おばーちゃんが死んで。

水木レナ

おばーちゃんが死んで。

 おばーちゃんが死んで。

 わたくしは弱くなった。

 もう、助けてあげなくちゃいけないおばーちゃんはいないんだ。


 出棺のそのとき、なんとなく額に手をあてたら、芯から冷たくて。

 あーあ。

 って。


 ため息も出ないよ。


 喧嘩もしたけど、今思えばいいおばーちゃんだった。

 日に当たればご機嫌で、にこにこしていて。

 遠くなった耳をTVをガンガン鳴らすことで紛らわせているかのようだった。

 夏川りみさんの「なだそうそう」がかかると、たまぎるような声で吠えていた。

 歌う犬のように。

 わたくしはそんなとき、耳をふさいでリビングから出たけど。

 ほんとにおばーちゃんは耳が悪いのかな、たぶんそうなんだろうなと思っていた。

 衰えた声帯で、うおぉお、と歌っていたおばーちゃん。

 97にもなれば、お別れしてきた人もたくさんいるはずで、心が共鳴するならしかたない。


 シャワーの水道栓をひねれないおばーちゃん。

 いっつも、わたくしを呼びつけて、温度調整までさせるおばーちゃん。

 どこへ行くでもなしに、キッチンでゆらゆらゆれて座っているおばーちゃん。

 寒くなってきたと思ったら、起き上がることすらゆっくりになったおばーちゃん。

 卵の入ったみそ汁が日課のおばーちゃん。


 入院してからは、すべてがきれいなまま逝ってしまった。

 老衰。

 これが本当の大往生だ。


 もっと、おいしいものが食べたかったよね。

 アイス一本、あげただけで終わってしまった関係は、遺恨を残すことなく煙になってしまった。

 わたくしはしばらく何事もなかったかのように暮らしていたけれど、だんだんと欠落したものが身をむしばんで。

 何も書けなくなった。


 小説が書きたい。

 書いてきた。

 それがどうした?

 それを見守ってくれるだれかはもう、いないんだ。


 森口博子さんの「エターナルウィンド」をくちずさむ。

 同じサビだけ延々と。

 かなしくはなかった。

 ただ、喪失に耐えられなかった。

 だから、歌った。


 さびしい。


 さびしいって、こんな気持ちか。

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