第5話 シェリグ・ゲイムの酒場

「ぜーはーぜーはー……み、水を一杯……」

「うちは酒場なんだがな~」

壮年ドワーフの店主シェリグ・ゲイムから水をもらい、私はやっと一息ついた。


あの後、テンションが上がって、筋肉モリモリマッチョウーマンの変態と共に、ひ弱な冒険者との追いかけっこに混ざった魔王様。

彼女を捕まえ……ようと追いかけたのだが、まったく追いつけず、バテて倒れたところを魔王様が心配して駆け寄ってきた。

結果的に捕まえたのだから、よしとしよう。

仕方ないだろう、私の生命力は10しゅぞくさいていちしかないのだ。

LEVEL100オーバーの冒険者たちと戦える魔王様とは比較にもならない。


「スペクトくん、だいじょ~ぶ~?」

「ぜーはーぜーはー……」

まったく、誰のせいだと……。

「イチャつくんだったら、うちじゃなくて、宿の方に行ってもらえねーかな」

「イチャついて……ません」

やっと息が整ってきたので、本題に入る。

ごまかしたとか、そういうのではない。


「景気はどうかって? 御覧の通り、ガラガラよ」

カウンターでグラスを磨きながら、シェリグは続けた。

「迷宮都市の酒場ってな、普通は昼間でも冒険者がたむろってるもんだがな」

「そうなの?」

「おうよ、昼間でも新しい依頼がないか、迷宮の新情報が出ないか、目を光らせておくのが、賢い冒険者ってもんよ」

現在、迷宮都市の酒場の役割は2つ、依頼クエストの受注と、情報交換。

普通の迷宮都市の冒険者一党パーティならば、酒場に留守番役を一人置いたり、迷宮探索が休みの日にも酒場当番として誰かを詰めさせておくのが定石なのだ。


「じゃあ、なんでガラガラ?」

依頼クエストがあまり無いんですよ」

私は依頼書がほとんど貼られていない依頼掲示板クエストボードを指し示した。

「なんで~?」

貴女のせいです。


「迷宮都市の依頼クエストの大半は、迷宮産のアイテムの入手依頼です……なんですが、ダーナ・ウェルの迷宮はドロップが渋いでしょう」

「そっか~、手に入れるのがむずかし~ほ~が、手に入ったときラッキーってなるかな~って思ったんだけど……」

「それにしても限度があります、ドロップアイテムの8割がガラクタブロークンアイテムはいただけません」

「あい、はんせ~してます」

シュンとうなだれる魔王様。


ムムッ、ほだされてはいけない、ここは心を鬼にして忠言せねば……。

「もちろん、それだけが原因ではありません。訓練場でもお話ししました錬金術師の不在も原因の一つです」

「お優しいこって」

シェリグがつぶやく。

私は問題点を列挙しているだけですが、決して話題を変えたりしてません。

気にせず、私は続ける。

「迷宮産の採取素材やモンスター素材を、市井で使えるアイテムに加工できるのは錬金術師だけなんです。だから素材入手依頼を出す人間がそもそもいないし、加工品の需要もない」

「じゃあ! じゃあ! はやく錬金術師になれるようにしようよ!」

「錬金術師だけじゃダメなのさ、加工には錬金工房って施設が必要になる。そんな高価なモン、新米の錬金術師が持てねえだろう」

シェリグが説明を補足する。

「錬金術が普及している迷宮都市では、錬金術師に弟子入りして、新米のうちは師匠の工房を使わせてもらって、大成したら独立するという育成方法なのですが……」

「よそ様の迷宮都市から工房持ちの錬金術師を引き抜くとなりゃ、その一門まるごとって話になるな」

「そんなことしたら、戦争が起きますね」

よその都市国家から、産業丸々一つ盗み取るようなものである。

「???」

魔王様が話についてきてない。


「いいですか、問題を要約すると、こうなります」

①ドロップアイテムが渋すぎて、入手依頼の需要と供給が成立していない

②素材を加工できる錬金術師がいないので、モンスター素材・採取素材の入手依頼がない

③従って、その加工品の入手依頼も成立しない

④錬金術師を一から育成しようにも、錬金工房の問題が立ち塞がる

「わかりましたか?」

「うん? ばっちり」

わかっていない顔だった。


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