第34話 登校拒否
嵐は去った。
……ガルドレードからは。
「ヴェルデン領には白鷲がいるんでしょ? 見たい!」
という王女の要望に沿い、ケアナ城まで護衛する。
シカトを決め込もうとするユリアーナだったが、王女殿下が面会を求めている旨を伝えると、仕事の話と理解したらしい。さすがに表へ出てきた。
「な~んだ。白鷲って人のあだ名だったんだ」
「そうですよ。さ、正体も割れたことですし、冒険はこれでおしまい。街へ戻りましょう」
「ヤダ! エルはこのお城を探検するの! ねえお前、いいでしょ?」
エルマリアはケアナ城の主にすがりつく。
俺と侍女たちは全力で首を横に振る。
ユリアーナは俺と殿下を見比べ、冷ややかな笑みでうなずいた。
「もちろんですよ、殿下。王家の方が宿泊される名誉に感謝いたします」
「ユリアーナ」
音を出さずに“やめとけ”と伝える。
「ふんだ。知りません! さあ殿下、まずは城の周囲を案内しますからね。ちょうど馬を調教させている最中だったんです」
「馬? 馬に乗せてくれるの!?」
「はい! 殿下がお望みならば!」
ま、まあ。
引き取ってくれるならそれでもいいけどさ。
◆
領主館へ帰還した俺は、とりあえず眠った。
すべてを手放して泥のように眠った。
夕方に起床。
すっきりした頭で手紙を読み返す。
『ヴェルデン家の者に王立ユディオール学院への入学を許可する』
ヴェエエエエエ!
やっぱり同じことが書いてある!
見間違いであってほしかった……。
ユディオール学院とは、1200年の歴史を持つアルヴァラ地方の名門学校である。もともとは生涯を真理の探究に捧げる学徒や、純研究者向けの施設だった。
王国ではなく、地方という点に注目だ。
この学院はアルヴァラ王国の前史ともいえる、教会帝国崩壊期、外敵からの被支配期、貴族集団の独立期、旧アルヴァラ王国期、四カ国分裂期、全土内乱期、そして現アルヴァラ王国の統一と建国までをすべて見届けている。
時には中立勢力として歴史的なシーンに立ち会ったりもしたらしい。27回の和平交渉を見届け、王を名乗る者、王位を簒奪した者は皆この学院へ寄付をした。
国内ではかなりの権威を有する機関であり、教会と対立気味だった昔の王が取り込んで、王立の名を冠するようになったらしい。
ここ100年近くは貴族や学者、有力者の子弟や子女を集めて教育を施している。
「ぶっちゃけ、体のいい人質集めだよな」
足利学校が岐阜城になりました、みたいな? 半世紀前から人材登用策も兼ね、試験を実施して優れた成績を収めた平民の入学も許可しているとか。
剣と魔法の中世なのに学院?と思わなくもない。
だが、地球も古代からプラトンのアカデメイアやアレキサンダー大王の学友たちの例がある。ゲームやラノベの舞台として用意されたのかどうか判然としない。
手紙に視線を戻す。
「入学を許可する、ねえ」
ってことは、今まで声かけがなかったわけだ。
やべー家としてハブられてたんだろうか。
そういえば、生まれてこのかたヴェルデン領以外での社交に参加した覚えがない。うちってけっこうレアキャラ扱いだったりする?
別の手紙を開いてみると、達筆な文字で時候の挨拶が書かれていた。
差出人は王家の摂政、マリエール・クレマルヴィー・プロキュル・ド・プレオラージュ。長い名前だが、クレマルヴィーはいわゆるミドルネーム、プロキュルは家や個人、出身母体がつかさどる役職名などを示す。
プロキュルは訳すのが難しいが……。
司法長官、ぐらいの意味かな。
迂遠な内容が続いてあくびが出そうになったが、末尾の文章に涙が引っ込む。
前校長だった一族が老衰で没したため、己が新たな校長を務めることになった、と書いてある。ほんとかなあ?
この世界、嘘っぱちをさも真相かのように吹聴して、都合よく既成事実を作ろうとする人間が多すぎるんだよな。
そうあるべき。
そうなってくれ。
そういうことにしろ。
わかってるよな?
私はこういうストーリーでいくけど、お前はどうする?みたいな。
手紙に無言の圧力を感じるのは俺の錯覚ではないだろう。口裏を合わせて自分の側につけって意味なのかもしれないが、情報がないことには何とも言えない。
立場は保留だな。
で、肝心の学院についてだけどさ。
絶対に行きたくないですね!!
いやね、勉強の大事さはよくわかるよ。
前世から今まで日を追うごとに痛感している。
それでも声を大にして言いたい。
なぜ!
ファンタジー異世界にまできて!
学校なんぞに行かねばならんのか!!
わかるよ、人脈を買う場所だってのは。
人質目的もあるんだろうけど、とりあえず行っとけば有利になることもわかる!
しかし、しかしだ!
そこで得られる人間関係や見識はだな!
ひとりじゃ何もできない雑魚が徒党を組み、我が物顔でギャハギャハやってる……そんな閉鎖空間へ収監される精神的苦痛に見合っていない!
時間の無駄だ!
少なくとも、俺の中では!
現代人だった俺は、時間を無駄にするのがどれだけのマイナスをもたらすかをよく知っている。そのマイナスは、美味しいグループの身内として楽や得をするプラスよりも遥かに甚大。
時間は最も価値が高い資産!
富豪も乞食も1日は24時間で固定!
ドブに捨てるぐらいだったら領政に集中したい。
勉強だったら学士を招いて個別学習でやるっての!
「登校拒否だ、登校拒否!」
……などと息巻いてはみたものの。
今年は王都で買い付けをせねばならない状況だ。王家第一の実力者からのボールをを真っ向から無視して睨まれるのはいただけない。
ここはひとつ、対策を打っておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます