モーメント

影月

第1話

一台のバギーが荒涼とした大地の上を砂埃を巻き上げながら走っていた。

ハンドルを握っているのは二十代に見える男性で隣の助手席にも誰かが座っている。

後ろではトランクに入りきらなかった荷物がベルトに止められているが今にも何処かに飛んでいきそうなほどガタガタと音を立てながら揺れている。

バギーは風よけのフロントガラスは付いているが屋根はない。

なので今運転手は目を保護するためにゴーグルを付けていた。

「見えてきたな」

既に遠くからでも分かるほどには巨大だったが改めて近くまで来てみるとその大きさに圧倒されるものがあった。

「ついた・・・」

目が覚めたのか助手席で寝ていた同乗者がようやく丸まっていた体を起き上げた。

そして暫く目の前の景色をぼーっと見ていると思っていると、

「あれは・・・危険」

そう言って懐にしまっていたスコープを取り出して上の方に向けて覗き込んだ。

何かあるのかと思って同じように上を見上げるとどうやら近くを飛んでいた鳥があれの流れに囚われてしまっている様だった。

「確かにあれはもう助からないか」

運転しているので視線は直ぐに前方に戻すが助手席ではその行く末を見届けるつもりらしい。

「あ・・・あああ・・・」

鳥に同情しているのかどうかは不明だが時折そんな声を上げていたが暫くしてスコープはそっと懐に仕舞われた。

「このままアレと同じに私たちもなるのか・・・」

首に掛けていたゴーグルをようやく装備しながらそんな風に嘆いて見せたがもう興味を失くしたのか言動とは裏腹に席に背もたれてリラックスしていた。

このバギーが向かっている先にあるモノそれは巨大な風の壁だった。

それがある事を事前に知らなければここを通る多くはあれを巨大な竜巻が発生したと思う事だろう。

「本当にこの先に国があるの」

「多分、まだ残っているとは思うが」

国交が途絶えているらしいので最近の目ぼしい情報はここに来るまでに得られていないが城壁が今もこうして作動しているのを踏まえれば可能性はあると思ったし何より聞いていた珍しいこの城壁がまだ在るうちに見ておきたいのもあった。

「これって名前とかあるの」

「暴風壁と言うらしい」

「ぼーふーへきぃ」

バギーでその暴風壁に更に近づいてみるとその周りで何かが崩れて倒壊した建物がある事に気がつた。

その建物はどうやら壁を囲むように一定の距離で作られていたのか同じような瓦礫が等間隔に残っているようだった。

もしかすると戦争時に敵が何処から攻めてくるのかを見るために作られたモノで今ではその役目を終えてそのまま放置されたのかもしれない。

バギーを止めてその瓦礫を眺めながらそんな風に感じたが当時どうやってここまで毎回来たのかは想像できなかった。

確かめるために瓦礫をどかして地面が掘られていないかも確認したがそんな空間を確認することはできなかった。

それが少し気になったので当初の予定ではそのまま暴風壁に突っ込む予定だったが急遽その点在している瓦礫の跡地の調査が始まった。

そうやって何か所か回ってみると倒壊せずに残っていた建物がありどうやら塔として立っていた事がわかった。

そしてその作り方や建材も全て同じ物が使用されていることも確認した。

現存していた塔はどれも無人で思った通り既にその役目は終えていて何時倒壊してもおかしくない状態だった。

取りあえずもう塔の調査も終わっていいかと考えていたが、

「・・・・明かり」

スコープを覗いてそこから先にあった塔を見ていたらしい同乗者がそう呟いてその先に見えている塔を指さしていた。

何か所か回っている間にバギーから降りなくなって調査に参加しなくなっていたのでとっくに飽きたのかと思っていたがそうでもなかったのかもしれない。

バギーに戻ってスコープを借りて自分でも塔を覗いてみる。

「・・・本当に・・」

そろそろ日も落ちてきて辺りが暗くなり始めていているが建物の隙間や入口のドアがある場所を覗いてみても中で明かりがついているのかどうかは全く分からない。

「間違いない」

だが助手席に座った同乗者は自信ありな様子を崩さない。

「行けば分かるか」

別に疑う訳でもないしなにより特に急いでいなのであと一か所廻った所でそんな大差はない。

と言う訳でドアの前まで来ていた。

明かりがついているのなら中に誰かいると思うのでとりあえずノックしてみる。

反応はなかった。

留守だろうか。

ちらりと隣を見るが清ました顔で前を見ていた。

もう一度ノックしてみる。今度は声もかけてみた。

「あのーどなたかいらっしゃいますか・・」

だが反応はやはり返ってこない。

これは本当に居ないか或いは居留守というやつだろうか。

そう考え始めて一応ドアノブを回して鍵がかかっているどうか確認しようとした時、ギイと音を立てて外側にドアが開かれて二人は少しだけ後ろに下がった。

「誰だ・・・お前ら」

中から現れたのは髪と髭が無造作に伸びたままで不清潔そうな男だった。

「クサイ」

隣で素直な感情を言葉にされて少しだけ表情が引きつる。

「そうか、こんなとこにめったに人なんて来ないからな」

ドアに隠れて死角にいた同乗者に視線を向けて男はそう言葉を返す。

幸い連れの失礼な物言いに対して怒り出す事もなくむしろ笑いながら対応してくれた。

「あっと、連れが失礼を」

それでも連れの代わりに謝罪をして頭を下げる。

「流れ者か」

男は再びこちらに視線を戻すと質問を続ける。

流れ者とは戦争で国や村を失くしてその辺の国に亡命しようとしてやってくる者の総称である。

「いや、そうじゃない」

「ほう・・それじゃあ何をしに来た」

流れ者ではないとすればわざわざこんな所に来る奴はさぞ怪しく映ることだろう。

実際先ほどより目を細めてこちらの様子を伺っているのが分かった。

「そう警戒しないでくれ別に侵略や内部調査をしに来たわけではないから」

そうは言ってもこれは警戒させないための言い訳にも聞こえる事だろうから案の定、男はちらりと暴風壁を見上げていた。

「それを信じるとでも」

まあ、そうだよな。と一人思いながら何かこの男が納得する言葉は無いのかを脳内で検索したがヒットはしなかった。

だが“侵略”と言って暴風壁を見上げた事や流れ者かの確認をしてきた辺りまだ中に国あるいは街が存在するのかもしれない。

「この暴風の中に入る方法はあるのか」

素直に答えてくれるのかは分からないが聞いてみなければ分からないので質問を飛ばす。

元々、そのまま突っ込むつもりだったがより安全な入り方があるなら知っておきたいのもあった。

男は暫く考える素振りを見せてから体を少しだけずらして短く「中に入れ」と二人を部屋に促してきた。

先ほど匂いを気にしていた同乗者に外に残るのか聞こうとしたが何故か我先に部屋の中に入っていった。

行動の速さに唖然としながらも「それでは・・」と言って断ってから自分も部屋の中に足を踏み入れる。

二人が中に入ると男はドアを閉じたが別に鍵はかけなかった。

「ここに来るまでに似たような建物を見てきましたが人は居なかったあなたはここで生活を」

部屋の中はそんなに広くなく壁に何個か松明の明かりがあり同じように壁に男の寝袋も掛けてあった。

そして先に入った方はその寝袋と壁の間を何故かめくって確認している。

男はそれを見ても特に注意もせずに今は部屋の中央に置かれた何も乗っていないテーブルを動かし始めた。

そしてその下の木の板を外すとさっきまで探していたモノが目の前に現れた。

「やはり地下通路があるんですね」

「自分で確認してこい」

そう言って部屋にあった松明を一つ差し出された。

「どうも」

それを受け取ってちらりと付いてくるのか確認したが興味が無いのか既に勝手に壁側に寄りかかって足を抱えて寝ていた。

「すいません」

同じようにそちらを見た男に謝ると、

「別にいいさ気にするな」

と言って男はこの部屋に一つだけある椅子に座った。

それから改めて開かれた通路に向き直ると床から一段づつ階段状に下に降りれるようになっていてその通路は人がニ、三人ほど通れる幅と大人が一人で歩くのに余裕がある程度の高さとなっていた。

