世襲ではなく筋肉美によって勝ち取った地位である。自分はどこへでも再就職できる、だからこそ鍛えたくても筋肉を鍛えられないもの、鍛えても体の問題で成長しないもののために再興して安定した生活を……と考えた。

 褌一丁で皆に手ずから分背筋(背筋の形をした小判)を渡しお家再興まで頑張ってくれと励ましの言葉をかけ続けた。




 赤穂城を明け渡すと大石は京に住まいを移し、田畑を耕し、見せ筋ではない事を証明して京を騒がせた。そして様々な縁を使い筋肉披露会を開催、浅野の命運肩に乗せてんのかい!侍!と大名や住職、公家衆に称賛され再興の為働き続けた。


 一方で江戸、即刻吉良と筋肉勝負すべしと急進派が息巻いていた。殿の無念を晴らすは筋肉勝負で勝つ他なし、惨敗どころかただの討ち死にしたとしかいえぬ、吉良との筋肉勝負で勝たなければ面目が立たぬと毎日筋肉を鍛え上げながら騒いでいた。

 武闘派筋肉はさっさと筋肉再就職を決めたのでもういない。彼らは吉良が幕府の命令で屋敷を移されたがそれは筋肉を育てる物が手に入りやすいからと言う理由だったことを知っている。

 つまり時間が経てば経つほど吉良の筋肉はさらなる成長を遂げるのだ。なにせ筋肉の素晴らしさに体がついて行かず額と背中を負傷したという事実は急進派を恐れされるに十分だった。


 この不安を察知した大石は説得のため、特に謹慎してるわけでも預けられてもいないそこにいただけの浅野大学を自ら駕籠舁きとして乗せて江戸に向かい急進派に合流した。


「見よ、この足を!駕籠舁きは足の筋肉が鍛えられる。より一層と筋が濃くなるように思えるぞ!」


 説得を忘れてこの数日間で鍛えた自らの筋肉を披露した大石は満足気に浅野大学を置いて帰っていった。そして急進派は再興までの繋ぎで駕籠舁きの仕事をし始めた。



 一周忌を過ぎても浅野再興の話は特になく、大石も特に離縁せず、浅野大学は江戸で急進派たちと筋肉を鍛えていた。この頃から大石は歓楽街での筋肉披露会を増やし京都の阿修羅像、仁王像として名声を高めていた。そしてお家再興の運動の結果として幕府から通達を受け取ったのだった。


「浅野再興に関して浅野大学の筋肉はいかなるものか?噂で聞くに見るに違わず兄より劣る筋肉と聞く、再興は許さず。むしろその筋肉では大石が大名になればいいのでは?」


 流石の大石もこれには消沈。そういえば浅野大学様どこだっけと江戸においてきたことを完全に失念。最後の記憶ではたしかに微妙な筋肉だった気がすると大石もこの理由ではだめだと受け入れる姿勢を示した。そしてそれを通達するため最終方針として丸山にいまだ筋肉就職できていない者たちを集めたのだった。




「幕府は浅野再興を許さず、浅野大学様の筋肉は内匠頭様に劣ることが理由だ」


 ぐうの音も出ない正論に旧赤穂浪人一同も、じゃあしょうがないと完全に諦め気味。


「少し待って欲しい、異議を唱えたい」


 そこで発言したのは歩く筋肉、肩に足がついてるようなしぐれ煮の色をした阿修羅像、デカいよ!他が見えないよ!

 そう、江戸に放置され筋肉鍛錬生活と駕籠舁きで鍛え上げられた浅野大学だった。


「私の筋肉は今や兄に劣らないと思う、だがしかし幕府の命令を撤回させるのは困難であろう、吉良邸で筋肉勝負をしてその勝利をもって再興を願い出よう。断られたら日本橋で筋肉披露会を開こう」


 浅野大学の言葉にみなは勇気づけられ吉良邸での筋肉勝負のため江戸に向かうこととした。この決定を機に筋肉再就職が決まっていた高田馬場の筋肉決闘で有名な堀江安兵衛ら武闘派筋肉集団もぜひ吉良との筋肉勝負に参加したいと休暇を取ってやってきた。筋肉こそが正義なので筋肉勝負に負けた主君への敬意は筋肉武闘派にはそこまで残ってないのである。そして大石は君の筋肉で自分が大名になれば?と幕府から言われたことを発言する機会を逃しそのまま江戸に来てしまったのである。



