【11/03】夜遊びをしよう!
穏やかなジャズが流れる雰囲気の良いバー。
客人たちは皆、カードゲームやビリヤードなどに勤しんでいる。
俺たちが入ってくると、こっちを一瞥したがすぐに興味をなくしたようで各々の遊びに戻っていった。当然ながらこんな深夜遅くにエリィより年下の客はいない。
……が、気にするものはいない。
強いて言うならこのバーのマスターぐらいか。
「こんばんはぁスミスちゃん。そっちのお嬢ちゃんは?」
刈り上げられているものの僅かに残った髪はピンク色。
厚めの化粧をした筋肉質の女性はこのバーのマスターだ。
「これはどうもどうもミスター。僕はエルリオ・グルゴドレン。スミスの師匠さ」
「ミセスよ」
「…………これは失礼したね。ミセス、えっと……?」
「ミセス・ジョセフ。ジョセフちゃんでもいいわよん」
「よろしく、ミセス・ジョセフ」
パチン、とウィンクするミセス。
体格は屈強な成人男性そのものなので、よく間違われるとかなんとか。
…………まぁ一物もまだついてるらしいしな。
俺たちはカウンターに座ると、各々注文することにした。
「ミセス、俺はいつもので。こいつにはなにか適当な飲み物と食いもんをやってくれ」
「キツい酒を頼むよ、ミセス」
ミセスがこちらを見る。俺は黙って首を振った。
それを見て、事情を察したのかミセスはニコリと微笑んだ。
「ふふ、申し訳ないけれどノンアルコールカクテルで我慢してくださる? エルリオちゃん」
「仕方ないなぁ……」
いくら中身が師匠だろうと、そうでなかろうと肉体は少女なんだからな。
飲酒は控えてもらいたいものだ。
カチャカチャと容器をカウンターから取り出してミセスが飲み物の準備を始める。
エリィはというと、それを面白そうに眺めていた。
こういう店に入ったことがないのだろうか?
まぁ、ジジイの時から研究一辺倒の世捨て人だったからな。
それとも……そういう記憶までは継承していないのか。
「はい、スミス、エルリオちゃん」
「どうも」
「ありがとうミセス。これはいったいどういう飲み物かな? ……いや飲み物なのかね?」
「ストロベリーサンデーよ。アナタのお弟子さんの大好物なんだから」
いわゆる苺を乗っけたアイスクリームである。
エリィの前にも同じものが出されていた。
俺のは洋酒のソースがかかっているが、エリィの場合は使っていないようだ。
代わりにチョコレートがふんだんに掛けられていた。
料理はそれだけでなく、豆菓子にフライドポテトがカウンターに置かれた。
ここに来ると、だいたい俺はこのメニューを頼むのだ。
「…………相変わらずだね、我が弟子。その甘党」
「お褒めいただいでありがとう。食えよ、師匠」
少しばかり辟易したような顔をしたが、一口食べるとお気に召したようで、目を輝かせてかつかつと平らげ始めた。師匠は甘いものがそれほど得意ではなかったが……。
少女になると、味の好みも変わるんだろうかね?
「ふふ、お口にあったようで何よりよ。ところで二人はどういう関係? 本当に師弟なの?」
「あ~~……こいつは、そう、師匠の孫娘でね。俺がしばらく預かることになったんだ」
「あら、それは大変ね。仕事が忙しいようならウチで預かってもいいわよ」
「大丈夫、職場にも言ってあるよ」
俺はポテトを貪りながらそう言った。エリィを見ると、もうほとんどストロベリーサンデーを食い尽くしたようで、豆菓子に着手していた。
「ふぅん、アンタが子育てねぇ。子育てって言うにはちょっと大きいけど」
「まぁほとんど叔父と姪ぐらいの差があるからな」
「子育て……っていうと、アンタ結婚はしないの? 相手がいないなら紹介してやるけど?」
「いらねぇよ、仕事が忙しいし」
俺たちの会話に興味を持ったのか、エリィがチロチロと俺とミセスを見た。
けっこう食べるのが早く、手元の豆菓子はもう無くなっていた。
師匠はあまり食わなかったが……流石に若い体と比べるのは酷か。
「そういえば我が弟子はいまだ独身のようだね。意中の相手もいないのかい?」
「いねぇな」
「治安維持局のあの金髪の……局長だったかね? 彼女はどうだ。見目もいい!」
「あいにく、あのお嬢さんは上層階級の人間でして。俺みたいな現場叩き上げの下っ端にはふさわしくないのさ」
「ふぅむ、世知辛いね」
もむもむと今度は俺の分のポテトまで平らげようとするエリィ。
文句を言うつもりもなく、それを眺めているとミセスが気を利かせてもう一皿用意してくれた。
「師匠……って言えば、思い出したけれど。アンタ、そういえば師匠が亡くなったんじゃないの。数週間前に!」
「ああ、だから預かることになったの。因果関係ってやつさ」
「なるほどね……ということは同じ名前なのは、襲名制なのかしらぁん。アンタの師匠は」
「だいたいそんな感じ」
へぇ~~、と興味深そうに頷くミセス。
口からでまかせを言っているが、あんがい悪くない気がした。
知り合いには全部これで通してしまおうかと思えるほどだ。
エリィはというと「わかっているよ」とでも言いたげに、うんうんと頷いている。
どうやらこの方便で問題なさそうだ。
「我が弟子は実際どうかな、ミセス。上手くやれているのかね?」
「ああ、仕事が忙しいみたいで二~三週間見ないこともあるけど、ときたまフラっとやってくるのよ。で、糖分を食いまくる」
「やはりか。昔から我が弟子は甘党だった。隙あらば僕に砂糖菓子をねだったものさ」
「そうなの。エルリオちゃんは料理とかするのかしら?」
「いやあんまりそういうのは使い魔に任せていたかな」
くすくすと笑うミセス。子供の妄言だとでも思っているのかな。
俺としてはそのほうがありがたいけど。
「しかしそうだね。我が弟子にいい人がいないのならば僕が立候補してあげてもいいかもしれないねぇ。いまやこんな体だしさ!」
そう言って腕に抱きついてくるエリィ。
むにり、とやわらかい感触が伝わってきた。
ジジイがやっているとしたら気色悪いことこの上ない。
やっぱりこいつ、師匠じゃないんじゃ……。
だが語ってくるエピソードは間違いなく師匠しか知らないものだ。
「ふふ、それはいいわね。とっとと付き合っちゃいなさいよエルリオちゃん。こいつもうすぐ三十なのに彼女が出来たこともないんだから!」
「それはちょっと……僕の育て方が悪かったかな……」
だから師匠なのか、
くそっ、さっさとハッキリさせてやる。
それから多少ミセスと駄弁ったあと、俺たちはボロアパートへと帰っていった。
模擬戦のお駄賃としては……ずいぶん高くついた気がするな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます