第33話 ペロペロペロペロペロペロッ!!

「どうしましたか?」

「……ハッ」


 妄想の海の深くに潜っていたところを少年にサルベージされる。

 睨んでいるわけではなく生まれつきであろう鋭い目つき。子供のわりに大人びて見えるのは森での暮らしが影響しているのかもしれない。一見冷たい印象も受けるが、この子の容姿は凛々しいと評するのが適当だろう。諸々の要素が合わさりそのハスキー犬のような銀色の髪がよく似合っている。


「こんなところで途方に暮れていても仕方ないですし、お言葉に甘えようかなと」

「そうですか! では早速案内をさせていただきます。俺は族長リンの息子、ベルといいます」


 族長の息子か。 偉い身分だったのね。もう少し丁寧で畏まった態度で接した方がいいかもしれない。


「お気遣いなく。力を持っているのは族長であって俺ではありませんから」


 考えていることを察して先回りして言ってくれているのか。だとしたら利発な子だ。自分の立場のわきまえ方からも精神の成熟性を感じさせる。年齢通りの子供ではなく、まさしく族長の子として育てられているのだろう。いい意味で親の顔が見てみたい。この子あってこの親あり――というパターンを期待していいだろう。

 ルイスもこちらの思考を読んで動ける賢い子だったなぁ――思い出すと胸が痛む。態度に出てしまうので今は頭の片隅に寄せておこう。


「僭越ながら先導役を務めさせていただきます。後についてください」


 前は任せろ、だから後ろは任せた――という意味か。

 3Pをするときもそう言って先に前をいただこうとするなら俺は絶対にお前を許さないからな。後ろに文句があるわけではないしむしろどっちもしたい。お相手の女性に言われたなら文句はないのだが、前後の選択権を男に奪われるのは納得がいかずあまりに癪だ。ブチギレた俺が、「誰に命令してくれてんだよ、てめぇのアナルから先に出入り口にしてやっから尻向けろコラ。こっからは千客万来の肛門に開発すっから乗降自由のフリーパス券の用意でもしとけや――」と、ベル君の肛門を拡張しにかかるという最悪な展開にもなりかねない。肛門がブチギレたベル君がそちらの道へ歩みあ出してしまっても責任は取れないので一緒にする時は争いごとを避けるためにも事前に相談しようね。


 辺りはすっかり暗くなっていた。

 夜の森を灯りもなしに歩く経験など前世を含めてもなく。想像以上の暗さと、前世ではきき馴染みのない謎の鳥や虫の声。謎と不明と未知が不気味さを演出しただでも小心者の俺を心細くさせていく。

 

 素直に従って後ろを歩くとしよう。なんなら裾を掴んで離れないようにしようか。いや、それで萌えられても困るので一定の距離は保とう。その気にさせてしまい族長であるご両親に紹介してもらう際、「愛人候補生の一人、ユノです。ほら挨拶をしろ」なんて展開になったら目も当てられないし、俺をここまで育ててくれた両親にも顔向けできなくなってしまう。


 そういえば、気絶しているおっさんはそのままにしておいていいのだろうか。放置して死んでしまっては寝覚めが悪い。せめて起こしてからいきたい。ちなみに俺は起こされずに寝ている間にイキたい派だ。


「そーれ」


 下手に近付いて再度襲われても面白くない。なので少し歩いたとこで水魔術をおっさんの頭にぶっかけておいた。

 放った水魔術が気管にでも入ったのか手をばたつかせながら咽せこみ、急にかけられた水にも驚いているのか陸で溺れるようにもがいている。


 死なずに無事だったならなにより。この辺で会うやつらはやたらと頑丈なのが多い気がするが、そういうものなのだろうか。


 俺がした一連の行動が不思議だったのか、ベルが怪訝な顔をしてこちらを見ている。


「とどめではなく、情けを……?」

「僕にはあの人を殺す理由も、死なせる理由もないですからね。放置して死なれたら寝覚めが悪いだけだ」


 ころされるところだったベル君からしたら殺したいほど憎い相手だろう。それを生かしておくのは面白くはないはずだ。しかし当人には相手を殺すだけの力もないのでさぞ歯がゆかろう。


「――」


 暗がりだったのではっきりとは見えなかったが、ベル君の表情に変化はないように見えた。一言「承知しました」とつぶやき再び歩みを進めようとしたので肩を叩いて止める。


「まだなにか?」

「おっさんをみてみなよ。あいつ陸で溺れてるよ。やぁー愉快愉快」


 追加で水をかけるとおっさんは手足をばたつかせて必死に泳ごうとしていた。

 口いっぱいに空気をため込み宙を掻いている姿はいっそ哀れみを誘うが、いたいけな子供を殺そうとした悪い大人を罰しているだけだ、同情の余地はない――そう自分に言い聞かせて引き続き溺れさせる。