 一方の吉良邸では旧赤穂藩士が筋肉勝負を仕掛けてくるのではないかとの噂に色めき立ち、吉良自ら筋肉披露会の設備を作り上げ今か今かと楽しみにしていた。


「腹を勝手に切った赤穂の芋侍はともかく、大石内蔵助の筋肉はまさに仁王像のごとく、仁和寺と思ったら大石の家であったと言うほど見事なものとか。ワシ一人では恥をかくかもしれん、人を集めねばのう」


 筋肉によってできた傷を筋肉の鎧で癒やした高家筆頭肝煎吉良上野介義央は今が自分の最盛期であると確信を持っていた。ようこそ!赤穂の侍一行!筋肉歓迎の旗を作りながら吉良はその時を待つ。


 旧赤穂藩士(筋肉再就職を含む)はマグロを食べ、凍り豆腐を食べ、豆をかじり筋肉に最後のタンパク質を与えていた。そして全員が揃い旧赤穂藩士の再就職先の大名たちも外で待ち、赤穂の歩く筋肉を今か今かと待っていた。

 出陣の時である。



 時に元禄十五年十二月十四日、江戸をふるわせて響くはキレてるよ!の声

 昼に正面から吉良家へ筋肉勝負を持ち込む赤穂の旧臣130人は吉良邸へ丁寧にお邪魔し歓迎の旗や垂れ幕にさすがは高家と進んでいく。


 筋肉披露会をする会場では上座に吉良上野介が座り今か今かと待ちわびていた。控える家臣は89名、旧赤穂藩士のほうが数は多いが吉良がいる。そう楽には勝てないだろう、まだ大名たちも集まっていないが始まりの鐘が鳴らされる。


 数が多いので勝ち残り式の筋肉勝負、先鋒、次鋒、中堅、副将、大将を互いに決めたあとそこから洩れたものだけを戦せ、先鋒にぶつける完全なる前哨戦、筋肉の市場である。

 その勝負の最中に次々と大名が集まり、将軍も吉良邸にやってきた。


「これほどの筋肉の集まり、江戸城でもそう見ることはないであろう」


 結局、この時の勝ち残り筋肉勝負に勝ったのは近松行重であり、吉良側の先鋒と戦う権利を得た。実質は6人で吉良側の5人を撃破すればよいだけである。最も吉良が曲者なのだが。


 吉良側の先鋒は山吉盛侍、その筋肉は旧赤穂藩士3人に匹敵するであろう。すっと服を脱ぎ筋肉を見せつけるとその肉体美に会場は称賛の嵐。背中が甲虫の腹みたい!と称賛を受け更に力を入れるとその筋肉の凄さに自らが耐えられず3箇所から出血。あまりの筋肉の出来に近松行重は筋肉披露会場の壇上から川に落ち敗北した。


 旧赤穂側もこれには仕方ないと先鋒、堀部安部を投入。ここで3人は抜いてほしいと思うものの流石に厳しいと思いせめて先鋒撃破をと期待をかける。ここはさるもの堀部安兵衛、筋肉決闘で3人を打ち破った実績をまざまざと見せつけ山吉盛侍を刀の上段構えで腕の筋肉を見せつけ撃破。彼はまだ上しか脱いでおらず本気を出していないのである。いかがなものかと思うが敵の大将は吉良、これも立派な戦略である。


 吉良側次鋒は鳥居利右衛門。堀部安兵衛相手に棒術の立ち姿で筋肉を見せつけ追い詰める。しかしここで安兵衛は手に持ってない刀でえいっ!と鳥居利右衛門を打ち付け破る。その気迫と筋肉による幻覚は鳥居に実際の剣で切られたように錯覚させたのだ。観客のキレてるよ!の声がどちらの意味なのかはご判断に任せる。