松明を初めから持たされたので分かっていたが中は暗く足場も長年使われていないのかかなりガタガタに歪んでいる。

そんな通路を暫く進んだ先でどうやら男が見せたかった物が見えてきた。

「成程・・」

上を見て下を見る間違いなく天井が崩落して道が塞がってしまっていた。

それも昨日今日とかではなくだいぶ前からこうなってしまっているのが見て取れた。

取り合ず男が見せたかった物が確認できたのとこれ以上は物理的に進めないので来た道を引き返す。

ただ地下通路があるのであれば当然それはここだけではないはず。

それとも何処もすでにこうやって塞がれていると言いたいのだろうか。

それについて聞いたところであの男はこれ以上は何も教えてはくれない気もする。

色々と思うところはあったが数分で部屋まで戻ってくると部屋の中で何故か寝ていたはずの同乗者が傘をさしていた。

「何してるんだ」

「あった」

答えになっていない答えを返された。

先ずは男に松明を返してそれから傘を取り上げようと近づくと特に抵抗もせずこちらに渡してくれた。

持ってみるとそれは少しだけ普通の傘より重いような気がしたが松明を元の壁に戻した男に、

「悪いがそれは返してくれ」

と言われたのでそのまま返す。

男はそれを寝袋の下にしまったのでどうやらさっきこれを見つけたようだ。

傘を戻してから男が床板に手を出したのでそれを手伝ってテーブルも元の場所に戻す。

「地下通路は他にもあるんじゃないですか」

作業を終えて再び椅子に座った男に質問を飛ばす。

「さあな」

当然それには答えずこちらをただ見据えている。

それ自体想定内なので質問を変える。

「あなたは何故ここにいるんですか」

この質問にも恐らくは答えないだろうと思っているが一応聞いておきたかった。

「・・・」

やはり答えずに沈黙した。

想定済みなのでまた質問を変える。

「我々はあの暴風壁の中に入っても問題ないですか」

「スキにすればいいだろ」

これにはもしかしたらダメだと答えるかと思ったが別にそうでもないようだ。

「では、中がどうなっているのかあなたは知っていますか」



男と別れて塔を後にする。

「地下探す」

すっかり暗くなった空を見上げながらバギーを走らせていると助手席からそう聞かれた。

「いや、当初の予定通りここを突っ切る」

「そう」

返事はそっけなかったがそれまで首に下げていたゴーグルはちゃんと装備して顔も布で覆ったのでいよいよバギーを暴風壁に向ける。

「あとこれを」

一旦ブレーキを踏んでバギーを止めると最後の装備として耳栓を渡す。

「それじゃ行こうか」

ちゃんと耳栓を付けたかを確認してから自分の装備の最終チェックもすますといよいよ暴風壁に向けて走り出す。

中に入るとすぐにがたがたと地面の歪みだけで揺れるだけででなく更に風で煽られて左右に揺さぶられる。

ゴーグルと布で隠れている二人の顔は分からないがハンドルを握る手さばきはいつもより慎重にこなしスピードとバランスに気を使いながらバギーを進める。

助手席では向かう前に改めて縛り上げた荷物の命綱のロープをしっかりと握っている。

ただもしもの場合は無理せず荷物は捨てるように指示はしておいた。

その場合もしかしたら荷物が減った分で重さが足りなくなってこちらの危険も上がるかもしれなかったがそれは口にしなかった。

色々想定した割には嵐を超えるのに掛かった時間はほんの数分で抜ける事が出来たようだった。

だが風にハンドルを取られて手元を狂わされたりした場合はどうなっていたか分からない。

そして内側は外側と違い今もかなり壁側に近い距離に止めているがそれを全く感じさせないほど静かだった。

「さて街を目指す前にこれをどうにかしとかないとな」

そう言ってそのまま真っ直ぐにはバギーを走らせず暫く壁沿いを行く。

やがていい感じに放棄された街の残骸がある場所が見つかったのでそこにバギーを止める。

瓦礫の残骸をバギーの周りに敷き詰めて簡単には悪戯と出れないよう細工をすると上側からも分かりづらくするためにカバーをかける。

「こんなもんかな」

なんでそのまま向かわないのかと言えば街でバギーを目立つ場所に置いておけば盗まれる可能性があるので一旦はここに隠しておく訳だ。

そのために予め必要になりそうな荷物だけ持ち出しといてその見張りを任せといた助手が待っている場所に行くと荷物の上で丸くなって寝ていた。

仕方なく荷物と当てにならなかった見張りを背負って一人で街のありそうな方向に歩き出した。

そんな事をしていたので空はもう白んできていてそろそろ夜明けが近そうな雰囲気である。

街に付くまであとどの程の距離かは分からなかったがこのまま朝食を携帯食ですますか街までこのまま行くのかは悩みどころであった。

後は一人だけで勝手に食べた事が判明した時に面倒そうなので結局歩き続ける。

幸い街は直ぐに見えてきたので朝食は街で何か見つければよさそうだった。

取りあえず向かう先は見えたのでそこから少し身を隠せそうな場所を探すと朽ちた民家が丁度目についた。

その辺りを軽く調査して近くに今は人の気配はしないのを確認すると部屋の中に上がり込む。

一応中の様子も軽く見回したがこの家はやはり長い事、少なくとも最近は使用されている印象は受けなかった。

取りあえず安全そうなので仮眠するために比較的物が多く物陰になりそうな場所を見つけるとそこに入り込んで目を閉じた。

どの程度休んだが分からなかったがそれなりにすっきりと目を覚ます。

軽く体を伸ばしながら改めて誰も来ていないかを確認するがどうやら思った通りここには誰も住み着いていないようだった。

「あなたご飯にする、お風呂にする、それともワタシ・・」

どうやら先に起きていたようで部屋に勢いよく入って来るなりそんな言葉が飛んできた。

「また変な本読んだろ」

「おかしい。男はこの選択肢で喜ぶって書いてあった」

こちらの反応に不服を訴えているがそれを軽く受け流して床に置いた荷物を集めながら失くしものが無いかをチェックしながらまとめる。

「それじゃ何か食べ物があるか探しに行こうか」

改めて荷物を背負いなしてそう告げる。

「ごはん」

それだけで機嫌が直って早く行こうとばかりにこちらを待たずに入口に向かって歩き出した。

迷いなく歩く背中を追いながら多分、起きてから部屋の中を歩き回っていたのだろうと思った。

それ以外することも無かっただろうし。

外に出ると日がすっかり上っていたがまだ太陽の位置は高い場所にあるようだった。

後は街で食べるものが見つかると良いのだが。

そんな心配は街に入って直ぐに杞憂だったと分かった。

外側をあんな暴風壁でおおわれているのだから来る前は既に街どころか住人もいない

それは中に入って直ぐの光景をみてより強く感じていたのである程度は覚悟して来ていたがその予想は大きく外れていた。

もう人は居ないのかもしれなと感じたその外側の景色が嘘のようにこの中央付近に作られている街は綺麗に整備されていた。

これはもしかしたら嬉しい誤算と言うのかもしれない。

もともとここには外側の壁と中がどうなっているのかだけ知りたくて立ち寄っただけなのでもともと特に他の目的は無かったがこれなら保存食の補給と路銀稼ぎぐらいはできるかもしれないと考え始めていた。

今は丁度、街の中央通りに来ているがそこは活気で満ちていて道端ではバザーの様な軽い出店が出店していて人々の声が行きかっている。

「賑やか」

てっきり騒がしいとでも言うかと思ったがこの活気はそれなりに気に入ったみたいだった。

暫く歩いていて気が付いたが街の壁には同じような見出しの張り紙が目についてどうやらこの活気はそれも影響しているみたいだった。

「新女王の即位式」

助手が匂いにつられて買えとせがまれて買った串に刺した何かの肉をかじりながら張り紙を見ていると誰かがぶつかってきた。

「ごめんなさい」

てっきり気にせずそのまま通り過ぎるかと思ったが相手はくるりと振り返って丁寧に頭を下げ謝罪の言葉も言ってくれた。

「ああ、そっちも気を付けて」

こちらとしてはそれ程気にもしていなかったのでそう軽く返す。

その言葉を受けて再び頭だけ軽く下げるとその女の子は背を向けてまた人ごみの中に走り出していった。

「スリ」

特にその辺は疑っていなかったが服の袖を引っ張った連れはそんな物騒な事を言った。

「いや問題ないよ」

まあ、これだけ人が居たらそれもあり得そうだ。

タイミング的にも丁度、買い物をした後だったからお金をしまった場所を見てそこを狙いに来たとしても何ら不思議はない。

試しに仕舞ったお金の入った巾着を取り出して見せる。

「ほら盗られてないだろ」

そう言ってそこから先ほど使える通貨も確認したのでそれを数枚渡しておく。

「それじゃあ暫く別行動と行こうか」

「わかった」

受けとったお金を直ぐに仕舞わずに手でもて遊びながら答えてからそれを無造作に服のポケットに突っ込んだ。

「集合場所はさっき言った所な」

「わかてる」

事前に場所だけは決めていたのでここではそれ以上は言わずにお互い頷きあった。

時間と日時も決まっているのかと言えば実はそれについては何も相談していないが二人はそれ以上の会話もなくそれぞれ別々に歩き出していた。



街で一人になって改めて周囲を見回す。

連れは既に何処かに行ってしまって今頃何をしているのか気にはなるがそれを別に覗きに行こうとは思わない。

ぶらぶらと荷物を持たない両手を揺らしながら歩いて活気のある街人達を見あげる。

ただこの辺は景気が良いのかもしれないが周囲にはそれなりに淀んだ気配があるのも感じる。

実際に遠くの方では泥棒とか誰かの悲鳴が聞こえていた。

そしてあまり良くない視線が自分にも向けられている事も既に気づいていた。

相手が何人かまでは分からないが人が多いここではまだ襲ってくる気配を見せない。

恐らくさっき貰ったお金でも狙っているのだろう。

まあそれは別にいいのだけれどいつまでも誰かに見られているのは余りいい気分ではないので仕方なく今はあえて人気のいない方に向けて歩いていた。

そしてようやくいい感じの路地を見つけたので何も考えていない風にそこに入り込んでいく。

予想通り足音もちゃんと後に続いてきたのでそれなりに進んでから立ち止まって振り返る。

「なにかよう」

そこに立っていたのは男と女の二人組らしく男はナイフをすでに構えていた。

こちらが急に振り返った事に二人は動揺を見せたが男は直ぐにそれを振り払ってこちらに向けて突っ込んで来た。

迷いなく振りかざされたナイフを軽くかわしながら女の方を見ると走り出して後ろに回り込んで同じようにナイフを構えていた。

どうやらこちらの退路を断ってネズミ狩りをするといった算段だろうか。

ただ男の動きは素人同然だったのでさばくのに苦労はしなかったので刃先だけに注意をしてあしらっているがずっとこのままは疲れるのでどうにかしたい。

女の方は男の邪魔をしないようにと後はこちらが逃げないようにだけ気を張っている様子だ。

こちらとしては相手の動きは隙だらけなので早いとこ切り上げたいのだが問題は力加減をどうするかだった。

そんな事を考えていたら何時までも有効打にならない事にイライラしてきたのかさらに相手の動きが雑になっている。

もういっそお金あげようかなと考え始めた時だった。

「衛兵さん」

誰かが大きな声で広場に向けて叫ぶ声が聞こえた。

それにすぐに反応したのは女の方だった。

「ちょっと誰よ・・」

「ちぃ・・仕方ない逃げるぞ」

男がそういう前に女の方は合図も待たないで走り出していたが男はもう一回だけこちらに攻撃を仕掛けてきてそれも見事にかわされると最後に悪態をついて走り去っていった。

「うーん・・助かったのか」

それは相手の事か自分の事かこの場合どちらなのだろうと考える間もなく駆け付けた衛兵と目が合った。

どうやら嘘で呼び込んだのではなく本当にその辺にいたみたいだ。

ただすでに輩は去った後だったのでそこに居たのは呼び込みをしてくれたらしい女の子と襲われていた自分だけだった。

「えっとどうされました」

駆け付けてみたものの事は既に終わっているので衛兵の男は残っていた二人に質問する。

「この方がガラの悪い二人組に襲われていたので呼びました」

どこから見ていたのか気になるところだが自分の代わりに女の子が答えてくれたのでこのまま黙ってやり過ごせばいいかと楽観的に考えていると、

「失礼ですがここの住人ですか」

衛兵の目がきらりと光った気がするが気のせいだろう。

「こ、この方は私の友人です。お勤めご苦労様でした。では私たちはこれで失礼します」

女の子の方もなにかまずい気配を感じたのか一方的にそう告げて衛兵に頭を下げるとこちらの腕を掴んで「行きましょう」と言って逃げる様に衛兵の横を通り抜けて走り出した。

走り去っていく二人を別に追いかけもせず衛兵は二人が視界から見えなくなっても暫くそこに立っていた。

「友人・・ねえ」



腕をつかまれたまま走りながら先ほどのやり取りでふとそれよりも逃げた二人組を追いかけさせたらよかったのではと思いついたが多分もう遅い。

そして捕まらないのであればあの二人組があれで諦めてくれたのかも怪しいところだ。

つまり問題はなにも解決しておらずさきおくりしただけなのかもしれなかった。

そう考えるとまた何かあった時の対処を考えるべきだろうが・・・・面倒。

思考はそこで途切れることになった。

「この辺までくれば大丈夫かしら」

人通りの有る道を暫く進んだ先でようやく立ち止まると後ろか追手が来ていなか確認している。

少し走っただけだと思うが女の子はそれだけで息がかなり乱れている様子。

走り出してからは特に誰も追って来ていないのは気づいていたのでそんなに焦らなくてもいいのになと思いながらも相手に付き合ってここまで走ってきた。

ただ先ほども考えた通りあの二人がまた改めて襲って来ないかは分からないのでこの女の子とはどこかのタイミングで離れた方がお互いのためだろう。

「助かった。ありがとう」

そしてそれは立ち止まった今しかない。

そう判断して当たり障りのないお礼をして颯爽と立ち去ろうとしたのだが女の子は手を離してくれなかった。

「また襲われるかもしれませんよ」

だからお互い離れましょう。思っただけで声には出なかった。

女の子もそれが分かっているのなら自分とはここで離れた方が安全なはずである。

「よろしければ家に来ませんか」

何もよろしくない。やはり声には出ていない。

「気持ちだけで十分ですよ」これはちゃんと声にでた。

それに彼女からしても本来、自分もかなり得体のしれない存在ではなかろうか。

実際の所、友人でもなければさっき出会ったばかりなのだし。

「それなら今夜だけでもダメですか」

ダメでしょう。声に…以下略。

本来は今朝いた家に戻ろうと考えていたが結局断り切れずに女の子の家に向かう事に・・。




バザーを展開している広場に向かう道を行く人々は街の装いとは関係なく特別綺麗な服は着ておらず経済的にはしっかりと回っている感じはしたが下をみれば薄汚れた格好の人々も道に転がっている。

そして街の中央までやって来ても暮らしている人の雰囲気に余り変化はないと感じた。

ただ建物や道は街の中央に向かうにつれて比較的新しく建てられたものが増えていった気がした。

街だけが少し浮かれているように思えたのは壁に張り出されたポスターを見て直ぐに分かったが街を行く人々の雰囲気はそれについて良い悪いが見え隠れしている感じで全ての住人には歓迎されていないのかもしれないと感じた。

そうやって周囲を観察していたらいつの間にか連れが付いてきていなことに気が付いて近くを見回すと何か串にさして焼いている屋台の前で立ち止まっていた。

そしてこちらをみて指を指した。

どうやら買えと促しているらしい。

もともと食事も目的には含まれているので屋台の前まで戻って二人分の串を注文しようと思うがその前にお金をだしてその中から使用できる硬貨があるか店主に確認してもらった。