「フフッ」


 ベル君が笑った。

 俺は少し嬉しくなった。


 おっさんがこちらに気づき、溺れているというのが錯覚であるとも気づき、忙しなく体を動かして起き上がる。斧を拾ったところでこちらに向かってくるかと身構えたがその心配はなく、俺達とは逆の方向へ走り去っていった。


「大人のくせに情けない。彼は良い反面教師になってくれたね。僕たちはああはなるまい」


 木の根につまづいて不格好な踊りのようなステップをふんでいる。ああはなるまい、アナル舞。


「反面教師ですか? それはどういう意味でしょう」

「行動で教訓を与えてくれる……ようは真似してはいけない悪いお手本という意味かな。力を持つ大の男が、子供にむかって武器を振り下ろそうとしていたんだ。手本にしちゃ駄目でしょ?」

「ははぁー、なるほど面白い言葉ですね。確かにこれは反面教師だ。スズで同じことをすれば一匹狼にさせられる」


 ベル君の口角がわずかにあがる。

 彼は感情を表に出すのが下手なだけで無感情というわけではなさそうだ。


「奴の情けない姿が見れたおかげで土産話もできました。ありがとうございます」


 これで多少は溜飲も下げてくれただろうか。

 子供が大人に殺意を持って襲われるなんていうのは一生ものの傷が心に残りかねない。心の傷を癒すのは後になってからでは難しい。今すぐに少しでも緊張を和らげてやり、楽しい思い出で塗り替えてやりたい。


「俺は今日という日をけっして忘れないでしょう」


 悪い意味で言っているようではなさそうだった。晴れやかな気持ち――と言いきれるほどベル君の表情は豊かではないが、暗い感情を隠しているようにも見えない。

 あまりしつこく気にしてやるのも、さとられてしまうし恩着せがましくて鬱陶しいだろう。このあたりが引き時だ。


「僕は七日前の夕飯も覚えられないぐらいだから明日には忘れているかもしれないや」

「同じものばかり食べているので俺は覚えていますよ。でも七日前にみた夢は覚えていません」

「あー夢は仕方ないよ。夢は長期間覚えていられない仕組みがあって――」


 自然な流れで話題をかえて、二人スズ族の暮らす村へと歩みを進める。

 人を喜ばすのは気分がいいな。次は誰も犠牲にせずに笑わせてみたいものだ。





 灯りなど当然ない暗い森の中。時折現れる巨大な虫や夜行性の蛇に驚かせられながら、村はまだかとびくつきベル君の背中を追う。一時間ほど歩いたところでようやく村の入り口が見えてくる。


 丸太でぐるりと囲まれた、ちょっとした砦のような門。エルナトの家も樹上であった。森の中で暮らすにはそれなりの堅牢さやセキュリティが必要なのかもしれない。

 門の中央には門番らしき屈強な男が立っており、先に小走りに向かったベルが何やら話しをしており、村の外壁を観察していると「ユノ様こちらです」と呼ばれた。

 俺が持つ「村」というものの印象は閉鎖的で閉塞的なものだったのだが、これについては良い意味で裏切られる。門をくぐる際に門番は優しそうな顔で笑っており。意外とフレンドリーなのかそれとも俺がタイプのショタだったのかはわからないが、とりあえず日本人特有の愛想笑いで返しておいた。笑う門には福来る。笑って損した者なし。怒れる拳笑顔に当たらず。お互いが笑いあっているならなおよしだろう。


 入り口の門番からして寛容なタイプなのだから村人たちもさぞ明るく開放的なのだろう。上手くいけば性にも開放的な犬耳っ子たちと繁殖目当ての交尾ブリードできる可能性もある。なにせ族長の息子を助けたのだから、息子を助けてくれたお礼にどうぞ的な流れで俺の息子に殺到してもおかしくはない。

 お礼をされるならその前に風呂には入っておきたいな。狼人族と言うぐらいなのだから狼の血が入っているのか狼の特性を有しているのだろう。だとしたら嗅覚も強いはず。女の子に面と向かって「臭い」などと言われてみろ。それを表情に出されてみろ。童貞にして勃起障害になり永遠の不戦敗者になってしまうぞ。

 俺自身は女の子が運動で流した汗ならば喜んで嗅げるし「お、良いアロマ使ってるじゃん」と、舐めとることぐらいは造作もない。そしてそれを相手に求めるほど愚かでもない。


「ユノ様、こちらが族長の家です。少々お待ちください」


 その様付けは何とかならないのだろうか。

 村に入ってからも結構な距離を歩き、ベル君と多少は打ち解けたと思えたのだがまだまだ心の距離を感じる。友人――そう呼べる仲になろうと頑張って会話を弾ませてきたつもりだったが、結果として上手くはいかなかったようだ。


