手を繋いで帰ろう

ゆる

第1話

 娘はとても手がかかる子だった。

 わがままで、自由奔放で、散歩が大好きで、世界一可愛い女の子。だから手を繋いでおかないと、すぐにどっか行っちゃうんだから。


 娘と公園を散歩をしていた、春の心地よい昼過ぎ。走りたそうにしてたから、特別に手を離してあげた。

 綺麗な若草色の芝生。爽やかな真っ青な空。背景に広がる黄色いお花畑。ひらひらの白いワンピースが似合う娘。クルクルとはしゃぐたびに、肩あたりに切り揃えた黒髪がふわりと広がる。世界一可愛い娘である女の子をしっかりと覚えておきたくて、わたしは小型カメラでシャッターを切った。


 いつの間にか、こんなに遅い時間になってしまった。寒い。はやく帰ってお夕飯の支度をしないと。あれ、娘は? どこに行ったの……?


「すみちゃん!」


 さっきまで近くにいたのに! どうしよう、どうしよう……!


「すみません! すみちゃんを、肩くらいの黒髪の、白いワンピースを着た女の子、見ませんでしたか!」


 通行人のおばさんは、怪訝な顔をするだけで取り合ってもくれない。酷い人!


 呼吸が荒くなる。苦しい。すみちゃん、すみちゃん。ほんとに、手がかかるんだから。すぐ、どっか行っちゃうんだから。


 娘を探して、公園中を探し回った。近所のスーパーもみた。幼稚園にも行った。滅多に行かない遠くまで。街中を探して、疲れて、また公園に戻ってきた。疲れた……。息を深く吐いて、体を縮こませた。全身が軋むように痛い。何度も握ってくしゃくしゃになった、世界一可愛い女の子が映った写真を撫でる。


「すみちゃん……」


「お母さん……!!」


 すみちゃんの声がした。顔をあげる。もうあの頃の小さな顔じゃなくなった、すっかりおばさんの顔。髪も伸びて、白髪も混じっていた。


「もう、どこまで行ってたの。とても探したのよ」


 すみちゃん、すみちゃん。目の前の娘は、あの頃の娘だ。小さくて可愛い。世界一可愛い女の子。無事でよかった。変な人に連れ去られてなくてほんとによかった。帰ったら、すみちゃんの大好きなオムライスを作ろうね。ああ、その前にスーパーに寄って卵を買わないと。


「どこいくの? ホラ、手を繋いで帰ろう」

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