第30話 蒼さんの言霊

「親父、乾電池を取りに行っただけなのにずいぶん遅いな」


蒼さんが心配の声を漏らす。

乾電池探すのに手間取っているのだろうか?

モブ爺ちゃんが部屋からなかなか来ず、ずいぶんと時間が経った。


「そういえば乾電池ならどっかで見かけたな。

確か食器棚の三番目の引き出しに入っていたような気がする」


俺は食器棚の三番目の引き出しを開けた。


「あっ、ほら、あったよ乾電池」


俺は乾電池をみんなに見えるように手に持つ。


「なんだ、早く気が付いてくれよ。

しょうがない、親父を呼びに行くか」


蒼さんが、席を立ちモブ爺ちゃんの部屋の前で声をかける。


「乾電池ならあったぞ親父。

親父?・・・おい、親父!」


戸を開ける音と蒼さんの焦った声が聞こえてきた。


「おい!親父が倒れてるんだ!

誰か手を貸してくれ!!」


その一言に俺たちも急いでモブ爺ちゃんの部屋へ駆け付ける。


「爺ちゃん!」


俺は倒れたモブ爺ちゃんを目にして叫ぶ。

そしてすぐさま様子を確認しようと駆け寄った。

暗闇の中で、倒れた拍子に落としたであろう懐中電灯に照らされたモブ爺ちゃんは、

意識がない状態でうつ伏せで倒れている。


「爺ちゃん、大丈夫?しっかりして」


顔色があまり良くないように見え

俺は動揺してモブ爺ちゃんを揺する。


「待て、無理に動かすな」


蒼さんは俺を静止し、モブ爺ちゃんの呼吸と脈拍を確認してから

ゆったりとした声で話しかける。


「親父、親父。聞こえるか?」


落ち着いた対応、手慣れているように感じた。


「うぅぅん・・・・」


その声に反応するかのように

モブ爺ちゃんは意識を取り戻したようだった。


「気が付いたか?親父」


蒼さんはゆっくりとモブ爺ちゃんを仰向けにする。

するとモブ爺ちゃんも目を開け、周りを確認する。


「爺ちゃん、爺ちゃん!」


俺はまだどうしようもない焦りの中で

モブ爺ちゃんに声をかける。


「あぁ…心配かけたな。

蒼が冗談で言ったことが本当になった」


「え?」


俺たちはよくわからず頭に疑問符を浮かべる。


「お前の言霊だよ。転んでケガをした。骨が折れているかもしれない」


その言葉を聞き

俺たちは視線をモブ爺ちゃんの足の方へと移す。

すると右足が普段の倍かと思えるほどに腫れていた。


「嘘だろ……」


蒼さんも驚きを隠せない様子だった。


「本当のことだ。

まったく……言霊に気を付けるように昔からあれほど…痛っ!!」


こんな時に言霊を発するつもりなんて、蒼さんにはないはずだ。

悪気なく、単なる冗談で言っていたことが現実化するとか、

ヤバい力を持っているんだな、蒼さんは。


「困ったな、川は氾濫、隣の地区は土砂崩れで通行止めだ。

ここは今……孤立状態になっている」


蒼さんが険しい表情で話す。


「え!?じゃあ救急車呼べないじゃないか!?」


焦っていた俺は、当然のことなのに

そんなことまで頭が回っていなかった。


「呼んだとしてもここまでは来られない。何とか背負っていくしかないか」



「俺は不肖の息子に負ぶわれたくはない」


「頑固おやじめ」


クロードが顔を出し、モブ爺ちゃんの状態を見て驚いて言った。


「俺が背負いますよ。病院へ連れて行きましょう」


「危険だ。停電していて辺りは真っ暗なんだぞ」


「半鬼なんで、闇でも目はよく見えるんです」


「だけど、道路は冠水して側溝やマンホールの見分けがつかないぞ」


「問題ないです。透視もできます。あとは病院の場所さえ教えてくれれば、何とか行けますよ」


「なら、わたしが道案内をする。紫音、保険証を用意してくれ」


俺は爺ちゃんの保険証を引き出しから探し出して、蒼さんとモブ爺ちゃんとクロードのために雨合羽を三つ用意した。

ビオラは驚いて気が動転しているし・・・


「お爺様、なんてこと! しっかりしてください」


「ビオラちゃん、わたしはしっかりしているよ。心配はいらない」


「クロード、あんた丁寧に運ぶのよ。お爺様を落としたらタダじゃおかないから」


「わかってますって、おまかせください。じゃ、蒼さん道案内よろしく」


境内を出るまでは俺も一緒に付き添った。

参道から一の鳥居までの石段が滝のようになっている。

こんな中を進むなんていくらクロードでも無理じゃないだろうか。


「ほう、これは滝行を思い出すなぁ。滝の中、爺さんを運ぶなんて俺しかできない技です。半鬼冥利に尽きるというもの」