これで何種類かここで使用できるお金の種類が判明した。

金と串を交換して一つを渡して残った方を口に運ぶ。

これからどう行動しようか考えて串を食べ終えた時、後ろから走って近づいてきた誰かがぶつかった。

「ごめんなさい」

そのまま気にせず通り過ぎるのかと思っていたが相手は律儀に立ち止まってこちらに向けて頭は下げて謝罪した。

「ああ、そっちも気を付けて」

ぶつかったのはまだ幼い女の子だったようだがこちらがかけた言葉に再び軽く頭を下げると人ごみに消えていった。

「スリ」

恐らく一部始終をみていたのでそうではないと分かっていてそう聞いてきていると思うが、

「問題ないよ」

とだけ返しておく。

お金の話が出たのでついでに再びお金をだしてこれから別行動をしようと思っているので渡しておく。

こちらの意図を理解しているのか少しだけ面倒そうな表情を向けられるがそれには気づかないふりをしておく。

「集合場所はさっき言った所な」

「わかてる」

短くそれだけやり取りを交わして背を向けると一人で歩きだす。

さて、別行動になったが相手はどちらを追うのか、できればこっちじゃなければいいがと思っていたがどうやらターゲットは自分みたいだった。

ただ後を付けているのは街に行く時から分かっていたが何故、あえて接触までしてきたのかはよく分からない。

初めはお金でも盗むつもりなのかと思ったがそんな様子は無かった。

とすれば目的は情報なのだろうか。

この街を出て他で暮らす目的のために外の情報でも知りたいとか・・。

いやそれだけならいいが自分も連れていけと要求されたら断るのがかなり面倒だ。

既に連れもいることから一人増えても問題ないとか言われたら・・。

そこまで考えてみてそうじゃない可能性も当然残るがここは関わらないに限る。

そう判断すると足を速めて視界から外れる様に行動して物陰に紛れ込んだ。

そこで暫く様子を伺っていると相手はあからさまにこちらを探すように辺りを見回してやがて諦めたのか来た方に走って戻っていった。

もしかしたら連れの方に切り替えたのかもしれないがその対応はそっちに任せよう。

そう思って物陰から出た所で別の奴らに絡まれることになった。

それについても分かっていたので深いため息がでたがこちらにはこっちも用があるので問題はない。

「いろいろ手短にすまそうか」

一人そう呟いて相手と対峙する。

「金よこしな」

こっちは目的がストレートで大変よろしい。

それに単純に答えるほどこちらは優しくは無いがね。

相手の陣形は前に二人に後ろに一人。

三体一の構図だ。

この場合取り分は山分けなのか元締めのそうどりか。

そんな関係ないやり取りを想像していると前の二人が視線でやりとして一人がこちらに向かって突進してくる。

そのタイミングで後ろからも銃で足元を狙って発砲される。

銃弾を上に飛んで回避しようとした先をとらえる様に今度は前に残った奴が標準を合わせてこちらを狙っている。

当然空中ではそんな直ぐに反応出来ないしそれに合わせる様に後ろからも当然打ってくる。

余程相手の狙いが悪くなければどこかしらには当たりそうだったので弾は全て撃ち落とす。

何てことは当然出来ないので捌けそうな分だけを確実に処理して地面に着地する。

「痛てー」

安易に上に逃げるべきじゃないかったなと思いつつ着地したが当然相手は待ってくれず初めに迫って来ていたやつの刃物が今度は目の前で振り回される。

その間も銃を構えたやつらもしっかりと距離を保ったままこちらを狙っている。

さてどうしたものかな。

まだこちらは武器も構えてないのにあちらはしっかりと武装してるとか人生ままならないものだね。

そんな事を考えている割には相手の攻撃はしっかりといなして銃も打てないように相手との距離は余り開けずに被るように行動を心がけているのでしっかりと膠着状態に持ち込んでいる。

「何だこいつ・・」

どれだけ攻撃を仕掛けてもしっかりと受け流されるので相手も焦りを感じているのか徐々にだが攻撃が雑になっている。

それを見逃さずに先ずは相手の持っていた刃物をを弾いて取り上げる。

「な・・」

それに気を取られたのを更に追撃して後ろから拘束して首を絞めて意識だけ飛ばさせてもらう。

意識が無くなってズシリと重くなった体を置くとそこから距離が近い方にターゲットを移して後ろに下がった。

それに気が付いて相手が銃を撃つ前にそれは地面に叩き落させてもらった。

相手が痛みで気を取られた隙に落とした銃を拾って立ち上がるとその持ち手の方で頭を思い切り殴っておく。

恐らく脳震盪を起こしてその場に倒れたのを確認して今度はちゃんと向こう側に残っている相手に向けたがもうそこには誰も残っていなかった。

どうやら仲間を見捨てて一人逃げたようだ。

「潔いこと」

残されてうずくまった元仲間に同情しつつ銃は弾を抜いてその辺に捨てて改めてナイフの方を拾い上げる。

銃声は普通にしていたはずだがその間に人や警備兵がやってこない辺りこういういざこざは日常的に良くあるのかもしれない。

ただそれは今は有難くもあった。

今回は向こうから絡まれただけだがそれで説明とかを求められて時間を取られるのは避けられるなら避けたいからだ。

取りあえず気を失った二人を邪魔にならないように道の端に改めて置きなおすと逃げた奴を追いかけてみようかと道の先を見据えていたところに後ろから声を掛けられた。

「お強いですね」

「いやいや、見ていたでしょ。運が良かっただけですって」

白々しく話しかけてきたがこいつも初めからこちらを見ていた一人である。

顔でも見てやろうと振り返ると残念ながらその顔には上半分を仮面で覆っていた。

「昔、焼けどしましてね」

確かに顔をみていたがこちらが聞いてもいないのに仮面に触れてそう説明してきた。

「そうか・・」

先手を打たれてしまってはこれ以上それについては何も言えないので押し黙ると話を変える様に「場所を変えましょうか」と提案して先を歩き始めた。

目的は全く分からないがとりあえず後について行ってみる事にする。

そいつが向かった先は街からは外れていてスラムのように治安の悪い方に進んでいく。

てっきり街の酒屋みたいなところで話でもするのかと思っていたがどうやら違うようだった。

「ここです」

そう言ってそいつが立ち止まった場所はガラの悪い警備が一人立っている建物でそれは見るからにさびれていて看板もでていないのでこれが店なのかどうかも怪しい建物だった。

男は慣れた手つきで警備の男に二枚の硬貨を渡した。

「通行料はこちらが持ちましょう」

どうやら一人一枚で中に入れるみたいだった。

金を受け取って男が入口の端に少し避けたので建物の中に入る。

そこでは外の建物からは予想していないほどに人が溢れていた。

「違法賭博場です」

見て直ぐに分かったがはっきりとそう言われるとどうなのだろうか、と思わなくもない。

「ここで話を」

しかしここは話をするのには余り向かない気もするのでそう確認した。

「先ずは楽しみませんか」

そう言いてコインの変換所がある場所を指して誘ってきた。

・・・一時間後・・・

「いやーいい感じ」

何回かゲームに参加してそれなりに利益がでたので上機嫌になっていた。

あとは多少酒が回ったのもありそうだった。

始めた時より少しだけ増えたコインを眺めながらまだ続けるかここでやめるかをそろそろ考え始めた頃、それを見計らったようにまた仮面の男が現れた。

「お楽しみいただけているようで」

その言い方はまるでここのオーナーのような感じだったがそんな事は気にせずにグラスを持ち上げる。

「ぼちぼちな」

「それは何より、まだ続けられますか」

やはりそれを確認しに来たらしい。

持っていた酒を飲み干してカウンターに置いて軽く身なりを整えて立ち上がる。

「いや、そろそろ切り上げだ」

「では、こちらに」

そう言うと仮面の男の後ろで控えていた店員が動いて置いていあったコインを回収する。

「それはこちらで換金しておくので安心してください」

やはりここのオーナーだったようで手際よく作業を終えた店員はこちらに一例すると換金所に向かって行った。

「どうぞ」

改めてそう促されて店の裏側に案内される。

華やかな店側と違い黒で統一された部屋に通された。

「それで何をやらせようって」

何の目的もなく自分をこのような場所に案内するはずもないのでこれからどうせろくでもない事を言ってくる事は分かりきいている。

当然それをこちらは受けるつもりは無い。

だが一応いい思いはしたので話くらいは聞いても良いと思っていた。

勿論、断った場合の手のひら返しが無いとは思わないがその時はその時だ。

「明日、新しい王女の即位式があります。」

「みたいですね」

壁を見れば街のそこかしこに張ってあったのでそれはここに来ていれば最早誰でも知っている情報といえる。

「その前に女王を殺して欲しいのです」

「・・・それを受けろと」

暗殺かそれとも革命かどちらにせよそれは自分には関係のない話である。

「別にあなたに実行犯になれとは言いません。そうですね用心棒的な働きをしてもらいたいのです」

用心棒とは言っているが用はそこに自分の様な部外者がいたとういう事実が欲しいのだろう。

事実は後から幾らでも捏造できる。

そこに嘘に混じって少しの本当を混ぜることでリアリティを演出するって算段と言った所か。

「こちらにメリットは無いな」

自分は別に流れ者でこそないが不必要に悪役を引き受ける程お人よしでもない。

「民を導くのには正しい指導者が必要なんです」

「それはこれから即位する王女ではないと言いたいのか」

「そうです。彼女はかつてこの国を戦争に追い立てた王族の血を引いているのです」

元々王の血族だからこそ新たにこの国を導く立場に押し上げられたという訳だが、国民としてはその元王が国を貧困の原因にもなった戦争に参加する決断をした戦犯でもあるという分けか。

