第5話

 しろちゃんとずっと友達でいる。

 そう決めているのに、モヤモヤとした感情は無くなるどころか日に日に増していく。

 しろちゃんといる時間は楽しいし、心地良い空間だ。それは今でも変わらない。だけど今まではなかった胸の痛みを、時折感じるようになってしまった。

「うーん……」

 休み時間、一人でうなっていると海夏みかに声をかけられる。

「ゆずが珍しくお悩みだ」

「珍しくってなんだよ。まるで私が悩みのない能天気みたいじゃん」

「違うの?」

「……もう課題教えてやらないよ」

「それだけはお許しを〜ゆず様〜」

 海夏は手を合わせて謝っているが、表情からは反省の色は見られない。……本当に課題教えるのやめようかな。

「で、ゆずの悩みってなんなの? 話してみると楽になるものだし、言ってみな?」

 海夏は普段ふざけてばかりいるけど、こういう時は真面目に聞いてくれる。

 相談するか悩みながら、チラリとしろちゃんの様子をうかがう。彼女は本を読んでいた。姿勢が良いから、本を読んでるだけで絵になるなぁ。

「おーい、ゆずー?」

 と、いけない。ついしろちゃんに見とれてしまった。

「……海夏って恋したことある?」

「え、恋!?」

「ぐぇっ……」

 後ろから首を絞められる。ちょっ、締まってる。締まってる。

 意識を失いかけている私に助け舟が来てくれた。

「海夏、それくらいでゆずを解放してあげて」

「助かったよ、葉月」

 さすが頼れる幼なじみである。

「ごめんっ! ゆずから恋話を聞けると思ってなくて、テンション上がっちゃった。それでどんな人!?」

「海夏、だから落ち着きなって」

 葉月は海夏の頭を軽くチョップしていさめる。

「うぅ……だって気になるじゃん。言いたくないなら無理に聞くつもりなかったし……」

「ゆずごめん。海夏にはちゃんと言っとくから」

「あはは、大丈夫だよ。私から振った話題だし。でも好きな人が誰かは秘密にさせてほしい」

 葉月にはバレてると思うし、海夏はお調子者だけど言いふらすような人じゃない。だけど今、秘密にしておきたいのには理由はあった。

 私としろちゃんの席は一番前と後ろで離れているから、さすがに本人に聞かれることはないだろう。しかしここは教室で小声で話してるとはいえ、誰かに聞かれて噂されたら困る。

「うんうん、それで?」

 海夏は興味津々に聞いてくる。

「この想いを伝える気はないんだ。告白しても困らせちゃうし今の関係のままでいいって思うのに……嫉妬して苦しくなるし、誰かに取られちゃうんじゃないかって不安になっちゃうんだ」

 それ以上を求めてしまうことが苦しい。駄目だって分かっているのに、感情が制御できなくなっている。

「分かるっっ! 分かるよ!! わたしもそうだったもん」

「分かる? そうだった? え、海夏も好きな人いるの」

「あ」

 海夏はしまった、というような顔をする。そしてみるみる顔を赤くすると、チラリと葉月を見て、またすぐに視線を逸らした。

 え、なに? 今の反応。

「海夏、もう言ってもいい?」

 葉月は赤くなってる海夏を見て、そう言った。海夏は葉月の言葉に対してコクリと頷く。

 なんだか二人だけが分かってて、仲間外れにされてるようで寂しい……。

「ゆず、ちょっと耳貸して」

 葉月に言われた通りに耳を貸す。

「実は私と海夏は付き合ってるんだ」

「え? は、はぁー!?」

「ゆず声でかい」

「あ、ごめん」

 いつの間にか友達同士が付き合ってたなんて……全然気が付かなかったんですけど!?

 びっくりしていると、さっきから黙っていた海夏が口を開いた。

「初めはわたしの片想いだったんだよ。ゆずと同じで言うつもりなかったんだけど……想いがどんどん大きくなって抑えきれなくなっちゃって、勇気を出して告白したんだ」

 そして葉月が言葉を続けた。

「最初は告白を断ってたんだ。恋愛とか分からないし。でも海夏に何度も『好き』って言われて、意識するようになってね」

 葉月は照れくさそうに頬をかいている。

 思えば葉月も私と同じで恋愛話なんて一つもなかった。そんな葉月がこんな顔するなんて。

 告白してみなきゃ分からない、それは分かってる。

 でももし失敗したら? そしたら私としろちゃんの関係が壊れてしまうかもしれない。私はそれが怖い。

「だからね、無理に諦めなくてもいいんじゃない? その人の気持ちはその人にしか分からないものだよ」

 海夏は私を応援しようとしてくれている。でも――

「前に聞いたらね『誰とも付き合う気はない』って言ってたんだ。私の想いはやっぱり迷惑になっちゃうと思うから」

 そう言いながら、私は気づいた。

 これは言い訳だ。告白しない本当の理由はしろちゃんのためじゃなくて、私が臆病だから。

「えっと……うーん……」

 葉月は何か言いかけてはやめ、困ったような顔で私を見ている。励まそうとしてくれてるのだろうか。

「葉月?」

「こればかりは私が口出すことじゃないから……でもゆずはそれでいいの?」

「うん、今のままでいいんだ。二人ともありがと! 聞いてもらったら楽になったよ」

 今でもモヤモヤしたものは残っている。でも気持ちが楽になったのは本当だった。

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