第29話 それぞれの進み方⑱
ひとしきり風呂を堪能した後、俺とリリィは今、姿見の前でリリィの髪をとかしていた。
風呂から上がるとリリィはすぐにいつものボロボロのローブを着て、それを手放そうとしないので、洗濯はお預けである。
ボロボロの防具でも着ていないと不安になる、その気持ちを改善する事は難しいかもしれない。だけれど、防具の方はなんとかしないと。
そう思いながらも、なるべく優しくリリィの髪をとかす。
子供たちに対して行っていたそれよりも、優しいくらいだ。
なんだか、子供たちの事を思い出してしまう。ヨハンとシモンは元気だろうか。
そう心の中で思い始めたその刹那、リリィがブラシを持っている俺の左手を掴んだ。
どうするつもりだろうと思って見ていると、彼女は立ち上がり、俺に椅子に座るように勧めてくる。
選手交代か。
俺は、されるがままにリリィからブラッシングを受ける事にした。
俺の所作を見よう見まねで行うリリィだが、実は少し頭皮が痛い。絡まった毛があったとしても、彼女は力尽くでブラシを上下するのだ。
髪をとかすというよりも、ブラシを髪に沿って上から下へ動かすという動作だけを行っている、という感じだ。
それでも、心地よかった。
その心地よさは、かつてヨハンとシモンに同じくブラッシングを受けていた時にも感じたような気がする。
そうだ。俺にはまだやることがある。俺の使命がある。
そんな使命感を言葉にする。
「リリィ。すまないが俺は数カ月地下室に籠る。やらなくてはならない事があるんだ」
そう言った時、一瞬だけ彼女の手が止まった気がした。
「といって危ない事はしない。安心してほしい。ヨハンとシモンへの、贈り物をしなくてはならないんだ。これは彼らの母親との約束でもあってね、どうしても必要なんだ」
リリィの手の動きが遅くなっていく。俺には彼女の中に、どういう感情が渦巻いているのかはわからない。
「だから、少し手伝って欲しいんだ。いいかな」
俺とリリィは、姿見越しに見つめ合う。彼女はブラシを上下させながら、ただただじっとこちらを見ている。
俺には、「どうせ命じれば従うしかないだろう」と言っているようにも見えて、悲しみが色を伴って心を支配した。
〇〇〇
地下室の一角。俺が勇者一行と行動を共にして得た財産と、クビになった時の手切れ金、そしてその後旅をして稼いだ財産。それらすべてをつぎ込んだものが目の前にある。
この世界でもっとも魔力伝導率の高い金属、ミスリルと、それを加工する設備だ。
そこに、二つの小瓶を付け足す。
この小瓶には、それぞれヨハンとシモンの血液と毛髪を混ぜ、結晶化させた後、魔力でコーティングしてある。
魔力伝導率の高い金属に、その持ち主の魔力を有したDNAを混ぜ込む。これで最高の効率で魔力が満ちる筈だ。
そう、ヨハンとシモンに武器を作るのだ。
ヨハンには片手剣と盾。シモンには長剣と小手。
剣身の根元には、特殊な鉱物を仕込むつもりでいる。これは魔力増幅の効果を持っており、つまり杖と同じように、魔法の増幅にも使える予定だ。
これで俺のように剣と杖を別々に持つ必要がなくなる。
最高の武器を作ろう。俺はそう思いながら炉に火を入れる。
ミスリルは希少な鉱物で値が張る。だが、それ以上に加工が難しい。
ミスリルの融点は温度だけではない。魔力の密度も関係してくるのだ。
つまり、正確な温度調整に加えて、正確な魔力操作ができないとミスリルの加工は出来ないのである。
だからミスリルの加工ができる職人は限られており、鉱物そのものの価値も高いが、加工品はその何倍も価値を持っている。
そんな装備を身に着けられるのは、勇者一行か、大貴族くらいだろう。
この世界では、魔力伝導率は低いがそのものが硬い鋼鉄の装備か、己の魔力に自信がある場合は、柔らかいが魔力伝導率が高い銀の装備、その二つの中間である銅の装備が一般的だ。
魔力伝導率が高いと魔力次第でいかようにも硬く出来るのだが、やはり銀は魔力が通ってないと軽くぶつかっただけでも変形してしまうのは不便だ。
しかしミスリルは違う。加工が難しい分硬く、それでいて魔力伝導率も高い。
制御が効きづらい右腕が少々不安だが、それでも俺は槌を持ち、仕事を始めた。
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