街で感じていた期待感がいまいちだった理由はどうやらそこから来ているのかもしれない。

「それでも誰かはそれを支持して今現在それが上手くいっているから明日即位するんじゃないのか」

「それが正しくないから我々国民が正しい道を示す必要があるんです」

その自信が何処から来るものなのかは分からないがこいつなりの信念があるのだろうか。

それが自分だけでなくいつの間にか“国民全員”になっているのは問題だが。

「それにしてもこんな場所とは言え余り過激な発言は慎んだ方がいいんじゃないか」

この会話をそれこそ政府側が聞きつければ即刻捕縛されてもおかしくはない。

「その心配はないでしょう。明日になれば我々は勝者なのだから」

なんかやるとは返事もしてないし既に勝った気でもいるみたいだがそんなんで本当に大丈夫なのだろうか。

他人事ながら心配してみるが、別に関係はないのでどっちでもいいとすぐに切り捨てる。

「とりあえず配当金を受け取って帰らせてはくれないだろうか」

未だに両替から帰ってこないのでそろそろ話は終わったと思うのでそう要求してみる。





少女の誘いを断るためにいろいろと考えてみたがそれらしい言葉は浮かんでこなかった。

それどころかどこに帰るのか聞かれて素直に街のはずれにある空き家と答えると「そんな場所は危ないからぜひ家に泊まるといい」と更に詰め寄らてしまう始末。

なんでも最近まで一緒に暮らしていた親代わりの老夫婦が最近亡くなってしまって一人だから自分が止まっても大丈夫だと譲らない。

そしてその流れで今はその夫婦と彼女の両親の墓標がある場所に向かって歩いていた。

外はゆっくりと日が沈んできてそろそろ夜になる手前の明るさになってきた頃、数多くの墓標と墓地が並ぶ平原にやって来た。

その中の一つに迷わず歩いて行くと少女は膝をついて祈りをささげている。

両親は他国で死亡が確認され死体は回収できなかったらしい。

両親が国から出国する際に少女の面倒をかって出てくれたのがその老夫婦だったようだ。

親以外の身寄りが無かったので本来ならどこかの施設に入れられるはずだったがその老夫婦のおかげでこれまで何不充なく育ててもらえたのだとか。

「それじゃあこれからどうするの」

その育てが居なくなったのなら彼女を守るモノはないという事になる。

「私、明日誕生日なの」

「・・・・」

「この国では十二歳になったら働いてもいいんだよ」

「成程」

つまりこれからは何とか自立して生きていけるという事なのだろう。

「そろそろ帰ろうか」

そう言って立ち上がってこちらに振り返った。


少女の家にやってくるとそこには誰かが立っていた。

「どちら様でしょう」

少女が少しだけ警戒気味に声をかけると立っていた男が振り返る。

家に着くころにはだいぶ辺りが暗くなっていてその手に握っていた傘に気づかなかったがじっと見ているうちに同じものだと分かった。

「あ、クサイおじさん」

今はあの時ほど強い匂いはしていなければ身なりもそれなりに整っていた。

「・・・夫妻が亡くなったそうだね」

「もしかして・・叔父様でしょうか」

どうやら二人は知り合いの様だ。

「来るのが遅くなった」

「いえ、お気になさらずに上がっていきますよね」

それじゃあ自分は邪魔にならないようにそっと消えますね。と言わずにその場を去ろうとしていたら抜け目なく腕を掴まれた。

「あなたもね」

そう少女に促されたことで初めて向こうはこちらの存在に気が付いたようだった。

「こんな所でまた会うとは・・」

本当にねーと思っただけでそれは言葉にせずに少女に引きずられて家の中についに足を踏み入れた。

後から続いたおじさんは入口に傘を置いてからついてくる。

それを見ながら今日は別に晴れていたのに何故傘を持っているのだろうと疑問に感じていた。

リビングに通されて少女にテーブルの椅子に座っているよう指示されたので特に逆らう事もなく椅子に座った。

そのまま少女は一旦、何処かに消えて何かを持って戻ってくるとテーブルの上でポットからカップに何かを注ぎながら反対側に座った男に声をかける。

「叔父様も明日の即位式を見にこちらに」

白いカップに黄色い液体が入ったそれをそれぞれに差し出てから少女はこちらの隣の席に座った。

「・・・おちゃ・・」

「良かったら飲んでみて」

そう促して自分の分に口を付けている。ちらりと見るとおじさんも口を付けている。

目の前で同じ物から入れていたのでこれに毒が入っている可能性は低そうだ。そう判断して一口。

これは水と何が違うのだろう。

特に匂いとか味もしなかったので見た目的には色のついた水といった感想をいだいた。

「お代わりしても良いからね」

にこりとそう言ってくれたが水だしな・・とは言わずにそっとコップを置いた。

「所で叔父様は夕飯はどうされます」

その言葉にはピクリと耳を反応させる。

なんだかんだ昼前に食べたのはあの串焼きだけだったのでお腹は空いていた。

一応、携帯食も持たされてはいるが何かあるのならそっちが良い。

不意にそう思ってカップを改めてみる。

「入れようか」

その提案に素直に頷くのだった。

「私はもうお暇するよ」

少女がカップを受け取ってお茶を注でいるとそう言っておじさんが席を立った。

「どこかにお泊りになるのですか」

カップを差し出されてそれを受け取ってまた口を付けるがやはり味はしない。

「あー・・そんな所かな」

おじさんは少しだけ視線を逸らして答えると少女は「それなら」と言って同じようにこの家に泊まる事を提案する。

しかしその提案に素直に乗ってくることはせず入口に向けて歩き出す。

「叔父様」

その背中を追いかけて少女が立ち上がる。

「外はもう暗いですしそんな遠慮なさらず今日は泊まって行ってください」

それよりもご飯はやはり無しなのだろうか。

二杯目を飲み終えて我関せずにそんな事を考えながらそっとテーブルに置いてあるポットに手を伸ばすとまだ少しだけ重さがあるようだった。

少女の言う通り外はとっくに日が落ちているので辺りはもうだいぶ暗くなっている事だろう。

この部屋も明かりは燭台に灯された蝋燭の明かりだけで全体的に薄暗い。

ポットを持って来てカップに注ごうと試すが少し傾けたぐらいでは出てこない。

おっさんも見たかぎりでは明かりになるモノを持っていなさそうだったし本当に行く当てが無いのであればここは少女の提案を受けた方がいいとは思う。

それなりに傾けてもまだポットから中身が出てこないのでさらに傾けてそうしてほぼ垂直にしたところで当然抑えていない蓋が外れてテーブルに当たって音を立てた。

「あ・・でた」

そこまでしてようやく中身が少しだけ注がれてその音で二人が同時にこちらを振り返った。

「なに」

急にこちらに視線を向けたので何事かと思ったが二人とも何も言わないので気にしない事にしてポットを置いてグイっとカップを傾ける。

底に残っていたからか最後少しだけ味を感じた気がした。

それを見て何故か少女が笑い出した。

「叔父様、夕飯にしましょうよ」

「・・・そうだな」

良く分からないが話はまとまったしご飯が食べれそうだった。

それから二人がテーブルに戻ってくるとカップとポットを少女が回収しておじさんも片づけを手伝うと一緒に奥の方に消えた。

「ごはん・・」

何が用意されるのかは分からないが食べれないより食べれた方がいい。

毒が無ければなおいい。

食べられないのは辛い。

そして用意されたのは穀物をミルクで煮たスープだった。

「あんまりおいしくは無いかもしれないけど栄養はあるから」

「・・・問題ない」

そう言って一口食べる。

優しいミルクの風味に噛むことで素朴な穀物の味が広がる。

ちらりとおじさんの方も見るが何も言わずにスープ食べていた。

「お代わりは無いから・・・ごめんなさい」

「別に謝る必要ない」

味がどうとかモノが質素だとか好意で用意してくれたものにケチをつけるつもりなんてない。

「食事がいただけるだけで十分だよ」

少女を慰める様におじさんも続いた。

そんな静かな食事を終えて後はもう休むという流れになった。

おじさんはもともと老夫婦が使っていた寝室に案内されこちらには少女が普段使っているらしいベッドを進められたが毛布を一枚借りて床で寝ると言ったら何故か少女も同じように毛布をまとって隣に座った。

