第35話 妹


「誰かある。リザベットを呼んでこい」

「ハッ!」

「面会拒否したら一生後悔するぞと伝えろ」 


 俺は妹を広間へ呼んだ。

 ややあって、しぶしぶ感を全開にして現れたのは、父譲りの赤みがかった金髪をサイドテールにまとめた美形の少女。15歳になる我が妹である。


 年齢相応に素直だが、容姿を鼻にかけて高慢に振る舞うところもある。ただし、今のところは思春期の子供が調子に乗っている程度のもの。


 ガチの性悪になるかどうかはこれからの本人次第かな。


「リーザ、顔を合わせるのは久々だな」

「……お兄様。何か用?」


 母の意に反して、愛らしいドレスよりも動きやすい恰好を好んでいる。膝丈のコートの下にズボンとブーツを履いていた。


「ドレスはどうした?」

「関係ない」

「母上に怒られるのでは?」

「関係ない! お兄様まで私のやることに口出ししないでッ!」


 おー。

 だいぶフラストレーションが溜まっているな。


「だいたい、ドレスなんて着たって意味ないじゃない! こんな田舎のどこで披露しろっていうのよ!?」

「もったいない。かわいいのに」

「かわいいっ!? 怖いわね、お兄様が私を褒めるなんて」

「まあ、服ぐらい好きなのを着ればいい。しょせんは中身を飾るものだからな」

「う、うん……」


 妹は自信なさげに下を向いた。

 この子は勝気だが、俺と母のことは苦手。


 俺……というか以前のエストに生意気な態度を取れば容赦なくやり込められるし、母は支配欲が強く、娘を思い通りに操作したがるからだ。


 無意識なのか、肘を抱いてビクビクしている。


「ところで、都会だったらドレスを着るのか?」

「都会ってどこよ」

「たとえば王都とか」

「そりゃあ、まあ。華やかな都でなら、できる限りのおしゃれはしたいよ」


 若い令嬢たちには、“何をするにも王都だ”という空気がある。


 特にリザベットは10年前に大都市へ嫁いだ姉を羨んでおり、小さい頃からガルドレードを狭がったり、都会に憧れるような言動ばかりだった。


 そんな不満も、最近はめっきり聞かない。


 15歳となった彼女は、この世界的には結婚適齢期。若い時間の真っ盛りであり、時代背景による年齢差を考慮すると……華やかな首都圏暮らしに憧れたまま、粘着質な母親の束縛で時間を無為に浪費し、20歳を超えて絶望のどん底にいる感じか。


 地元暮らしが好きなら時間が解決するだろう。

 王都よりも、甘えられる実家のほうが好きって貴族はそれなりにいる。


 俺みたいな、社会常識に反した明確な目的を抱く人間にとっても、王都は危険が多すぎてあまり近寄りたくない場所だ。


 だが、リザベットは違う。

 何かしたいのに、何もできないままでいる。

 この青春の浪費が狂気に繋がるおそれもある。

 極悪令嬢のバックストーリーが出来上がりだ。


 ゲームの世界だったらこの線も危ないと思う。

 身内が原因で惨殺エンドなんて冗談じゃねえ。


「行けるとしたら?」

「空しい妄想は辛くなるだけよ。それに、もし行けるとしてもお母様が――」

「母上は関係ない。お前がどうしたいかだ」

「そ、そんな急に言われても」

「…………」


 意味ありげな笑顔を作って黙る。

 妹はまさか、という表情になった。


「えっ? えっ、えっ、えっ?」

「これを見ろ」


 俺は摂政の入学許可証を見せる。


「うそ。これって……!」

「王家からの要請でな、ユディオール学院へ一族を送れと言ってきた」


 妹は絶句して固まった。

 ややあって、なるべく期待しないよう努めながらこちらをうかがう。


「どうせ見せるだけでしょ。お兄様宛てだし。私をからかって遊びたいんだ」

「リーザをからかっているうちは、俺も童心を忘れずにいられるからな」

「やっぱり――」

「だが、そういうのは今日で終わりだ」


 ドクン。

 妹の心臓が強く跳ねたのがこちらにまで伝わってくる。


「知っての通り、最近の俺は忙しい。学院なんぞに通ってる暇はない」

「っ! それじゃあ!」

「王都、行ってみるか?」


 彼女はうなずきかけ、言いよどんだ。


「う……で、でも」

「父上は気にせんだろう。母上はこの兄がどうにかする。後のことはすべて任せろ。リーザがどうしたいのか、それだけだ」

「い、行きたい! 私、王都で暮らしてみたい!」

「決まりだな」


 リザベットは様々な感情がないまぜになった声で涙ぐんだ。


「お兄様……ありがとう……!」

「先に言っとくが、イジメはやるなよ。相手が平民であっても不当な真似をするなら首を刎ねる、たとえ家族であってもだ」

「なんで? 彼らは誰の子孫でもないじゃない」

「誰かの先祖になる者たちだ」


 リザベットの両肩をつかんで目を合わせる。


「それに、平民は暇なんだよ。考えるべきことも少ない。時間を持て余しているから、生涯を恨みと憎しみに費やせる」

「平民ごとき、怖くなんてない」

「俺の仲間にな、13年越しの恨みを晴らした騎士がいる」

「え?」

「やつは恨んだ本人を拷問するのみならず、一族全員の首を刎ねた」

「……っ!」

「物事をわきまえた騎士ですらこうだ。平民に恨まれてみろ? お前だけじゃない。子供や孫をつけ狙い続け、機を見て復讐に走るだろう。いかなるときも安心できず、油断した瞬間に何十年もの時間と努力を台無しにされる」


 想像したのか、小さく息を呑んでいる。


「そんな粘着質な執念を危ぶむだけの人生を送りたいか?」

「……絶対に嫌」

「わかったな? イジメはダメだ。耳に入ったら母上の下に連れ戻す」

「わかった。絶対にやらないって約束する!」


 戦々恐々とした彼女を放し、下がるよう身振りで伝える。


「お兄様は私のことが嫌いだと思ってた」

「嫌いではない。家族の縁に甘えてはいたが」

「まあいいけど。王都行きで全部チャラにしてあげる」

「仲直り?」

「うん、しよう」


 リザベットは戻って胸に飛び込んできた。

 軽く抱擁を交わしたまま妹に声をかける。


「なあ、リーザ」

「ん?」

「お前はお前自身になれ。いかなる道を選ぶとしても、俺に遠慮はするな」


 人質の身で生き延びるために。


「……覚えとく。お兄様、大好き!」

「行け。人生を楽しんでこい」


 素晴らしき利害の一致。

 これで学校生活は回避できた。


 こういうとき、スペアがいると強いわあ。

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