12章 別れのカウントダウン

コール音が鳴り響く。


『オレだ。どうし――』


ダリオノアさんが最後まで言うのを遮り、電話口の人物は叫んだ。


《ノア中佐! 大変です、各所で同時にテロ行為が――》

『現在確認できているだけの場所を――』


そう言っている傍から、ダリオノアさんと私の目の前にある大手企業のビルが火を噴く。


『くそっ、国王は現在どこにいる!?』

《それが――我々が管理していたシステムも、議会や王室が管理していたシステムも全てダウンしている状態で――》

『どうにかして復旧しろ!』


ノアさんの姿でいるときは冷静な態度を崩さないダリオさん。しかし、今の状況下では焦燥感を押し隠すことができないようだ。

ダリオさんの携帯から漏れてくる情報は、悲観的なものばかりだった。列車事故や放火、暴動の先導などが起こっているらしい。


『おい……オイ!? ……くそっ』


ダリオノアさんは電話を切ると、髪の毛を掻き毟った。


「駄目だ……通信回線もジャックされた……」と、彼は力なく言い、歯ぎしりする。


「……ダリオさん。プラヴ・バレンヤのあった場所は警察本部だった、ってさっきの本に書いてあったんです」


声を上げた私に、ダリオノアさんは視線を向けた。


「確証はない、んですけど……。特殊犯罪組織が“プラヴ・バレンヤ”を意識してるとしたら……」

「……一か八かだ。その情報に賭けてやる」


ダリオノアさんはそう言うと、路肩に停めていた車のエンジンをふかし、嘆息する。


「……バーンハードも一緒じゃなきゃいいが」

「え?」

「一緒にいたら、アイツも巻き込まれるだろ。最近、国内公務を連れ立ってやってること多いから…………不安だ」

「…………」

「バーンハードは穏健派だからな。特殊犯罪組織に対抗するようなことは期待できな――」

「すみません……私、言ってなかったことがあるんです」


私はダリオさんに言うか迷っていたことを、言う決意を固めた。


「この前、バーンハード王子が……その……プラヴ・バレンヤを含んだ賛美歌っぽいものを歌ってるのを耳にしたんです」


特殊マスクをつけているにも関わらず、ダリオノアさんの顔色がすーっと消えていく感じが見て取れる。


「あと――私がカムジェッタで見た、逃げ去った長身の男性……バーンハード王子です」

「そんな……いや、まさか……」


ダリオさんは緩くかぶりを振った。


「んなワケ、ねーだろ……」


彼の発する言葉がこれほどまでに弱々しかったのは――――――初めてのことだった。


ヴァンリーブ警察本部前にて、私とダリオノアさんは盛大に口論していた。


「オマエ……バカか! 連れて行けるわけないだろ!」

「じゃあ勝手についていきます」


絶対についていきますから、と強く言い切る。


「危険だからアマネに連絡して、オマエを迎えに来てもらう」と言ったダリオノアさんに抗い、私は共に警察本部内へ入ると言い張っていた。


「マジでヤバいんだ。……生死に関わるかもしれない」

「わかってます」

「わかってねーだろ!」

「わかってます。だから、あなたを1人で行かせたくないんです」


わかってる。

ダリオさんが言うとおり……今回の件にこれ以上深入りしたらまずいことくらい。でも――……。




――マドカ、行ってくる。

――ちゃんと帰ってくるから、待ってなさい。


――約束だ――……。




私はキュッと唇を噛みしめた。

もう、待つことなんてしない。

零れ落ちた記憶。そんな中――――思い出したことがある。


――お父さんはあの日――私との約束を守れなかった。1人で立ち向かって、謀られた。


何に、誰に、父が謀られたのかは思い出せない。

しかし…………今の状況は、あのときの状況そのものに思える。


何もできないというのはわかっている。足手まといになることもわかっている。それでも――……。


ダリオさんを1人で行かせたらダメだ。


「絶対、一緒に行きます」


ダリオノアさんは根負けしたのか、微かに頷いた。


「…………わかった。だが、もうマジでヤバいと思ったら速攻で逃がすからな。そのときはワガママ言わずに逃げろよ?」





つかつかと受付まで行き、ダリオノアさんは担当者へ詰め寄った。


『……国王たちは来ているか?』

『は、はい。長官室にいらっしぃますが?』


私とダリオノアさんは素早く視線を交わし合う。どうやら、今のところ何も異変は起こっていないらしい。署内で何らかの異変が起こったら、こんなに平然と受付が対応できるわけがない。

