誰の声

@matsuoyato

第1話 1つ目の声

 私は騎士だ。


 主人に支える忠実なる騎士だ。私の使命は主人を守り抜くこと。なので四六時中、主人の事を考え、そして見ている。


 主人が赤ちゃんの頃から支えている。その時の私はまだ未熟で騎士とは程遠いものだった。騎士とは常に冷静で、主人の事を一番に考え、そして隙を見せてはならないからだ。当時の私は主人に会えた事が嬉しくてはしゃぎ、主人に怪我を負わせそうになった事があった。今思い出しても自分が恥ずかしくて許せない。だが、そんな私を主人は許してくれた。それ以降私は本当の意味で主人の騎士になったのだ。


 私たちの日常は簡単なものだ。ご飯も一緒に食べ、一緒にお出かけをし、仕事中も見守り、寝る時も『お休み』を言い近くで見守っている。私の願いは、叶うならば、主人の最後を見届ける事だ。騎士としてそれほど名誉な事はない。無理だろうが。主人はまだ若い。それに引き換え、私はもうすぐ寿命を迎える。だから、1秒でも長く主人の近くにいたい。


 そんな私と違い、主人はだんだん私から離れて行った。この間までは、どこへでも私を連れて行ってくれた。なのに最近は、ご飯の時間はずれ、お出かけは留守番をさせられ、仕事中は『邪魔だ』と部屋を出され、寝る時は何も言わずに寝てします。とても寂しいが、主人も成長したのだと自分を言い聞かせていた。

本当に寂しい、、、


 そんなある日、主人が泣きそうな顔をしながら帰ってきた。私はとても心配し、駆け寄った。主人は私の胸で泣きながら喋り出した。なんでも、好きな人に勇気を出して告白したが振られてしまったらしい。最近、主人が私に冷たかったのはその相手のために時間を使っていたためだったようだ。その時私は相手に殺意が湧いた。今すぐにでも八つ裂きにしてやりたいと。

 だが、私は騎士だ。戦士ではなく騎士だ。主人を守る事が私の役目だろう。そう自分に言い聞かせて心を鎮めた。よくよく考えてみたら相手にも選ぶ権利はあるはずだ。今の私の仕事は相手を恨む事ではなく主人を慰める事だ。主人が泣き止むまで私はその場を動かなかった。


 あの日以降、主人は前の主人に戻っていた。一緒にご飯を食べ、一緒に出かけ、仕事中も見守り、『お休み』と言って寝る。夢のような時間だった。


 だが、運命とは残酷だ。


 いつものように『お休み』と言って主人は寝た。眠りにつくのを確認したら私も寝た。これが最後なのだろうと察した自分に涙がでる。

 

 『悔いはない?』


 どこからか聞こえた声に私は心の中で

『悔いはある。が、心は満たされた』


 そう返答し、私は目を閉じた。







 








老犬騎士・最後の声



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