 吉良側は2人抜きされ流石に焦りが出始める。吉良まで言ったら我々の立つ瀬がない!中堅、小林平八郎はここで負けてなるものかと打ち掛けを羽織り見事な動きで観客を魅了する。打ち掛けをはらりと落とし二刀流の構えをすると観客からは腹筋がカニの裏!体がデカイ!と女性的な動きを取り入れ大きな相違を見せた。さしもの安兵衛もこれには勝てず敗北した。


 期待の3人抜きは流石に厳しく次鋒、不破数右衛門を投入した旧赤穂側。何故か勝手に前哨戦に参加、次鋒だからと連れ戻されるまでに数人を撃破した。規定でどうかと思ったが他ならぬ吉良が筋肉勝負の結果は絶対であると許容した。

 そんな不破数右衛門の荒々しい演舞にふくらはぎ子持ちししゃも!ふとももにんにく!たくあんにしたい!と大歓声が起き繊細さの相違の差で勝った小林を筋肉の暴力で打ち破った。


 とうとう2人追い詰められた吉良側、副将清水一学の出陣である。二刀流の動きで不破のあの荒々しい演舞を捌き切り僧帽筋が飛んでる!僧帽筋が跳ねている!僧帽筋が歌ってる!もっと歌え!と不破が動けば動くほど追い詰められ、一方で清水も疲労していく。かろうじて観客の声は清水に軍配が上がったものの連戦できるはずもなく相打ちとなった。


 そして大将吉良上総介義央、動く。対する旧赤穂は間十次郎。新時代の幕開けだ!と声援を受けつつその筋肉の前方後円墳で吉良に、一番槍を入れた。


「ほう、やるのう……」


 吉良は久々の激戦の予感に筋肉が高鳴った。若い世代も侮れぬ、敵は大石くらいだと思っていた。彼の目に映った不破も堀部も実用的な筋肉を鍛えたうえでの美しさにかけていた。そのようなもの自分に敵うはずがない。吉良はこの年まで機能美を筋肉に持ち続けてきた。だからこそ高家などという石高では軽んじられかねぬ地位で崇敬を集めてきたのである。


「3割と言ったところかの……」


 ぱっとふんどし1丁にになった吉良は能を舞い始める。これは余裕の現れ、帝の前で筋肉を披露したこともある自分は貴様程度に技は出さぬとという証。

 筋肉を見せつける像の真似もせずただ筋肉をゆっくりと動かしこの後の試合に備える、これで十分なのである。観客たちは息を呑み筋肉とはただ美しいだけにあらずと、ただ実用的であればいいのではないと掛け声も忘れて見とれていた。これは敗北である、吉良ではなく観客の、盛り上げることを忘れた観客と盛り上げるためにいい勝負を出来なかった十次郎の。

 奇しくもそれは見ていたものに松の廊下の時の浅野内匠頭を思い出す光景だった。


「さて、副将は誰かの?大石殿の息子かな?」


 余裕の残した吉良は早く大将戦に行こうと言った雰囲気で声を掛ける。慢心ではなく余裕。それは見ていた人間全てが感じ取るに十分だったのだから。


「副将は私、大石内蔵助」

「なんとっ!」


 さすがの吉良もこれには驚愕、しかし一瞬で冷静さを取り戻した。これは作戦。おそらく共倒れを狙うため限界まで筋肉を張り見せつけ、血管が切れてもその肉の鎧で戦うつもりなのだと。そこまでして自分を倒しに来たのだと。齢60を超えた老人に喜色の笑みが浮かぶ。


「そうまでして私を倒しに来たか、誠に光栄。さすが自宅が仁和寺と間違えられる男よ」

「さて、私で倒せればどれほど喜ばしいか」


 これは本心、ここで倒して大将に浅野大学の単独筋肉披露会を行えればお家再興は叶うだろう。将軍も諸大名もいる、ついでに京都からついてきた公家も、身分を隠して除いている帝もいる。大学様の筋肉を見れば大名にせざるを得まい。嫌がる大学を駕籠舁きではなく駕籠の中に乗せて来たのはそれを隠すためだ。