室長が言っていたとおりに計画が進行しているとしても、国王に対してまだ何も手を下していない可能性が高い。


『急ぎの用事がある。長官室へ行く許可をくれ』

『? かしこまりました……それでしたら、うちの職員を誰かつけて……』

『結構だ』

『しかしノアさん、ちょっとそれは……』


こうして問答をしている間にも、何かしら起こってもおかしくない。

ダリオノアさんがイライラしているのがわかる。


「ダリオさん、ここは着いてきてもらった方が話は早く済むんじゃ……」


ダリオノアさんは不服そうに鼻にシワを寄せつつも、本部の職員が同行することを了承した。


本部の職員と共に、長官室へと急ぐ。長官室の扉前で、ダリオノアさんは厳しい眼差しをして仁王立ちした。

強張った表情をしているダリオノアさんに視線を向けつつ、署員は長官室のドアをノックする。はい、と長官の声がする。


『長官、ノアさんがお見えなんですが……』

『ああ……………………お通ししてくれ』


酷く平坦な声だ。抑揚も何もない。


「オマエは部屋へ入らずここにいろ」

「まだそんなこと言ってるんですか!? も――」


私たちの小声の攻防は、長官室のドアが開かれた瞬間、止んだ。

ズラリとドアの前に並んだ警官服の男性たち。彼らは一様に私たちに向かって銃を構えている。


『お、お前たち……! 何を――……!』

『貴様らどこから入った!?』


動揺しつつも銃を握りしめて応戦の構えを取る署員たちを前に、警官服の男性たちはニヤニヤと笑った。


『撃ってみろよ』

『撃ったらその瞬間、国王が死ぬけどな』


そう言って、彼らは少しだけ体をずらす。窓際には国王様やバーンハード王子、長官やSPたちが拘束されていた。


署員たちは驚愕の表情を浮かべた。


『これだから無能警察って言われんだよ』


下卑た笑いが場に満ちる。


『防犯カメラにはこんなものは……』


署員の言葉に不快な笑いが起きる。


『防犯カメラなんて、すり替えたに決まってんだろ?』

『国王を殺したくなければ、早々に立ち去れ。…………ん?』


男性の視線が私に向いた。

次の瞬間、彼は歯茎を剥き出しにして満面の笑みを形成する。


『これはこれは……倉間マドカさんじゃないですか。こちらからお迎えにあがる前に来て頂けるとは』

『ある方に頼まれて、調べさせて頂きました。色々と利用価値がありそうな人ですね。……あなたはここへ残って下さい』


ダリオノアさんは素早く私を自身の背に隠した。


『何を言ってる! んなことできるか――』

『去らなければ、今すぐここで自爆テロを敢行する』


彼はそう言って、後ろに控えていた一人の男性の襟首を掴むと私たちの前に引きずり出した。


『……ルイス……!』


ダリオノアさんの悲痛な声が響いた。


――……そんな…………。


ルイスさんは目を伏せて、唇が白くなるほど噛みしめている。

彼は防弾チョッキのようなものを着ており、そこにはいくつもの機械が巻き付けられていた。


『ここで即時爆破スイッチを入れれば、全員死ぬぞ』


『おのれ……!』

『ノア中佐、どうし――』

『わかった。だが、オレも一緒に残る』


署員の言葉を遮り、ダリオノアさんはそう口にする。

すると、署長室で銃を構えている男性たちはお腹を抱えて笑い出した。


私は思わずダリオノアさんを見やる。もしかして、彼は――……。


予想どおり、ダリオノアさんはぐっと首元に手を当てた。


『そんなことを、許すわけが――――』


次の瞬間、ダリオさんは自らの特殊マスクを剥いだ。


『オレはダリオ・ドゥーガルド…………エメリー・シルヴェスター・ヴァンリーブだ。それでも去れというなら、去るぞ。――いいんだな?』


警官服を着た男性たちは困惑した様子で互いに視線を交わし……やがて頷いた。


『わかった。エメリー王子と倉間マドカだけ、中へ』


銃を突きつけられながら、私とダリオさんは両手を挙げて長官室内へ入った。


扉が閉まると同時に、パチパチと拍手が鳴り響いた。音がした方向を見ると、そこにいたのは――バーンハード王子だった。

やっぱり彼はグルだったのだ。

縛られたフリをしていたのか、彼の手首にかかっている縄は解けかかっている。


『いやいや。素晴らしいよ、ダリオ。まさかダリオとノアが同一人物だったとは――考えもしなかった』


彼は私とダリオさんの前に立ちはだかる。


『…………兄上。組織の長は、オマエなのか?』


バーンハード王子はダリオさんの問いに対し、微笑を返す。それはすなわち――……。


『ふざけんなよテメエ! 何してんだよ!』


ダリオさんの咆哮がとどろくも、バーンハード王子はダリオさんの怒りなんてどこ吹く風だ。

『全部まとめておしまいにしてやろうと思ってさ。このままじゃ、ダリオ……いや、エメリーが王位を継ぐことになるだろうし』

『は!?』


バーンハード王子はゆっくりと国王様の方を見やった。国王様は青白い顔でバーンハード王子を見ている。


『バーンハード……何故……。王位については、エメリーの名を棄てたダリオではなくお前に、と私はずっと……』

『ご冗談を。国王様は世論を何より大切になさる方じゃないですか。私がこうして王子になれたのもまた、世論の影響だった。ダリオのことが公になった以上、正当な後継者を国王に、という輩は増えていく。増幅するその声を、国王様が蔑ろにするわけがない。……大多数の、大きな声を』


それに――とバーンハード王子はさらに言葉を連ねる。


『人を虐げ、地位を築いてきたヴァンリーブ国王の座を継ぐなんて、吐き気がする』


国王様の瞳孔が開く。


『…………私の母は、ガラマヌス族だった』


国王から視線を外し、彼は両腕を広げた。


『ヴァンリーブ王国のせいで法的に名前も言語も奪われ、その伝統や文化を知る人も全て亡くなってしまった、民族の末裔だった!』


バーンハード王子の瞳には狂気が滲んでいる。


『ここにいる同志たちは、ガラマヌス族やそれ以外の……ヴァンリーブ政府によって名誉も誇りも喪失させられた民族の末裔たちだ。ヴァンリーブ政府が公的に作成した我々に関する書籍はどれも、自分たちに都合の良いものばかり。だから我々は……ヴァンリーブ政府に気づかれないよう、ひっそりと自分たちの言語や文化を口承で紡いできた。だが……っ』


バーンハード王子は歪んだ笑みを浮かべる。


『……どうしてずっと、我々が日陰にいなければならない?』

『バーンハード……』

『国王。母上は、亡くなる直前まであなたを恨んでいたと聞いています。王妃がいるにも関わらず、自分に手を出してきた愚かなあなたをね。自分のところにくれば、ガラマヌス族の伝統・文化を根絶やしにしないと脅したのでしょう?』


国王様は何か言いたそうにしていたが、男たちから突きつけられている銃を前にして黙り込む。


『このままでは、私たちは朽ち果てるしかない運命。そんな定めに抗うため、私たちは立ち上がったのだ!』


わっと警官服を着た男性たちはバーンハード王子の言葉に盛り上がる。


『兄上。アナタがガラマヌス族の母を持っていることはオレを含めて王室や政府関係者の誰もが知っている。その上で、継承権は兄上に……と、あのとき――オレが家を出るときに決めたじゃねえか。父上も、母上も、一族の皆も、兄上なら間違いないって、納得してただろ……?』