少女は寝つきがいいのか座って直ぐに寝てしまっていた。

別に話をするつもりもなかったのでそれは別に良かったがこちらに寄りかかてきてしまったのは誤算だった。

少しだけ夜道を歩こうと思っていたが仕方なくそれは諦めて静かに窓の外を見上げる。

それからどれくらい経ったのか分からないが何処かで部屋のドアが開く音で目を覚ますと数分もない間に銃の発砲音が聞こえてきた。

「・・・侵入者」

それなりに大きな音だったが少女はまだ目を覚ましていないようで今も規則だしく寝息を立てている。

仕方なく起き上がり少女の方はゆっくりと体を床に寝かせると肩から掛けていたカバンを漁ってあるモノを取り出す。

それが使用できるか軽く動作確認するとバチッとしっかり弾ける音がして一瞬だけ光った。

「よし」

先ほど軽く見て回った程度なので見取り図に若干の不安があるがこの場で鉢合わせるよりかはいいだろう。

理由は不明だが狙われているのは恐らく少女だろうから。

そうして廊下に出るとどうやら起きたらしいおじさんがいた。

そしてその後ろで松明を持った誰かが迫って来ていた。

「あん、なんだガキとおっさんかよ俺ってやっぱこういう場面で運ねえな」

今は銃は下ろしているようだが倒したところで松明が厄介だと思った。

「お前は何だ」

おじさんがその侵入者に向けて問う。

「ははは、誰だろうな」

当然の様に答えは答えは返ってこず代わりに何かを投げつけてきた。

それはおじさんの体に当たって軽くはじけると中からぬめりけのある液体があふれ出た。

「・・・油」

その匂いで直ぐにその中身がわかった。

「お前、死ぬ気なのか」

「あ、死ぬのはお前らだけだよ俺は確実主義だからな」

そう言って銃を構える。

この状態で引き金を引かれたら間違いなく油に引火する。

そして自分の手に握っているモノとも相性が悪いことも分かっている。

いっそあいつを外に押し出してしまうか。

そうは思うが足元も油が染みてここでは上手く踏み込めそうにない。

そしてあいつの声で起きてしまったのか役者はそろってしまう。

「えっと・・一体何が」

松明を持った不審者と油にまみれた客人をみて少女も流石に固まっている。

「はは、お会いできて幸栄だぜ王女様、それじゃ死んでくれ」

不審者が何故少女を王女と呼んだのかは分からないがそれで明らかにおじさんの様子が変わった。

「お前、何で・・・そう思ったんだ」

多分、「それを知っている」と言いたかったのかもしれないが寸前の所でそれをそのまま言うのは押しとどめたようだ。

「王女様・・私が」

少女は急にそんな事を言われて混乱している様子。

「こんな賊のいう事をまともに聞かなくていい」

しっかりと不審者からは目を離さずにおじさんが少女に話しかける。

「なあ、おっさんあんたもいい加減その厚い面を取れよ」

「何を言っている」

完全に相手のペースに飲まれているがそれでも視線は外さずに相手を見据えている。

「やはり俺はついてるぜこの同じ日に二人とも処分できるんだからな」

さっきは運が無いとか言っておきながら今度はなんか勝手に一人でテンションが上がって相変わらず訳の分からない事を口走っている。

「あんた“処刑されなかった王”だろ」

「何を言っている」

「隠すなよ全て自分の臣下達がやったせいにして今日まで生きてきたんだろうが」

不審者がそう言い切って辺りに嫌な静けさが訪れる。その中で松明の火が弾ける音が続いていた。

「それはどこで聞いたんだ」

おじさんが低い声で問うが視線は下を向いている。

「そんなもん俺がこの目と耳で聞いたに決まってるだろ」

「お前さん貴族だったのか」

貴族そう聞いて不審者はついに笑い出した。

「そうだよ俺の親父は政治をちゃんとこなしてたのにある日突然殺されたんだ」

せきを切ったようにそいつは自分語りをついに始めた。

「財政難だとか言って財産も没収、あっという間だったぜ」

「・・・」

おじさんは何も言わずにそれに耳を傾けている。

「なのに王は殺されずひそやかに匿ってそれで世間には死んだ事にして責任逃れ」

「あげくにその孫は施設に送らず扶養も立てる優遇ぶり」

「こっちは有無を言わさず施設にぶち込んだくせに」

「その施設では当然戦争の責任だとかなんとか難癖付けてくる馬鹿ばかっか」

「だから俺が歴史を正してやるんだよ」

そこまで聞いてようやくおじさんは顔を上げて不審者の元貴族の息子を見据えた。

「仮にそうであるなら我々を殺すより歴史の証人として生かしておいた方が得ではないのか」

「そうかもな。だがこれは俺の復讐でもある」

「死人に口なしって言葉は知っているだろ」

どうやら元貴族は死んでくれた方が歴史の改変は楽だと判断したようだ。

「じゃあなそろそろ時間だ」

「ソウダネ」

そう言って相手が動くよりも先におじさんを少女のいる後ろの方に弾いてから床に染みた油に向けて持っていたスタンガンで着火する。

あっという間にその場に火が燃え上がりそれに気を取られた隙に火を抜けて一気に元貴族との距離を詰める。

慌てたようにこちらに松明を向けるがむしろその腕を掴んで軽く捻って松明を奪う。

「死ね」

そう言って銃をこちらに向けようとしたがそれよりも先に松明を手の甲に当てて銃を叩き落す。

終わってみればあっけないが火はちゃんと消さないといけないかもしれない。

とりあず拘束して持っている危険なモノはちゃんと取り上げないと。

「くそ・・運・・なのか」

なんだかすっかり意気消沈したのか元貴族は倒れたまま泣いていた。




現政府の襲撃についてはやはり丁重にお断りしたが両替に時間がかかるとかなんとか理由を付けられてしまいこの部屋に案内され待っているように言われた。

部屋は余り広くなかったが簡易的なベッドがあったのでそこで横になって気づいたら寝ていたようだ。

どの程度寝ていたのかは分からないがゆっくりと体を起こして外の様子を確認するためにそっと入口に近づく。

近くには人の気配は無い。

恐らくだがここでいつまで待っても配当金は支払われない気がしてきたので仕方ないのでお金は自分で回収させてもらおう。

そう決めてそっと部屋を出て廊下の左右を確認する。

この部屋に来た道順を思い返しながらそれを逆になぞる形で来た道を戻ってみる。

一応警戒はして歩いて行くがどうにも人の気配がない。

もしかしたらここの従業員もあの計画に加担していて今はそっちに出払っているのかもしれない。

だがそれはつまり、

「・・・支払うつもりなかったって事か」

金額もそこまで多くないのに両替で時間がかかるのはおかしいとは思ってはいた。

そんな事を考えている間に見覚えのあるドアの前までやって来た。

そのドアをノックもせずに開いて中に入る。

てっきり中にも誰も居ないかと思っていたがそこにはフード被った誰かが立っていた。

初めはあの支配人なのかと思ったがフードの下に仮面が無かったのでどうやら別人のようだ。

まあ、仮面の下の素顔の可能性もあるかもしれないがそいつが「お待ちしてました」と言って優雅にお辞儀して見せた。

その声は自分で聞いた限り同一人物のものとは思えなかった。

とは言え別に支配人に用がある訳では無いので気を取り直して改めてこちらの要求を伝える。

「そろそろ帰りたいんだが」

こいつがどんな役職なのかも知らないがそう伝えると、

「ああ、配当金をお待ちでしたね」

そう白々しく言って机の上に置かれた巾着を掴んでこちらに差し出す。

「お待たせしました」

色々と思うところはあるが表面上は笑顔で金を受けとる。

「どうも」

「おかえりですよね案内します」

そう言ってフードの男が部屋の奥に進む。

「こちらから行った方が近いですから」

正直来た道を戻って外に出たかったが相手はそれをさせてはくれないようだ。

「・・・」

ドアを開けて先に行くようそいつに促されるまま結局その中に入る。

中は一本道になっていて明かりも等間隔で設置されているので最低限の明るさも確保されている。

これなら案内も必要ないかと思って後ろを見ると何故かドアを閉めてそいつも中に入って来た。

しかも鍵もかけている。

もしかして一本道に見えるがこの先で分かれ道でもあるのだろうか。

そう警戒はしたものの結局そんな事は無く突き当りまでやって来ていた。

最後は扉ではなく壁の手すりを上がって上側のハッチを開いて外に抜ける仕組みになっていた。

「・・・ハメたな」

外にでて景色を確認してそう呟いた。

何故ならそこは明らかに街の中ではなかったから。

「・・どうするかはあなたの自由です」

そう言って後から出てきたそいつはハッチをロックして退路を塞ぐ。

それを見ながら考える。

通路の先のドアの鍵もこいつが持っている。

つまりこの場でこいつを倒せばこのまま帰れる。

ならそうするのが現状最善ではなかろうか。

相手もそれは気づいているのかこちらとは既にそれなりに距離を取っている。

「では」

最後にそう言って施設に向け走り出した。

そりゃあわざわざあちら側に正面戦闘するメリットはないのでこの場は逃げるが正解だろう。

そしてそれを追いかけてまんまと建物にでも侵入したらそれこそあそこで話していたあいつらに都合のいい状況を提供してしまう事になる。

更には好きにすればいいとか言いながらこの場で衛兵に見つかれば間違いなく賊として認定されるのは火を見るよりも明らかだろう。

同じ理由で部外者ですと言っても外には出してはもらえないだろうしこれは八方塞がりだ。

建物では揺動なのかそこかしこで大きな音が聞こえてきているのでそれがこの辺までやってこない保証もない。

或いはそこに向かおうとしている衛兵に見つからないとも限らない。

ただもしかするとこの場所があいつらの撤退用の通路の可能性もあり得る。

その場合もしかしたらアイツの他にも鍵を所持している奴はいるのかもしれないしそれなら揺動のためにこちらに来る確率はかなり低いともみれる。

実際この場所はそれなりに建物からも距離があるようなので逃げるのには最適だと思う。

ただもしも逃げることを想定していない場合はどうなのだろか。

実際、逃げるつもりならわざわざ鍵をかける必要はない。

少なくともこっちの入り口は開けておいても問題なかったはず。

にもかかわらず鍵をした。

これはつまり逃げる事は初めから想定していないという事なのかもしれない。

改めてハメられたと思いつつ仕方なく持っている荷物を漁る。

中から全体を覆えるローブと何故か入っていた仮面を見つけてせめてもの抵抗にそれを付ける。

今更、あのローブの男を追いかける気は無かったが施設に向けて足を踏み出す。

暫く歩いて建物の近くまで来ると騒がしく衛兵と賊があちこちでぶつかっている。

その様子を物陰から見ていて明らかに統率がとれていない賊達の多くが既に捕まっているようだった。

それをみて改めて彼らが捨て駒として扱われいると感じた。

彼らは武器も防具もほとんど持っていなければ服装も街で見た装いと変わらないでここで争っている。

つまり彼らを初めから見捨てる考えだったか都合のいい言葉でも並べて利用したか。

例えば「コレが成功すればお前たちは捕まっても助けられる」とかなんとか言って。

そんな感じの一階を抜けて二階に来るとここではそれなりに衛兵と賊が戦闘した様子があった。

ここで倒れている賊達にはちゃんとそれなりの防具と武器が配られたのかそれを身に着けている奴がちらほらと見て取れた。

まだ衛兵に捕まっていない賊も多く残っていたがそれでも優勢はやはり衛兵側なのは変わらない。

争っているのは何故か廊下ではなく部屋の中で行われていて廊下には戦闘から離脱した奴か倒れているかといった感じで廊下には賊も衛兵もまともに立っている奴は居なかった。

そんな廊下を駆け抜けるだけでよかったのは部屋のほとんどが開いていたのも理由として大きかった。

そして三階。

これより上は無く屋上を抜除けば間違いなくここが最上階。

階段を上り切り廊下に出ると下で起きている喧噪が嘘のようにここだけ静まり返っている。

このフロアも既にほとんどの部屋のドアが開いていてその奥の部屋の一室だけ今もドアが閉じたままになっていた。

恐らくそこが目的の場所だろう。

それまでに開いている部屋を廊下から見てみるがここで倒れていたのはここのスタッフか何か他と違いそれなりの服に身を包んだ役職がありそうな誰かだけで下二つの階と決定的に違うのはここには賊が一人も転がっていないという事。

