第19話 そのころ町では

「はい。了解っと……」


 海岸沿いの道路に停められた軍用車両に取り付けられた、無線機のレシーバーを口に当て答える加菜。レシーバーを戻して車両の横に立ち前を見つめる。数十メートル先には四台のパトカーが、赤色灯を回しながら二階建ての大きな家の前を包囲していた。


「これで横で辛気くさい顔するのをやめてくれると、いいんだけどねぇ……」


 回り続ける赤色灯を見つめながら加菜がつぶやく。数分後…… パトカーが置かれた方角から、ヤマさんがゆっくりと歩いて来た。彼の右肩にはベルトのついたショットガンがかけられていた。

 加菜は背伸びして戻って来たヤマさんの頭に手を伸ばす。


「よしちゃんと帰って来たね。えらいえらい」

「やめてくれ。僕は警察の後ろで突入を見守っただけだ」

「ふん。死にそうなツラして向かったくせに心配くらいさせなよ」


 頭の上に置かれた加菜の手をヤマさんは振り払う。うなずきながら加菜は笑うのだった。


「病気の彼女をユースレスアンブレラに引き込んだのは医者だったみたいだな」

「だと思った。ああいうやつらは弱った人に群がるもんさ。あたしらが払ってやらない限りはね……」


 パトカーが囲んでいた家は成瀬美波の主治医の家だった。昨日の事件は町の重大事件となり、夜中に捜査本部が組織され、即座に事件に関わっているとみられる主治医には逮捕状がだされた。ヤマさんは警察により主治医逮捕の支援に駆り出されたのだ。今後の捜査は番傘衆と警察で行われる。

 加菜は少し寂しそうに視線を海に向け、すぐにヤマさんへ視線を戻す。


「そうそう。三人は生きてたよ。東京湾第三ゲートに居るってさ」

「えっ!? なんでそんなとこに…… まぁいい。よかった……」


 海ほたるで三人が生きていると聞き、ヤマさんは安堵の表情を浮かべるのだった。彼の顔を見て加菜は笑ってうなずくのだった。


「さあて! 次は警備任務だよ。さっさと乗りな」

「えっ!? おい待て」


 加菜が運転席に飛び乗り、助手席を指さした。慌てて隣の助手席にヤマさんは乗り込むのだった。車両は海の見える道路を進む、真っ黒な皮手袋をはめた、左手だけでハンドルを操る加菜だった。ヤマさんはショットガンを後部座席に置いて前を向くと口を開く。


「三人の救助はどうするんだ?」

「あぁ。それはちょっと揉めててね」

「もめてる?」


 ハンドルをきって左折しながら加菜は話を続ける。


「東京湾第三ゲートの地下にレインデビルズの死体が保管されてるんだってさ」

「なんだって!?」

「それで開発部と調査部のどっちが救助に向かうかもめてるらしい」

「なるほどな…… どっちも欲しがりそうだ」


 調査部とはレインデビルズの生体調査を行う部隊である。小さくうなずいて、視線を加菜から前に向けるヤマさんだった。


「心配しなくてもどの部隊が救助が行くことになってもあたしらは行くよ。隊長に外したら勝手に飛んでやるっていってあるしね」

「はは……」


 胸を張って得意げに語る加菜だった。彼女はアクセルを踏み込み速度をあげていく。ヤマさんは彼女の言葉に苦笑いをするのだった。

 二人が乗った車両は駅までやってきた、加菜はバスロータリー脇に車を止める。

 ロータリーに南国を思わせるヤシの木と白い壁に茶色の屋根を持つ、この駅はツマサキ本町という。日本国時代は館山駅と呼ばれている。ツマサキ市では、内房線の生きている線路を利用し鉄道を運行している。定期運行はされてないが、特別ダイアで壁の外、ツマサキ市の北西にあるネーブルタウンと北東にあるハムストタウンへ鉄道を走らせることがある。


「”見送り”に警備がいるのか?」

「これを見な」


 駅を見たヤマさんが首をかしげる。加菜が胸ポケットから一枚の書類をだし、ヤマさんの前に突き出した。彼女がだした書類はリストで四人の名前と年齢が記載されている。


「これって…… まさか」

「あぁ。見送られるのはあたしらが殺した悟の祖母、杉田紀恵を含む四名だよ」

「そうか」


 納得したようにうなずき、後部座席に置いたショットガンを持った。見送りとは文字通り駅からツマサキ市を出る人を見送ることだ。悟の祖母である紀恵は今日、活力維持法に従いここから町の北東にあるハムストタウンへ移住する。

 事件からまだ時間は経過していないが、悟が犯した罪は町に知れ渡っている。そのため、本来なら紀恵は明日移動する予定だったが急遽本日移動することになった。ヤマさん達は紀恵の身に害が及ばないように警備に駆り出されたのだ。

 ショットガンの引き金に指をかけヤマさんは駅に入って階段の前に立った。彼の横には加菜が腕を組んで立つ。改札は二階だが混乱を避けるため見送りは階段前で行われる。階段からは駅員とハムストタウンを担当する番傘衆が警護に付く。

 二人の前に移送される老人たちを見送りに来た人々が集まって来る。なお、移送される老人は町を巡回する回収バスに、一名の付き添いとともに乗車し駅へとやって来る。友人や付き添い以外の家族は駅で見送るのが慣例だった。

 ヤマさんがチラッと顔をあげ視線を左に動かす。十数人の見送りに来た人々から少し外れた場所に、四人ほどの若い高校生のくらい男達が見える。高校生たちは別れを惜しむような様子もなく楽しそうに会話をしていた。