ダリオさんが声を絞り出す。


『少数民族に対する王室や政府のやり方が気にくわねえって言うんなら、王位を継承してから改善していけば良かっ――』

『ダリオ。……私は、こんな国の国王になりたいなんて、これっぽちも思っていない。継承権を譲る? 馬鹿馬鹿しい。そんな施し無用だ。話を受ける気なんて毛頭なかったよ、私は』


吐き捨てるように、バーンハード王子は言った。


『こんな狂った国なんて、駄目だ。全てを叩き壊し……血で血を洗った上に新しい国家を築く。ダリオ、オマエたちヴァンリーブ国人は狂っている! 自由の国だと言いながら、誰しも平等な国を実現できていないじゃないか!』


しん、と場が静まり返った。


「……狂っているのは、どっちなんだろうな」


風のない海に立った波紋のような、小さな呟きが洩れた。

ダリオさんは、皮肉げな笑みを浮かべる。


『全ての人が平等な国? んなの、無理に決まってんだろうが』

『な……っ』

『自由主義っていうのは!』


ダリオさんは瞳に灯った炎をたぎらせ、室内にいる全員の顔を見回す。


『それぞれの主張がぶつけ合って国が向上していく。だからこそ、主張が通らない、弱き者は潰れていく。その弱者を救済するのも国家の役目だ。だが、全ての人の足並みを揃えることはできない。それが自由主義だ。全ての人に目指すものを同じにしたいなら、独裁政治しか道はねえよ!』


ダリオさんは真正面からバーンハード王子を見据える。


『……って、ある人が昔、教えてくれた』


ダリオさんの言葉に、バーンハード王子は僅かに瞠目した。


『……兄上が目指すのは、独裁国家ってことだな。よーくわかった。オレから言わせれば、そんな国を作ろうとしてるヤツの方がよっぽど狂ってる』

『ちが……私は――』

『――あの日オレに、国とは……国王とは何たるかを語ってくれた兄上はもう、いないんだな。……良かったかもな、オマエが王位を継承しなくて。オレ、オマエが国王になってたら、早々にデモ起こしてたと思うぜ』


警官服を着たテロリストたちはいきり立つ。


『言わせておけば……!』

『殺――――』

『待て。まだいい。どうせ、ここで死ぬんだ。じわじわと迫る恐怖を感じながら死んでもらおう』


バーンハード王子は男性たちを制止し、ダリオさんの真っ直ぐな眼差しを受け止めた。


『ダリオ、残念だ。最後までお前とはわかり合うことができなかったな。私は、お前の言葉が全く理解できない』


ダリオさんはバーンハード王子を睨みつけると決然と言い放った。


『兄上がオレの言葉を理解できないように、オレも兄上が言いたいことは全く理解できねえよ。――2人とも、主義主張が180度違うからな。“妥協点を探さないなら、話し合いなんて無意味だ。どちらかを潰すしか道はない。かつてのヴァンリーブ政府とガラマヌス族がそうだったように”……だろ?』


バーンハード王子はダリオさんの決意に満ちた表情に怯んだように見えた。

しかし、気を取り直して、『プラヴ・バレンヤを起こした我々の祖先は皆、ここでなぶり殺された。お前たちもその苦しみを味わうがいい』と言い放ち『うまくやれ』と警官服を着た男性たちに言葉を残して長官室から出て行った。



