少女はポーズに不満気味。

渡貫とゐち

遭難ですか。


 宮代みやしろワタルは両手を広げて待っていた。こういうのは恥ずかしく思えばさらに事態が悪化するだけだ。

 目の前にいる同年代……もしくはひとつふたつ年下に見える線の細い少女は、頬を赤くし、きょろきょろと周囲を見回している……誰もいないのに。


 ふたりがいるのは遭難100%の樹海だ。どうやら少女の方も地元でありながら土地勘はないようで……部外者であるワタルと条件は同じのようだ。


 すぐ傍には大きな湖。ワタルは上空から落下し、大きな水飛沫と音を発生させたのだ……野生生物を呼ぶ最悪の合図になってしまっている。


 同時に、彼女の知り合いも合図に気づいて近づいてくれるのではないか、とワタルは思ったものだが……そこは素人の考えだった。たとえ音に気づいても近づかないだろう……だって少女たちを狙う巨大生物が、湖に近づくはずだから、この場にノコノコと顔を出せば少女を救出しようとした仲間が捕食されるという最悪もあり得る。


 全員が分かる合図ゆえに、迂闊には動けないのだ。



「どうしたの?」


「な、なんでもないわよ……っ」


 うぅ、と葛藤しているようだが、早くしてほしい……とワタルが口の中で呟く。

 そもそも提案したのは彼女だし、ワタルが強制したわけではないのだ。嫌ならする必要はないのだが……、しかし彼女は自分から提案した手前、「やっぱりやめる」とは言えないのだろう……ほんと、損な性格をしている。


 責任感が強いと言えばそうだが……、いずれそうやって命を落とすのだろうと思うとやっぱり損な性格だった。


「……僕からいこうか?」


「触らないで!」


 ……なぜ? 下心がないのは分かっているはずだが……。

 ワタルが両手を横に広げてじっと待っていることから分かるように、ワタルは少女が抱き着いてきてくれるのを待っているのだ。

 繰り返すが、下心はなく、抱き着くことで彼女は体が『変化』するのだ――それがこの惑星において、彼女たち『種族』の特徴らしい。


 他人に抱き着くことで彼女は『鎧』となり、四つん這いになって他人が跨れば『二輪自動車』に変化することができる。

 意思ではなく『ポーズ』が条件のようだが……(少なくとも変化「する」「しない」の意思は必要のようだ)異性に抱き着くのは、彼女の中では抵抗があるらしい。


 異性どころかそれ以前に他惑星ちきゅう種族にんげんだ。ワタルと協力して樹海を抜けなければ、天敵に捕食されることを分かっているからこそ協力を仰いでいる……と、理解していても、「抱き着く=体が密着」することに抵抗があるらしい。


 さっきから何度も何度も抱き着こうとして手を引っ込め、じたばたと両足を交互に浮かせて悶々としている……、

 なぜそこまで……ここまでくると彼女の方が下心を意識しているのではないか?


「(気になったけど、さっきの説明でバイクになれるとか言ってたよな……ってことはバイクの文化はあるってこと? バイクがあるなら地球にあるものならこの惑星にもありそうな気がする……)」


 樹海に覆われた惑星なので、大自然の生活が主になるのかと思えば、彼女の仲間の元へ戻れば意外とハイテクな都市があるのかもしれない。

 宇宙修学旅行の最中にトラブルで墜落し、この惑星で宇宙船を直すのは絶望的かと思いきや、希望はまだありそうだ。


 一緒に旅行にきていたクラスメイトの動向も気になる。彼女のような先住民と接触できていればいいけど……。彼女のこの照れは種族共通なのだろうか?


「……別のポーズにしようか?」

「っ、あ! ちょっとッ、いま抱き着こうとしたのに!!」

「じゃあ早く」

「嫌よ。今の梯子を外された感じで、一気に抱き着く気がなくなったわね」


 ブチ。

 と聞こえたけど、どこから聞こえたのだろう?


 ワタルはやけにはっきりと聞こえたが、音の発生源が分からなかった。それもそうである……切れた音は自分の頭の中だ。

 ……わがままばかりの彼女の意見に、さすがにワタルもがまんの限界だった。

 油断している彼女の腕を引き、自身の胸に叩きつけるように抱き寄せ――――密着。


 決して大きくはない彼女の胸の膨らみがちゃんと分かるほど体と体を重ね合わせて……

「――これでいいか?」

「はうっ、はふはっ!?」


 線の細い彼女の体がやがて青白い粒子となって――手のひらで感じていた体温と柔らかさが消える。気づけば、ワタルの胴体は赤い鎧に包まれていた。

 西洋の甲冑に近いか。

 だが機械的なイメージがある。巨大な人型ロボットの装甲にも見え――、


 ともかく、これで、ワタルの命を守ってくれる盾ができた。


(贅沢を言うなら武器があればいいけどな……たとえば剣を握れば……、でもこの子が言うには盾と剣に同時に変身はできないから、矛か盾か、どちらかを捨てるしかない……)


