オレンジ

@chased_dogs

オレンジ

 オレンジをかご一杯に背負った男の子が、道を歩いている。

 男の子が歩いていると、向こうから、白ひげのおじさんが杖をつきつつ歩いてきた。


 おじさんは「喉が渇いたから、そのかごのオレンジをくれるかい」といって十円札を男の子に差し出した。

 男の子は十円札をつかみ取ると、かごからひとつ、オレンジを取り出しおじさんに渡した。


「でもいいの? すっごく固いよ」


 男の子は言った。その通りだった。


 おじさんはまず、皮をむこうと指をつき入れようとした。でもむなしく皮を引っ掻くだけだった。


 次におじさんは歯でかじろうとした。差し歯が抜けた。


 やけになっておじさんは、道端の石へオレンジを叩きつけた。石が割れた。中には小人が一人、腕組みしながらしかめ面をしている。相当に怒っていた。石は小人の家だったのだ。


 怒った小人は、おじさんに呪いをかけた。日が沈むまでに家を直さないと、おじさんを代わりに石の家にしてしまうぞと。


 おじさんは青ざめ家を直し始めた。割れ散った石くれをあつめ、つなぎ合わせてもとに戻そうとした。しかし、少し触れただけで、あるいは風が吹いただけで、石はかんたんに崩れた。


 さらに青ざめたおじさんは、道の向こうのオレンジの男の子を呼び止め、大工を呼ぶよう頼んだ。

 男の子はだまって手を差し出した。

 おじさんは訳がわからなかった。


「分かんないかなあ。これだよ、これ」


 男の子はしきりに手のひらを差し出す。

 それでおじさんははたと分かり、懐から一円札を取り出した。

 男の子はすぐさま一円札をつかみ取ると、一円札に向かってキスをして、町のほうへ走り去っていった。


 男の子を見送ったおじさんは、また石をつぎ合わせ始めた。

 草を掻き分け、糊になる植物をさがした。

 葉や茎や根をちぎり、粘りのあるものをみるとなんでも試した。


 しかし駄目だった。


 刻々と時は過ぎ、日が傾き始めるころには、おじさんは疲れはて座り込んでいた。

 小人がやってきて横に座ると、小さなティーカップが差し出された。

 おじさんがティーカップを受け取ると、そこに温かい紅茶がなみなみと注がれた。


 夕陽に向かって紅茶を一口飲むと、おじさんは誰へともなく話し始めた。


「今日は、動物園の落成式だった。

 新しい、最新式の施設で、まだ誰もみたことのないようなめずらしい動物をたくさん呼ぶつもりだった。

 みんなの顔をみられなかったのが、残念だ」


「昨日は、病院の落成式だった。

 新しい、風通しのよく、医者と患者の行き来を妨げない、すばらしい病院になった」


「その前は、小学校の落成式だった。

 町中の人をいれてもまだ余る、とても広い校舎になった」


 おじさんがふと横を見やると、ティーポットを抱えた小人がすやすや眠っていた。


「でももうその後を見られないのは残念だ」


 山の向こうに沈んでいく太陽を目に焼き付けながらおじさんがため息をついたそのとき、


「おーい!」


 オレンジをかご一杯に背負った男の子と、その後ろから屈強そうな大工たちがやってきた。


「おじさん、つれてきたよ」

「だがもう日没、もう遅いよ」


 太陽が目に染みて、おじさんの目は濡れていた。


「あきらめるなよ!」


 それを見た大工たちが一斉に叫んだ。

 そしてめまぐるしく動き回ると、おじさんが目を擦っている間に家が建っていた。

 小人が何人も住める立派な家が。


 いつのまにか起きていた小人が玄関扉を開け中の様子を見ると、バタンと扉を閉じた。

 皆がその様子をただ見ていると、しばらくのち、また玄関扉が開いた。


 中から小人がひょっこり顔を出す。

 そして親指をぐっと上に立てると、満足げな顔をしてまた家の中に去っていった。

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