そして――……。



《バーンハード王子! ご無事で!?》

《あ、ああ……なんとか隙をついて部屋を脱出して……》

《国王様やエメリー王子たちは……》

《まだ中にいる。他の者たちも無事だったが……犯人たちはどうやらここを爆破するつもりらしい。留まるのは危険だ……》

《特殊部隊の派遣を政府に要請致します! まずはバーンハード王子の身の安全を……こちらへ!》

《ああ……ありがとう……》



「……あれって……」

「命からがら逃げ出した、っていう演出だろうな」

「そんな……」


長官室に設置されている防犯カメラの映像と音声からは、バーンハード王子が周囲に集まる人々に取り繕っている様子が流れてきた。


『ここにいる者たちを全て殺せば、バーンハード様が我らの組織を束ねるリーダーであると知る人間はいなくなる。……革命を起こす、かの人を生かすことこそ我らが使命!』

『そんなの、おかしい』

『倉間……やめておけ』

『いいえ、言わせてもらいます。虐げられてきた人たちを平等にするというなら何故、バーンハード王子は……あなたたちを犠牲にして事を成し遂げようとしているんですか?』


警官服を着た男性たちの動きが、ぴたりと止まる。


『そんなの、平等なんかじゃない。今とおなじような構図になるに決まってる。リーダーがいて、それを支える人がいて……その下に、弱者ができる』


カチャリと銃が私へ向けられる。


『撃てばいいじゃないですか』

『倉間――』

『撃ってみたら!? あなたたちの理想とする世界には、反乱分子は要らないんでしょう? そんなの平等なんかじゃない! ただ、自分の意見に賛同する人たちだけが凝り固まった、国家と呼ぶべきでもない1コミュニティでしかない!』

「よせ!」

「ダリオさん……離して下さい!」


泣きそうになりながら、私の腕を掴んでくるダリオさんの手をふりほどこうとする。しかし、ぎゅっと握られた彼の手は外れなかった。


「こんなの――こんなの聖戦なんて綺麗なものじゃない。ただの卑怯な国家転覆劇です!」


私は思わずカムジェッタ語で罵った。

警官服を着込んだ男性たちはカムジェッタ語がわからなかったのだろう、何とも言えない顔をしている。

私は室内を見回した。

ここに残っているのは国王様とSPたち、そして私とダリオさんと長官のみ。

あとの9名は、王室転覆をもくろむ組織の者たち。そのうちの1人は……ルイスさんだった。


『ルイス、取り敢えずエメリー王子と倉間マドカを縛っておけ。まあ……もうすぐ皆死ぬんだけどな』


はは、と大して気にしていない風に男は笑い、国王様の横に立った。






――あれから、何時間が経過したのだろうか。


室内の中央に国王様が5名の犯人に囲まれている。そして、国王様と反対側に長官とSPたちが縛り上げられていた。

ダリオさんと私はと言えば、窓際に乱雑な感じで2人して縛られており。

入り口付近には見張り役の3名が張り付いている。


一瞬即発のピリピリした雰囲気の中、何とか打開策はないものか考えていると――特殊犯罪組織の男たちの1人がこちらへ近寄ってきた。ルイスさんだ。


「――ダリオ、頼みがある」


ルイスさんは唇をほとんど動かさず、カムジェッタ語で囁いた。


「…………ああ」


ダリオさんはいつもの余裕顔のまま。それもあって、他の者たちは彼らが会話を交わしていることすに気づいていないようだ。


「オマエ、弱みを握られてるんだろ? 何か弱みにつけ込まれたんだろ? 言えよ、何とかしてやる」

「……ダリオ……」

「オマエは絶対、こんなことに荷担するようなヤツじゃないってオレは知ってる。もちろん、クリストファーだってそう信じてるはずだ」


ルイスさんは俯き、唸るように言った。


「家族が……人質になってる……」

「ルイス、オレを信じろ。必ずオマエの家族は助ける。だから、オレたちを助けろ」

「だ、ダリオさん……それ、なんか無茶苦茶な言い分……」と、私は思わず小声で突っ込んでしまった。


「…………わかってる。元よりそのつもりだった」

「敵を欺くにはまずは味方からってか?」

「…………ああ」


ええ!?