 入り口にかけられた暖簾から顔を出すベル君が「一度こちらの広間へ」と誘う。

 板製の踏みしめても音の鳴らない頑丈な階段をのぼり、暖簾を腕でめくる。こんな辺鄙な場所にあって布が作れるのかと感心する。族長の家だから特別なのかもしれないと辺りの家を見渡すとどこも同じような作りだった。丸太で組んだ小さな小屋が点々とし、入口は階段になっており玄関には必ず暖簾がある。どこかと貿易でもしているのか。それとも村で織っているのかは不明だった。


「ここでしばらくお持ちください。話を通してきます」


 通された広間は外見から想像するよりも広い。恐らくは余計なものが配置されていないからだろう。その後、その場でたっぷり十分は待たされただろうか。暇つぶしにしていた妄想は「エルナトと公園のすべての遊具を使ってファックしないと帰れま千」というもの。ジャングルジムを利用したもじもじくんチックな前戯を経て、ブランコの立ち漕ぎ立ちコキ。回転する遊具で遠心力ファックに及ぼうかと言うところでベル君が戻ってくる。あと少しでクライマックスだというのに間の悪い事だ。


「ユノ様、お入りください。族長様が歓迎するとのことです」


 アポなし訪問で部族の長に会うのだから、この程度の待ち時間ならば早すぎるレベルか。

 部屋を仕切る長い暖簾を押しのけて族長の待つ部屋へとお邪魔する。室内はこれまた広いと感じるワンルーム。生活感を部屋から得られないのはやはり家具などが見当たらないのが原因だろう。


「よくぞいらっしゃいました。私はこの村の族長を務めておりますリンと申す者。話は息子のベルから伺っております。我が子の命を救ってくれたと……。大したお持て成しもできませんが、どうぞゆっくりしていってください」


 そう言うのは左の犬耳を失い右目に眼帯をしている。濃い赤茶色の髪をした女性で畏まった様子はなく足を崩して分厚い座布団の上に座っている。


「はじめまして。僕の名はユノです。訳あってこの森に来ましたが何分若輩者故、右も左もわからず帰るに帰れず困っていました。お言葉に甘えさせていただき、出立の目途が立つまでここにおいてくださるなら幸いです。無論、ただ飯ぐらいになるつもりは毛頭ございません。僕の手で手伝える仕事があるならばなんでもこなしましょう。なんなりとお声かけください」


 少し厚かましかっただろうか。必死過ぎて気持ち早口にもなってしまった。ここで見捨てられたら森の中で一人暮らしをしないといけないのだから必死にもなる。竜人がうろついて竜もいるような森で一人でいるのは流石に心細い。


「ふふ、時間の許す限りこの村にいてくださいな。あなたは大切な息子の命の恩人ですから」


 これで宿の確保はできた。あとは犬耳で発情期の美女を貰うだけだ。しかしとんとん拍子に話が進むが、本当にいいのだろうか。まさか俺が寝入ったところを縄で縛りつけ、村人総出で性的に食べてしまうつもりではなかろうな。それもいいだろう。そういう童貞の失い方を妄想していない俺では――


「――――ッ!!」

「ぐぁっ!?」


 突然横合いから重みのある強めの衝撃を受けて床に倒れる。どうやら何かが勢いよくぶつかってきたようだ。


「な、なに!? なんでぇ!?」


 油断していたため全身に魔力をめぐらすのを忘れていたせいでいつも通り普通に痛い。自分にいい様に物事が進み過ぎていたので気が抜けていた。エルナトとアロワナとホモと別れてしまって大分心細くなっていたのも大きい。そこにこの温かみのある歓迎である。そりゃあ油断の一つもしようというものだ。


「ご主人様!」


 突然の事に反応が遅れて為すがままされるがまま床に倒れこんでいると、人生で言われたい言葉年間ランキングで常に上位に居座っている「ご主人様」という言葉が鼓膜を揺らした。

 精霊おっぱいはジャンプして衝撃を回避していたらしく、再び肩に落ちてくる。お前突進に気付いてたなら言えよ。言えなくても叫べたろ、伝えられたろ。


「にゅう」


 俺の顔が徐々に温かく柔らかいもので濡れていく。なんだ、この愉快爽快超快感な不可思議新感覚は。これが夢でないならば小一時間はこうしていてもらいたいのだが。こんな幸せな体験が夢でないはずがない。童貞の俺にこんな幸せが訪れるはずがない。だからこれは夢だ。きっと夢だ。


「ご主人様! ご主人様!」


 声の主を視界におさめると、起き上がる気には俄然なれなくなった。族長のリンさんに似た赤茶色で柔らかそうな髪を揺らしている犬耳美少女が俺を押し倒し、ひたすらに顔面を舐めまくっているからだ。





 どうしてもこの夢から俺をさませたいのなら、おはようフェラでもするんだな。

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