「クロード、四の五の言わずに付いて来い」


蒼さんたちは、モブ爺ちゃんを病院に連れて行くために嵐の中を出発した。


家に戻ると、ビオラが右手にランタンを、左手には白いタオルを持って玄関で立っていた。


「おまえ、ハロウィンかよ」


「失礼ね、はいタオル」


「あ、ありがとう」


雨風激しい音と、台風情報を流すラジオの音だけがリビングに響いている。

気が付いたら、暗い部屋にビオラと二人きりの状態になっている。

これ、まずいんじゃないのか。

いや、別にまずくはないか。

しかし、狩野に知られたら命の保証はないかもな。


「紫音、わたくし、あなただけに伝えたいことがあるの」


何? まさかここで告る?


「ななな、なんだよ」


あきらかに動揺しているとバレバレの俺。

落ち着け、落ち着くんだ。


「やっぱり言えない」


「は? じゃ言うな」


「でも言いたい」


「どっちなんだよ」


「あのね、わたくしね・・・・」


来るぞ、来るぞ。女の子からの告白だ。


「早く言えよ」


「わたくし、勇者の家系の出身というのは嘘なの。きゃっ、どうしましょ、言ってしまった」


言ってしまったじゃないよ。

全然告白じゃないし、どうしましょでもない。


「ずっと嘘をついていてごめんなさい」


「なんとなく、そんなことだろうなぁと薄々気づいてたよ」


「え? 驚かないの?」


「別に、なんで驚くのさ。びおらはビオラでなにも変わらないだろ。それでいいじゃないか。

それよりも、どうして今それを言う気になったの」


ビオラはうつむいてぼそぼそと何かつぶやいている。


「聞こえないな。はっきり言えよ」


「紫音を見ていたら言いたくなったのよ。うらやましくてね」


意味不明。理解不能。それって理由になるのか。


「わたくしの家はヴィスコンティ侯爵を祖父にもつ貴族です。でも、両親は仲が悪くてわたくしが幼いころからずっと別居生活なの。そんな両親がわたくしはとても嫌で、家を飛び出しギルドへ行って冒険者登録をしてルイとクロードと知り合ったの」


「ふぅぅん、それで」


「それで、紫音はお父さんと会えたのに、ずっと蒼さんの事を父さんって呼ばないのね。

目の前に息子がいるのに呼ばれないなんて、蒼さんがかわいそう」


俺の心配じゃなくて蒼さんの心配じゃないか、それ。


「ビオラは俺のことを心配してくれてるのだと勘違いしていたよ。違ったんだね」


「紫音のことはもちろん心配しているわ。だからストライキ起こしたじゃないの」


「そうか、そうだったね。」


「紫音だって、お父さんと呼んだ方が気持ち楽になるんじゃないかしら。

わたくしはお父様と呼びたい人とは離れてしまったから、もう二度とそんな機会は来ないわ」


「そうなんだ。でも、なかなか呼べないものだぞ、初めて会ったんだし」


「じゃあ、間違ったふりして勢いで呼んじゃえばいいんじゃない」


「間違ったふりって、なんだよ」


「ほら、蒼さんと父さんは似てないかしら?勢いで父さんって呼んでみて、

『あ、間違えちゃった、てへぺろっ』みたいな」


ビオラはずいぶん現代の女の子の影響を受けているようだ。

原因は美琴さんか。


「勢いなんかつけられないよ。女の子みたいに男はてへっとか言わねえし」


「あら、残念だわ。名案だと思ったのに、却下されちゃった。わたくしって本当にダメね」


そこまでしょげるなよ。しょうがない、ここで持ち上げてやるか。


「そんなことないよ、ビオラはすごいよ」


「何が」


「えっと、すごい頑張り屋さんだ。家事もこなすし巫女の仕事もこなす。

神楽の舞だって一生懸命練習して出来るようになったじゃん」


「でも、台風で例大祭が中止になるかもしれない」


ビオラは神楽の舞が出来なくなることを残念がった。

ごめんよ、俺のせいなんだ。

クロードだってあんなに陣太鼓を頑張っているのに、みんなの苦労を俺は台無しにしてしまう。


「俺、やっぱり神様にお願いして、この台風を消せないかやってみたい」


「何を言ってるの。術はもう使わないって約束じゃないの」


確かに自然の摂理にあらがうことは人間の愚かな傲慢かもしれない。

それでも、どうしても夏の例大祭を直撃するようなことは避けたい。

今だったら、モブ爺ちゃんも蒼さんもいない。

竜神祝詞をあげられるチャンスがあるとしたら、今だ。

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