10分くらいは経っただろうか。


「しばらくしたら、ヤツらの注意を少しの間でいいから引け」とダリオさんから指示を受けた私は……。


『あの、すみません』

『……なんだ』

『トイレに行きたいんですが……部屋から出してもらえませんか?』

『知らん。そこらへんでしろ』


犯人は素っ気ない口調でそう返してきた。

他の犯人たちもニヤニヤした顔をして私に注目する。

こんな感じでいいのだろうか。自信なげにダリオさんを横目見ると、微かに頷いてくれた。


『…………まずい』


ルイスさんはカーテンの隙間越しに外を確認しながら呟いた。


『どうした?』

『窓の外に何かいる』


ルイスさんの言葉に室内にいた全員の注意が集中した次の瞬間。


ダリオさんはすっくと立ち上がり、ドアの方へ駆け出した!

そして、ルイスさんはダリオさんとは逆方向――国王様のもとへと駆け出す。

ドア係として張り付いていた3名をなぎ倒し、ダリオさんは思いきりドアを蹴破ると叫んだ。


『突入!』


わあっと武装した警察官――そして軍人たちがなだれ込んできた。まるで示し合わせていたかのような鮮やかさだ。

怒号が飛び交う中、私は長官のデスク下に隠れていた。

決着はすぐに着いた。何百人体制で組まれた軍人たちを前にして、特殊犯罪組織は敗したのだった。


『……大規模なわりには、稚拙過ぎる計画だったな。ご苦労さん』


ダリオさんはそう言うと、縛り上げた犯人の手から爆破スイッチをもぎ取った。


『ドゥーガルド警部、ご無事で――』

『オレのことはいいから、国王を先に』

『エメリー……いや、ダリオ……すまん。国王である私が何もできず……』


哀愁を漂わせ、国王様は弱々しく言った。


『いいんです。国王はどんと構えておけばいい。国や国家の安全を守るのは警察の役目ですから。国王の命も、国民の命も』


国王様は涙に濡れた瞳で小さく頷くと、軍人たちに促されて室内から出て行った。SPたちも慌てた様子で国王様の後に続く。

長官もダリオさんに礼を言い、撃たれたらしい左足と左肩を庇いながら軍人たちの手を借りて部屋から去った。

事態が沈静化した頃合いを見計らって、私はコソコソと長官のデスク下から這い出した。


『……呆気ねえ……』


独りごち、天井を仰いでいるダリオさん。彼の横顔からは何も読み取ることができない。


『……さ、。オレたちも行くか。オイ、ルイス――』

『ダリオ』


到着したばかりの危険物処理班に、爆弾の解体をしてもらっていたルイスさんは、儚げに微笑んだ。


『約束だからな。俺の家族を……頼んだぞ』


ルイスさんは力なく微笑む。


『ルイス…………これ……まさか……』


ルイスさんに巻き付いている爆弾を処理しようとしていた危険物処理班の男性が、眉を顰める。彼にルイスさんは大きく頷いた。


『これは、外れない。俺は置いていけ』


私とダリオさんはルイスさんの元へと駆け寄る。


『オイ、どういうことだ!?』

『ダリオ警部……これは――時限爆弾になっています。爆破スイッチを入れなくても、時間になると爆発するように設定されております!』

『なんだと!?』


私はただただその場に立ち尽くした。


『サイバーセキュリティ施設にも構成員がいるみたいだ。プログラムを組んでたみたいだから、きっと……あちこちから火の手が上がると思う。だから――』

『ルイス! 貴様……裏切る気か!?』

『……裏切るも何も、最初からこのつもりだった』


冷静に、ルイスさんは言い切った。


『ダリオ、あと……俺が得ることができた情報は――……』

『んなこと後で聞く! オイ、貸せ!』


処理班の男性の手から道具を奪い去り、ダリオさんはルイスさんの体に巻き付いた爆弾を取り除こうとする。


『ダリオ警部、むやみに触ると爆弾が……』

『爆弾の解体くらいできる! …………って…………』


ダリオさんの手が止まる。

――ルイスさんに巻き付けられた時限爆弾は、1つではなかった。

