第6話

 モヤモヤとした感情さえ見ないようにすればいつも通りでいられる――そう思っていた。

 帰り道。しろちゃんとは途中までは方向が同じなので、よく一緒に帰っている。

 今日も二人で並んで帰路を歩いていた。

「さっき」

 しろちゃんが口を開く。いつもは私ばかりが話してるから、彼女から話し始めることは珍しい。

「ん?」

「抱きつかれていたでしょう? 友達なら普通のことなの?」

「まぁ友達同士ならハグするのは普通じゃない?」

「……そう、なら私とも出来るでしょ?」

「え」

 私は思わず足を止めた。

 しろちゃんの真意が分からず、困惑する。

「し、しろちゃんはスキンシップとか苦手じゃなかったっけ!?」

「そうね。でも柚音に触れても嫌じゃなかったから。きっとハグも大丈夫よ」

 いやいやいや、なにを言ってるんだろうか。しろちゃんとハグ? 無理に決まってる!!

 私だって本当はしろちゃんに触れたいよ? でも触れてしまったらこの感情を抑えられる自信がなかった。

 だからしろちゃんとのスキンシップは断らないと。そう思ってるのに私の口は開いてはくれない。

 沈黙を肯定とみなしたのか、しろちゃんはハグする気満々でこちらにゆっくりと手を伸ばす。

「柚音……」

 まずい。そう思っているのにしろちゃんにじっと見つめられ、動くことが出来なかった。

 しろちゃんの手がそっと私の手に触れる。

「し、しろちゃん……」

 ただ、ほんの少し手が触れただけ。それなのにバクバクと心臓の音がうるさくなり、顔の熱はどんどん上がっていく。

 もしこれ以上近づいてしまったら、私の気持ちがバレてしまう……そう思ったら反射的に手を払っていた。

 しろちゃんは驚いたような顔をした後、行き場のない手をゆっくりと下ろす。

「あ……ごめん」

 なにか言わないと! でもなにを? しろちゃんのことが好きだって言うの? ……いや、言えるわけがない。

 そんな焦りばかりが募って、その先の言葉は出てこなかった。

 しろちゃんは目を伏せると、なんでもないというような声色で言う。

「大丈夫」

「しろちゃんあのね」

 ――さっきのは嫌だったわけじゃなくて。

 ︎︎そう続けようとした言葉はピシャリとしろちゃんに遮られた。

「もう触らないから大丈夫よ」

 背を向けて去っていくしろちゃんを、私は追いかけることが出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る