「だがのぅ大石殿、その筋肉……疲労が見えておるぞ」

「!!?」


 図星を突かれた大石、京から来る間この公家衆とやんごとなきお方に気を使い江戸では滞在先を手配し不足した食料を稼ぐため野良筋肉ファイトで筋肉のあまりない人間の食い扶持まで稼いでいたのだ。仕上がりは8割くらいであった。


「本当に残念じゃ……万全であれば良い勝負が出来たであろうに……」


 吉良の筋肉が徐々に盛り上がり人々を圧倒していく。勝手に江戸城が生えてきた!体に山脈生えてるよ!筋肉の枯山水!筋肉の侘び寂び!の掛け声の中で大石は逆転のため懇親の力を込め体で山の形を表現する。


「背中に山鹿の陣太鼓!」

「山鹿にそんなものはないだろう」


 正論で返され、筋肉の仕上がりもイマイチ、大石は敗北した。


「ここまでかの……急ぎでもないのだから万全にしてから挑むべきだったの……」

「いいえ、私が万全に仕上がったからですよ、吉良左近衛権少将殿」


 吉良は声のした方を見た。少し大きめの駕籠、しかしこの威圧感は何であろうか?吉良は自分がここまで威圧されたことは今までなかった。気合を入れ、旧赤穂……侮るのはやめよう、赤穂の大将出馬を待った。


 バンと転がり出たるは黒い玉。錆びた鉄球のような茶色。しかし吉良はソレを正しく認識した。此奴はできる。筋肉の、いや……筋肉そのものだと。


「申し遅れました、赤穂軍大将浅野大学。参ります」


 大きな歓声、その刹那吉良は本気で力を込めた。これが自分の究極の肉体だ先手を取られるな!今、自分はは挑戦者になったのだと。


 土台が違うよ!土台が!しぐれ煮!休息を知らぬ筋肉!様々な歓声を浴びても吉良は油断一つしなかった。この勝てない勝負に挑む感じ忘れていた……。幼き頃の高家たちとの筋肉勝負、老いてもなおまだ戦をしる世代たちの素晴らしい肉体美、あの頃自分が勝てなかった、求めていた、それがまさに今、目の前にあった。


「この1年、長かったです……兄より劣る筋肉と幕府から裁定されましたが、いかがですか」

「まさか、昔見た信濃松代の真田様を思い出しました、私の知る限り最高の筋肉です」


 筋肉に敬意を表し敬語の対応になる吉良。こうしてる間にも浅野大学の筋肉は張りが増え艶が出ていく。そして浅野大学は最初のポーズを取った。それは兄が得意とした仁王像の立ち真似、阿吽どちらもの立ち真似をゆっくりとするのである。


 眼の前にいるのはまさに金剛力士であった。一人筋肉博物館!日の本を背負ってもびくともしない!筋肉の徳が高すぎる!前世に国でも救ったか!観客の中から大石の肩にでっかい責任乗せてんのかい!という震えた声が観客に滂沱の涙を流させる。

 吉良も背中に鬼神を宿らせ、筋肉の筋を浮かばせる。血管を浮きあげ自分で大捕物してんのかい!背中に鬼神が宿ってる!体全身あみだくじ!と声が掛かるがやはり浅野大学のほうが歓声が強かった。


「今日という日を余は忘れないであろう、浅野大学を軽視した見識の浅さ、吉良という一人の男が齢60にして魅せた完成した肉体を、1年の筋肉江戸留学で打ち破ったさまを」


 将軍綱吉も涙を流し新たな筋肉の神の誕生を祝った。こうして赤穂藩士は、浅野大学は浅野家を再興した。


「教えて欲しい、浅野大学殿……どうして1年でその肉体を作り替えることが出来たのだろうか」

「吉良左近衛権少将殿、駕籠舁きです、普通の筋肉育成の他に駕籠舁きをすると必要な筋肉が鍛えられるのです」

「真か!」


 会話が終わると再興した赤穂一党は赤穂内匠頭が眠る泉岳寺に報告に行き、吉良は上杉領まで1年駕籠舁きをするといい急遽その場で息子に当主を譲った。


 1年後、更に鍛え上げた吉良と浅野大学の筋肉勝負が江戸城で行われる。その勝敗は語るのも野暮である。

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