そこから考えられるのはつまりこれは下の階の様な数で攻めたのではなく少数で確実に制圧していったという事だろう。

そしてついに閉じたドアの前に立つ。

正直言ってこれは罠の可能性が高い。

だからと言ってここで引き返すぐらいなら初めからこの場所には来ない。

結局答えは初めから決まっているのでグッと力を込めてドアの持ち手を握ってそっと後ろに引く。

後はなるべく音を立てないように体が入るぎりぎりのスペースを確保してするリと中に侵入する。

部屋の中は明るかった廊下と違い薄暗く照らさていてそこに二人の人物が何かやり取りをしていた。

「私を殺しに来たのですか」

先ず聞こえてきたのは凛とした女性の声だった。

「そうですね」

それに答えているのはあのフードを被った奴の声だった。

・・・あれ、あの支配人はここに来てないのか。

てっきりここへ来るのはアイツだと思っていたがそうではないようだ。

それとも自分の手は汚したくないタイプなのだろうか。

「私を殺しても次が現れるだけですよ」

これから殺されるのかもしれないという時に彼女の声は静かに澄んでいる。

「そうだとしても最早、貴女を支える者はいませんよ」

男も落ち着いて言葉を返している。

「あなたもしかして臣下達も手に掛けたの・・・」

自分の死は覚悟できても他の親しい人間の死は流石にショックだったのか声が少し震えていた。

「ええ、あなただけを殺すだけでは事は成立しませんからね」

確かに彼女を殺すのが目的なら当然それを支援する人達も無事では済まないと考えたほうが自然か。

「それでもあなた達は間違っています」

自分以外の人の死が堪えたのかまだ少しだけ声が震えているがそれでも目を離すことはせず真っ直ぐに相手を見据えて女性は言い切った。

「間違いかどうかは最終的に残った結果が全てでしょう」

男の言う通りではあるもののここで暮らす人々にとってここでの結果でこれからの暮らしを左右されるとなるとここだけで決めらてしまうのは公平とは言えない気がする。

「あなた達がしようとしている事は民が望んでいるのでしょうか」

それを確認するように彼女も男に投げかける。

「さあ、どうでしょね」

男はここに来て明確な答えは持っていないのか答えを濁した。

「分からないのにここまでの事をしているのですか」

その答えは流石に想定していなかったのか女性の声に少し戸惑いが滲んでいた。

「それを考えるのは私ではないのでね」

そう言って男は見覚えのある仮面を懐から取り出した。

「・・・・」

それを見て改めてあの支配人にハメられたと思った。

「そろそろ話も終わりでいいでしょう」

そう言ってこちらに振り返った。

「え・・」

どうやら彼女は気づいて無かったみたいだが当然の様に仮面をした男は分かって話をしていたようだ。

これ以上隠れていても仕方ないので期待に応えて物陰から姿を現す。

「どーも」

場違いな挨拶をしながらある程度の二人との距離は開けて対面する。

「仲間がいたんですね」

女性からしたら当然自分の味方ではないので二体一になって現状更に不利になったと思っても不思議ではないだろう。

実際はそうではないのだけれどそれは知りようがないし伝えても信じるかは分からない。

「答えはでましたか」

女性の方ではなく確実にこちらに向けて聞いてきた。

それはつまりこの場でどちらに付くのかを決めたのかの確認だろう。

「そうだな・・・」

そう言って拾って布にくるんでしまったままになっていたナイフを取り出した。

「あ・・」

武器をみて流石に女性の表情が強張る。

仮面をした男も手には小銃を構えている。

「悪いな」

仮面の男に向けて距離を詰める。

「やはりそう来ますか」

しかしその動きは想定されていたのか銃の照準はこちらではなく未だに無防備な彼女に向けられた。

「え・・」

当然なんの準備もない彼女に向けられて発射された弾は何もなければ彼女の体に穴を開けるのは容易いだろうがその前にナイフの先を当てて弾をはじき飛ばす。

「・・次も同じことができますかね」

ナイフで弾丸を弾かれた事に少しだけ驚いたようだが気を取り直してそう言うと再び女性に銃口を向ける。

「ぶれないね」

こちらも変わらずナイフを構てどう対処するかを考える。

相手は銃なので弾切れまで一旦粘るのもありかもしれないがそれまでこの状態が続くのかがは疑問なのでやはり早めに対処するのがいいだろう。

そんな風に考えていると仮面の男は左に体を動かした。

合わせる様にそれに続くがそれがフェイントだったように右に素早く切り替えられてこちらが動いたことでできた少しの隙間に向けて直進して距離を詰めてきた。

ただ相手が近づいてくれたことはこちらとしては有難い。

走りながらするりと銃を女性に向けて引き金を引く。

弾は今度は何の障害物もなく真っ直ぐに伸びていく。

ただ弾を打つ前にこちらが体当たりしたのでそれはそのまま壁に穴を開けただけだった。

そしてそのまま倒れ込んで上から抑え込むと銃を持っていた手を抑え込みそこにナイフで少しだけ傷を入れる。

そのついでに持ていた小銃は取り上げて壁側に投げておく。

まだ武器を隠し持っている可能性はあるがとりあえずはこれでいいだろうと女性にベッドのシーツを外してもらいそれで簀巻きにして拘束した。

「ふう・・」

男をその辺の床に寝かせてナイフを元の布にくるんでしまう。

「手が・・」

どうやら効果が出てきたらしく男が違和感を訴えた。

「残念だが暫くは手は使えないだろうな」

「毒か・・」

それは初めからナイフに仕込まれていたものである。

「あなたは敵・・」

男から視線を離して聞かれた方に振り返るといつの間にか女性が銃を拾ってこちらに構えていた。

その手は震えていて明らかに扱いに慣れていないのが分かった。

ただ敵か味方で聞かれたらそれはどちらでもないと答える他無いので、

「味方ではないが敵でもないですよ」

と信じるかどうかは分からないがそう言うだけ言ってみる。

当然その答えに不信感があるのか困惑気味に転がされている男の方を見るがこれには答えるつもり名が無いのかただ黙っている。

「一応、言っておくと貴女の命を奪うつもりは無いので外に出してもらえるとありがたいですかね」

それから簀巻きにした男と怪しい仮面を付けた男を交互に視線をさまよわせるがやがて構えていた銃が下に降ろさた。

「あなたを信じましょう」

女性がそう言った時、部屋のドアが勢いよく開かれた。

「女王様、ご無事でしょうか」

声を荒ぶらせて中に入って来た衛兵はこちらを見つけて持っていた武器を構える。

「賊だな」

「賊ならもう捉えましたそこに」

「・・・」

女王と呼ばれた彼女がそう言って簀巻きされた男を指して言ったので衛兵は確認のためにそこを覗き込む。

「では・・こちらは」

それでも不審人物がまだいる事には変わりないので未だ警戒したままこちらに視線を向ける。

「この方は賊を捉えるのを協力してくれただけです」

女王がそう言っているのだからここはそれを素直に信じて欲しいがどうだろうか。

「そう・・ですか」

それでようやく武器を下したがまだ納得はしていないのか警戒だけは解かないで女王との隙間に割って入ってきた。

それをみて何もしませんよの意味で自分は逆に女王や衛兵から離れるよう距離を取る。

そうしている間に続々と兵士たちがやって来てそのうちに簀巻きにした男は何処かに運び去られた。

その間にこちらの事は女王の客人と一応、周知してくれたので衛兵が去った今も何故か二人だけ部屋に残っていた。