 彼女と同じ種族がもうひとりいれば使い分けができる。さらにもうひとりいればバイクに変身してもらって移動手段も獲得できたのだが……まあ、ないものねだりをしても仕方がない。


 状況によって、彼女に切り替えてもらうしかない。ポーズで切り替えられるならやりやすい。これが個人の個性だったら、彼女にできないことは再現できないから……――オールラウンダーであるならまだなんとかなる。


 状況によって、咄嗟の判断で切り替えるためには、抱き着くだけでここまで恥ずかしがられては困るのだが……。


「変身、解いてくれる?」


 人型に戻った少女が、両手で顔を覆って屈んでしまう……、泣かせてしまったかも、と心配する余裕も、今のワタルにはなかった。

 ……さっきから惑星が揺れるほどの大きな存在が迫ってきているのだ。……ここでちんたらもしていられない。


「次。剣にはなれないか?」

「……なれるけど……」

「よし、やってみよう」

「こ、心の準備だけさせてよ!!」

「そんな時間はない。気づいてるでしょ? もう近くまできてる――」


 巨大生物てんてきの足音。

 その振動に気づいた少女が、焦りながらも覚悟を決めたようで……、


「剣は、腕にしがみつくから……」

「腕を組む感じ?」

「ううん……その……、あたしの頭が、あなたの指先にくるように……」


 彼女の足がワタルの頭の後ろへ向くように。……かなりきつい体勢だ。

 彼女自身が武器防具に変身するのだから、理に適っていると言えばそうだが……

「えっと……足をこうして、手を……」と、少女がワタルの腕にしがみついていく。

 右腕に全体重が乗っているので、ぐんとワタルのバランスが右側に寄る。

 彼女自身はそう重たくないとは言え、それでもひとり分の重さは重いだろう。


「う、」と声を漏らして踏ん張っていると、少女の顔が不満に染まっていく……太ってないけど? みたいな。分かっているけど、藪蛇になるので言い訳はしない。


「早く変身してくれる?」

「重いから?」

「もう後ろにいるんだけど」


 ワタルが振り向く。背後にいたのはワタルでもよく知っている『恐竜』だった――正確には恐竜によく似たこの惑星の生物だろうが、見た目は確実にティラノサウルスである。

 獲物を見つけたティラノが、餌にめがけて顎を開き、鋭い牙で噛みつき――


 寸前で。


 少女が変身し、剣になる。

 ワタルが軽く横に振っただけで、巨大生物が両断された。――ずるり、と首から上が滑って湖に落下する。まるで噴水のように大きな水飛沫が上がり……、青く澄んでいた湖があっという間に赤く染まってしまった。


 首から下の体が、遅れてばたりと横に倒れた。


 血の匂いが、別の生物を呼んでしまうだろう……だから。


「次は二輪!! 早く逃げるよっ!!」


「待っ、二輪はほんとにやだ! だってあんな屈辱的なポーズを取るなんて……四つん這いは絶対にしないからね!?!?」



「――じゃあ、死ぬよ?」

「ッッ」

「いいなら強要はしないけど」

「ぅぅ……――分かったわよっ、四つん這いになるからさっさと跨りなさいよッ!!」


 土の上に四つん這いになった、線が細い少女に跨る……いざやってみると、ワタルもワタルで罪悪感で心が締めつけられる……犯罪なのでは? 地球ではないから治外法権なのかもしれないが、自分自身で有罪と決めつけられるほどこの姿はまずい。


 こんなところを写真にでも撮られたら、終わる……。


「早く、変身し、」



「うわー、プリムムが四つん這いになってるー…………」



 と、樹海の先からこっちを見ていたのは、真下の少女の友達、だろうか……ニタァー、と嫌な笑みを浮かべるもうひとりの少女は、とても口が軽そうに見えて……。


「プライドの高いあのプリムムが素直に四つん這いになるなんて――これはビッグニュースだよっっ!! みんなに教えよーっと!!」


「ちょっ、――待ちなさいよルルウォン!!」


 ブルゥンンッッ!! とバイクに変身し、大きくエンジン音を響かせた少女が走り出す。

 咄嗟にしがみついたワタルは振り落とされないように必死で――――


「待っ、速ッ、――プリムム!?」


 バイクは止まらない。

 樹海の中を、ひた走る。


 彼女の名誉と誇りを守るために――。


 今だけは、命なんて、二の次だ。




 …了

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少女はポーズに不満気味。 渡貫とゐち @josho

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