 遠くから電車の汽笛が聞こえ、ヤマさん達の背後にある階段に駅員が集まって来た。


「来たぞ!!!」


 高校生の一人が道の向こうを指す。一台の小さなバスがロータリーへと入って来た。緊張した顔で加菜とヤマさんは顔を見合せてうなずく。駅の建物前でバスが止まり扉が開いた。中から人が下りて来る。


「お疲れ様! 俺ももう少しで行くからな」

「おばあちゃん! 遊びに行くからね」

「ありがとう!!」


 バスから降りる人々に見送りの人が声をかけている。最後に紀恵がバスから降りて来る。家族を失った紀恵は甘菜の母である夏美が付き添われていた。

 紀恵が下り立った瞬間、騒々しかった周囲が止まり彼女に視線が向けられる。


「うぅ……」

「大丈夫よ。はやく行きましょう」


 黙って町の人を見て怖気づき、うつむく紀恵に夏美は優しく声をかける。紀恵はゆっくりとバスを降り改札に向かう。しかし……


「おい! ババア!! 昨日の警報はてめえの孫のせいらしいじゃねえか!!!」


 人ごみをかき分け、四人の若者が前にでて紀恵に向かって叫ぶ。即座にヤマさんと加菜が紀恵と若者たちの間に入り制止する。


「やめな。この人たちは立派にこの町で生きた人たちだ。静かに見送りな。クソガキが!」


 ヤマさんは紀恵をかばうようにして、加菜が若者の前に立って睨みつける。迫力のある加菜に若者たち三人は後ずさりする。しかし……


「あぁ!? てめら番傘野郎のくせにテロリストの味方すんのかよ!!!」


 眉間にシワを寄せ顔を歪めて加菜に顔を近づけ叫ぶ若者が一人いた。叫ぶ若者はレイに足を撃たれた桜木ルイだった。


「テロリストはあたしらが全員逮捕拘束した。ここに居るのはタダの市民だよ。見送る気がないならどきな」

「はん! 女のくせに生意気な」


 鼻で笑ったルイは、スマホを右手に持って画面を加菜に向けた。

 

「こいつの孫の頭を吹き飛ばしたのはお前らだろ?」

「なっ!? これは…… やめな!」


 スマホの画面を新聞のウェブ記事と、頭のない悟の遺体写真だった。写真には何も処理はされておらず、記事には大きく杉田悟と書かれていた。慌てて手で画面を隠そうする加菜だった。彼女の背後には紀恵がいるのだ。だが、遅かった。


「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!」


 耳をつんざくような悲鳴が駅に轟く。悟の記事を見た紀恵が泣き出し膝をついて頭を抱えた。夏美は必死に彼女を支えようとし、ヤマさんも沈痛な表情で立って居た。ルイは紀恵が泣き出すの見て満足そうにニヤリと笑うのだった。


「ぐへ!?」

「あんた…… いい加減しな……」


 固いなにかを喉に押し込まれ言葉を失う、ルイ目を大きく見開いて苦しむ彼の目にはこちらを睨みつける加菜が映っている。


「吾妻!」


 ヤマさんの手が加菜の左肩に伸びた。彼女は不服そうに視線をヤマさんに動かす。加菜の左腕のジャケットから肘から先が裂けていた。彼女の左腕の上部から細長い金属の関節を持ったアームが飛び出し、その先には二十センチほどの鎌のような刃がつけられていた。鎌のような刃がルイの喉に押し付けられていた。

 パワードスーツの操縦者だった加菜は、レインデビルズの戦闘で左腕の肘から先を失っていた。彼女の左腕の肘から先は義手となっているのだ。杏が作った加菜の義手は、エーテルで動作し指先まで自由に動かせ、飛行機の操縦や車の運転に支障はない。さらに小型ブレードもついており戦闘にも対応できる。


「おい! もうやめろ。やりすぎだ」

「あら!? あたしはか弱い女性だよ。大きな男にかなうわけないですぅ」


 とぼけた表情を浮かべる加菜だった。加菜はルイに突きつけた刃をゆっくりと押し込んでいく。ルイの喉からわずかに血が垂れていく。


「お前もだ! これ以上騒ぐとしょっ引くぞ!」

「コクコク……」

「だとよ。ほらはなしてやれ。吾妻」

「わかった」


 ヤマさんがショットガンの銃口をルイの頭に突きつけた。必死に顎だけを動かしてルイは返事をする。怯えた表情をでうなずくルイに少し不満そうに返事をした加菜は刃を外す。


「さっさとどこかに行きな。あたしの気が変わらないうちにね」


 ルイは恐怖で何度も喉も触りながら、加菜とヤマさんに背を向けて帰っていた。顔を見合せて小さく息を吐くヤマさんと加菜だった。直後に列車の汽笛の音が駅に響く。


「ほら立ちな。時間だよ」


 加菜は優しく紀恵の背中を撫でたつように促す。彼女は夏美と加菜に支えられ、ゆっくりと起き上がり駅の階段へと向かう。階段で待っていた駅員が夏美と加菜から紀恵をたくされる。最後に夏美が紀恵に声をかける。


「紀恵さん…… 元気で」

「ああ…… ありがとう…… あなた達も…… 悟はあなた達のおかげで…… 道を踏み外したままにならなかった……」


 必死に絞り出すような声で、加菜とヤマさんに礼を言う紀恵だった。紀恵には悟のいきさつは伝えられている。目の前にいる二人は孫を殺した部隊の者たちだ。彼女は恨み言をヤマさんと加菜にぶつけてもいい状況で気丈にも礼を言う紀恵に、加菜とヤマさんは何も言葉が出ず姿勢を正し、敬礼をして彼女を見送るだけだった。

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