「そろそろ帰らせてもらっても」

部屋に備え付けられた窓から朝の光が入ってきて長く感じた夜ももうじき夜明けが近づいている。

「あの賊 も 囮なんでしょうか」

不意にそんな言葉が女王から発せられた。

そんな事より帰らせて欲しいかった。

「恐らくはそうなんでしょうね」

女王を殺して天下取りを気取るより何者かに殺された女王の変わりに現れてそいつを捕まえたうえで自分が新たなリーダーとなる。

或いは確実に殺したところで死人に口なしをいいことにある事無いことでっち上げて現行政権を悪に仕立て上げる算段だったか。

「ただ、あいつは現行のままが良いと思ったのかもしれないですね」

それは衛兵からの報告でも明らかでこの三階でも死傷者は出ていなかったからだ。

そしてあの時に気が付いたのはあの支配人に変装していたのだろうという事それはつまりこの作戦を初めから成功させないためにあえてイレギュラーを招いた。

最後もそんなに抵抗が無かったのもそう考えると腑に落ちる。

「そう・・なのでしょうか」

「それはこれからあなた達で民に示して行けばいいでしょ」

結局、今言える事はそれしかないと思うし。

「そうですね」

その言葉に納得したのかどうかは分からないがそれからほどなくして解放されて朝日が昇る街を一人歩いていた。




元貴族を捉えて身動きが取れないよう拘束した後で家の中を見て回った。

そうして至る所に油を染みこませた布や入れ物が見つかりやはり最終的には火を点けるつもりだった事が判明した。

今はそれらは見つけた分は回収してまとめてある。

そのまま寝る事もなく三人は再びリビングに座っていた。

その床には元貴族も転がしてある。

「叔父様は本当に王様だったのですか」

そこで口を開いたのは少女だった。

「・・・すまなかった」

「なんで謝るのです」

そこで語られたのはかつて戦争が始まる前まだ王だったおじさんは臣下達が戦争を利用して利益を得ようと考えているという事に気が付けなかったことが始まりだった。

当時この国は科学技術に力を注いでいたがそのために必要な資源や資金が慢性的に欠如している問題も抱えていた。

それでも日々確実に技術は進歩していたがその結果となる目ぼしい成果が得られないとう現実にも直面していた。

そこで起こったのが“目的の無い戦争”と現在は呼ばれている戦争だった。

これに着目し優秀な技術者を現地に派遣したりここで発見された危険な病原体を取引する変わりに資源を優先的に得られるようにしていたとか。

そして王はその時には自分の息子とその妻子を人質に取られてしまい何も言えない立場になってしまっていた。

その二人も技術者であり王の知らない間に現地に派遣されやがてその地で死亡した事をかなり後になって知ったのだとか。

やがてこの国から流出した技術が危険と判断されてこの国の消去がある機関で極秘に決定され決行された。

それが先ほど元貴族が言っていた虐殺の経緯だった。

王はその時は牢獄に投獄されていてむしろ保護された立場だったそうだ。

その為、王の命は奪われず執行部隊は国全体で行っていない事を把握したのでその取り巻きだけを洗い出して殺していったというのが事の経緯らしい。

それが正しくは伝わらないまま世間では王が悪いという噂がそのまま残った。

「これは当時の混乱を最小限に留める狙いもあった」

「それでは叔父様だけが悪者に・・・」

少女が悲しそうに言うがおじさんはそれを優しく見つめている。

「それに既に家臣に裏切られていたのであれば私は王の器ではなかったのだろう」

言葉に寂しさを感じはするが既に割り切っているようにも見える。

「そうなのですか」

おじさんの返答に納得はしていないようだがそれ以上何も言えずに少女は頷いた。

「そのおかげで国外にも気軽に行けるようになったしな」

明るく言ってこそいたがその言葉にはどこか影が潜んでいるように思えた。

「どこか行きたい場所があったのですか」

その質問に暫く沈黙した後またおじさんはあやまった。

「君の両親の安否をどうしても確認したくてね」

「・・・それでどうして謝るのでしょう」

「見つけられらなかった」

おじさんはとても悲痛そうに声を絞り出していた。

その言葉の向こうに遺体のない墓標で祈っていた少女の姿が浮かんだ。

もしかしたらせめてそこに本当の遺体を置いてあげたかったのかもしれない。

少女がせめてちゃんと祈れるように。

「ところで王女は二人」

そんな会話を繰り広げている二人を暫く黙って聞いていたがふらりと質問を投げかけた。

それは元貴族が言っていた事とそして現在語られたおじさんが王と言うのが事実であるのなら確認しておくべきことでもあるはずだった。

「一人は影武者だ」

窓の外に視線を流してそう答える。

「誰が本物」

その答えは最早分かり切っていたがおじさんは一呼吸おいて答える。

「君がこの国の新しい王女だ」

おじさんは王女に視線を戻して真っ直ぐに言い切った。

「え・・」

当然少女は驚いて固まった。

「おじさんは王に復権しないの」

多少はイメージの問題はあるだろうがその辺は時間でもかけて誤解を解いて行けばいい話ではなかろうかと思った。

「はは、私にそのつもりはないよ。さっきも言ったように臣下の裏切りに気づけないようではダメだろうからね」

しかし決意は固い様でもう王にも興味が無いのかもしれない。

「それでもこれから民を導くべき指導者は必要です」

少女が王女という現実を振り払うように首を横に振ってからおじさんに向き直り諦めきれない様子で元王様を見つめる。

「それについてもこれからを担う新しい存在が良いんじゃないか」

そんな少女を真っ直ぐに見据えて元王様は提案する。

「責任はちゃんと取らないとダメ」

事実がどうであれ生きているのならもう一度矢面に立つのが責任を果たすと言えるのではないだろうかと提案だけする。

「責任の取り方も別に一つじゃないさ」

表には出ずに裏方として問題と向き合うつまりそれがおじさんの結論のようだ。

「それじゃあ・・・」




この街に入って来た時の入り口に立っているとちらに向かって走ってくる人物が一人追い付てきた。

「出かける」

そう言って抱き着かれた。

「重い」

それを引きはがして地面に置く。

「何か荷物一杯」

来た時よりも大きくなった袋を指さされる。

「携帯食が大量に余っていたからなどうせ押収されるだろから貰って来た」

建物を出た後でもう一回あの賭博場に行って好き勝手色々物色した結果それを見つけた。

「・・・」

それを聞いて何か言いたそうだったが言葉は飲み込んだようだった。

「それじゃそろそろ行くか」

「ごはん」

「そう言うと思って貰っといたんだよな」

そう言って懐に抱えてた紙袋からパンに何かを挟んだものを取り出して一つそれを渡してから自分も同じものをだしてそれにかじりつく。

「お、結構うまいな」

「おいしい」

それから歩いてバギーを置いたところまで戻ってくる。

悪戯された痕跡が無いかを確認して仕掛けた罠を解除すると隠すために置いた瓦礫をどかして新しい荷物を入れ込んでそれら等をまた念入りにロープで縛り付けるとようやくバギーに乗り込む。

その頃には日は高くに上っていて今日も晴れそうな感じがした。

「さて、また暴風壁を抜けましょうか」

ゴーグルと布を装備した運転手と助手席で何もまだしていない二人を乗せてバギーは軽快に走りだした。

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