いくつもの爆弾が、複雑に絡み合っている。そのどれもが、あと25分と時間を表示していて。


『ダリオ警部、いくら我々でもこの量の爆弾を取り除くことは難しい。取り除けたとしても、ここから入り口へ脱出するまでは5分以上かかります。時間が――』

『撤退だ!』


場の成り行きを見守っていた軍人の1人が声を上げた。それに他の者たちが応える。


『私はここに残るぞ! 聖戦に敗れたんだ。もう生きている意味はない!』

『俺もだ!』

『うるせえ! テメエらは必ずここから脱出させる!』


ダリオさんの怒鳴り声に犯人たちは目を丸くした。


『どんなことをやったとしても、オマエたちはヴァンリーブの民だから。ヴァンリーブ王国の法でもって、罪を裁く。こんなところでは絶対に死なせない。そう、誰もな』


言葉を切り、ダリオさんはルイスさんを見据えた。


『…………ルイス、オマエもだ』


サッとルイスさんの顔が青ざめる。


『ダリオ、お前もしかして……』

『少数民族とかそうじゃないとか関係ねえ。ヴァンリーブに住んでる限りは、ヴァンリーブの民だ。誰も犠牲になんてさせない』


彼の強い決意を孕んだ言葉を前に、誰もが息を呑む。


『ホラ、早くソイツら連れて退避しろ!』

『は、はっ!』


軍人たちに指示を飛ばしつつ、ダリオさんはルイスさんの体に絡まった時限爆弾の切断を開始した。


『ダリオさん……っ』


ルイスさんの体に巻き付いた爆弾を全て外すなんて……無謀すぎる。

処理班の人が言っていたとおり、よしんば取り外すことができたとしても脱出するまでの時間が全然足りない。

涙で、目の前がにじんで見えない。

ダリオさんの背中が遠い。ものすごく、遠い。

自分の命か、ルイスさんの命か。

彼は究極の判断を迫られている。

しかし、私にはわかっていた。ダリオさんが導き出すだろう答えが。


『オレは――――――ここに残る』


ダリオさんは、迷うことなんてなく言い切った。


『しかし……!』

『先程バーンハード王子の身柄は確保しました! もう……この国の王子は、貴方だけなんです。だから』

『だから逃げろってか』


周りの人たちが必死に説得しようとするも、ダリオさんはこちらに背を向けたまま坦々と言った。


『オレがいなくなっても、親類縁者は腐るほどたくさんいるから大丈夫だろ。そのうち一番優秀なヤツが国王の座を継げば、ヴァンリーブ王国は安泰だ』


ふっとダリオさんは口調を和らげた。


『ま…………もし、王位についたヤツがとんでもないヤツだったときは――警察全体で抗議しろよ?』

「ダリオさん! 何ここで終わりみたいなこと言ってるんですか! ルイスさんを救って、お手柄だったって皆に褒め称えてもらって――ちゃんと、昇進してこの国を守って――」

『オマエら、早く倉間を連れて逃げろ。ほら、早く――』

『し、しかし――――――……! うっ!』


ダリオさんがこちらを振り返ったと思ったら、強引に警官たちを室内から追い出す。


「ダリオさん! 私は一緒に――」

「マドカ」


彼は初めて………………私の名前を呼んだ。

そして今までにない、優たことがないくらいの、優しい微笑をくれた。


「――――好きだ」


鼓動が、耳の奥で嫌に響く。


「マドカが好きだ。……誰よりも。答えは要らねえから。これで断られたらかっこつかないしな」

「ダ――――」

「オマエは、生きろ。這いつくばってでも、生き抜け」


ドンッと私の背中を、ダリオさんの手が押し出した。

ガチャリと、内側から鍵が閉まる音が虚しく響く。


「ダリオさん……ダリオさん…………!」


私の叫びに応えてくれる声は、なかった。

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セロシア・キャンドル―希望の灯火― さわらぎゆかり @storiarium

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