#16 迫り来る脅威

 地下修練場から出ると、目の前の異様な光景に目を疑った。


 ここ王都全体の上空を埋め尽くすほどの巨大な魔法陣が宙に浮かんでいた。


 ズゥゥン……!!!


 突然、大地を突き上げるかの如く地面が縦に一回大きく揺れた。


「ガヴィル、あそこ。森の上に何かある」


 魔法陣が浮かぶ上空にポツンと黒い点のようなものがある。


「行ってみよう。このバカでかい魔法陣と関係があるかもしれん」


 上空の黒い点を目指して森の中を走っていく。

 しかし走れど走れど距離が縮まる感じがしない。見えているのは相当遠い場所にあるようだ。


「速度をあげるぞバキラ。直感が異常にあの魔法陣に反応する」


 言い表せない違和感

 不気味に感じるのは、何事もなくただあるだけの魔法陣


 全速力で森の中を駆けた。




 辿り着いたのは、まだ記憶にも新しいあの草原だった。


 遠くから見えていた黒い点、それは闇より深い魔力が渦となって蠢いているものだった。


 それは草原との境界線の先、荒野の上空にある。


「…──!」


 そこにはドラゴンの腐敗した死骸に加え、財宝の山がある所。

 そして聖剣が刺さっていた所だ。


 その手前に一人立っている男がいた。


 だが驚くのはそこではなく、男の手にある聖剣そのものだった。


「聖剣が抜かれている……」


 柄を握り引き抜こうとしてもまるでビクともしなかったというのに、あの男は平然と持っていた。


「……ヘイシス?」


 バキラが男を見てそう言った。


 その名はバキラが話した、昔パーティを組んでいたという男の名だ。


「そこで何してるの……?」


 バキラが歩き出し、ヘイシスという男へ近寄ろうとした。


「待てバキラ。あれは人ではない」


「え……?」


 聖剣の効果かそれ以外か、あの男から感じる気配が人間のもつそれではない。


 人は当然のように呼吸をして生きている。

 しかしあの男からは生物の生命を感じられない。


 もしそれが聖剣の効力によるものだとすれば、そんなものは聖なる剣ではなく邪となる魔剣のようだ。


「ケヒッ アッヒャヒャヒャッ」


 人ならざる醜い笑い声を響かせこちらに振り返った。


「そうかァ……この人間はヘイシスというのか」


 外見に人との差はない。

 口ぶりからして人の身体を乗っ取ったということだろうか。

 そんなことが可能なのか疑わしいが、人間でないのなら考え得る範疇を超えていても不思議でない。


「ヘイシスが馬鹿正直に動き回ってくれたおかげで、予定よりも早く見つけることができたよ」


 黄金に輝く聖剣を眺めながら醜悪な笑みを浮かべてそう言った。


「……それはどういう事だ?」


「なんだ、気づいていなかったのか。ヘイシスの魔法は"コピー能力"だ。人に化け、身体能力から魔法までもコピーできる。もっとも後者は劣化版であるが、外見ならば完璧な幻惑魔法であろう」


 じゃあやはり、カミラとバキラに化けていたのはこのヘイシスという男だったのか。


「ヘイシスに、そんな魔法が……?」


 ともにパーティを組んでいたバキラは認知していなかったようだ。


 まさか仲間だった男がバキラ自身をも化けていたという事実すら、彼女は知り得なかった。


「さらばだ人間。お前らに用はないから──」


「まあ待て、まだ話は終わりじゃないだろう?」


「……何?」


「お前が乗っ取ってるその体を返せよ」


 仲間の友人の身体を乗っ取られたままでは逃がそうにもそうはいかない。


「仲間が悲しそうな顔をしているのに黙って見ていられるわけないだろ」


「……そうかそうか。この身体が欲しいか」


 再びこちらに向き直り、意味深な笑みを見せた。


 そして手に握る聖剣を自身の胸──ヘイシスの胸部へと自ら突き刺した。


「………っ!なにをしている……!」


「クフッ……見て分からぬか」


 胸を刺し、血を流していた。


 聖剣が抉っているのは心臓のある位置。通常であれば心臓を刺されれば死に至る。


 しかしヘイシスの身体からは、先程感じられなかった生命を感じる。


 心臓が鼓動を始めている。


「どういう事だ……」


 目の前の現象に理解が及ばずとも、その原因はおそらくあの剣だろう。


「──"偽りの聖剣"──ハイリゲス。あらゆる事象を偽り、結果を反転させてしまうのさ。俺に心臓という矮小な道具は必要ないが、ヘイシスには無ければ訪れるのは死のみだからな」


「今動いているヘイシスの心臓は偽りの心臓ということか?」


「いいや、正真正銘の実物だ」


 事象結果の反転。偽りの聖剣とはよく言ったものだ。


「あ、あなたはいったい何者、なの」


「俺はこの世で最も高貴な種族、魔族だ」


「魔族……?」


「はるか昔からこの世界を統べる大魔王様によって誕生した我々こそが、この世界を再び支配するにふさわしいのだ。どうだ、素晴らしい未来だと思わぬか人間?」


「生憎と俺はお前のように幻想を抱いて生きてはいないのでな。そういう夢物語はもっと他所でひっそりとやってくれ。俺たちを巻き込まれても困るんだ」


 頭のおかしい魔族とやらに人間の住むこの地を荒らされては堪らない。


「悪いがもうすでに準備は整っている。貴様が何を言おうが、私の意思ははるか昔からの大魔王様の意思そのもの。この世から魔族以外の全てを消し去ることこそが大魔王様のお望みだ。あの魔法陣が何を意味するのか、貴様はまだ知らないだろう?もうすぐこの地はスタンピードによって破壊される」


「なっ……!」


 その為の巨大魔法陣だったのか!


「ガヴィル……そのスタンピードって何?」


「魔物が大群を成して攻めてくることを言う。こいつはおそらく王都に魔物のスタンピードを放つつもりなのだろう」


「そ、そんな事したら……」


「被害は計り知れないものとなる」


 いったいどれだけの数の魔物が攻めてくるのかが未知数だ。

 冒険者であれば魔物との戦闘に慣れてはいるが、責められれば街を守りながらの戦いになる。

 普段とは明らかに戦いずらい状況になるだろう。


「どうする人間、今ここで俺とやるか?」


「それしか方法はないんだろ──?」


 スタンピードを止めるにはこの魔族を殺す以外の選択肢が見えない。

 とするならば一刻も早く済ませなければならない。


「〈猿乱狂剣舞ゼキロン〉」


 剣を鞘から抜き出すよりも速く地面を蹴りあげた。


 狙うは奴の持つ偽りの聖剣──ではなくその両腕だ。


「ふぐぅッ………!?」


 肩から先を切り落とし、続けて脚を狙う。


「──!」


 寸前のところで剣先を止め退いた。


 脚を狙った瞬間、奴は偽りの聖剣で受け止めようとしていた。


「それは魔族の特異体質のようなものか?」


「その通りだ」


 切り落としたばかりの両腕が今や綺麗さっぱりくっ付いていた。


 人間とはかけ離れた再生能力を持っているというわけか。


「それにしても……偽りの聖剣と剣を交えないという選択は実に懸命だぞ人間。貴様の剣と触れたという事象を偽りとすればお前の身体は真っ二つに切り裂かれていただろう」


 斬っても秒で再生されてしまう身体に加えて、事象を反転させるという馬鹿げた聖剣を相手に流石に苦戦を強いられる。


「だが人間、なぜここを狙わない?」


 胸を指差し問うてきた。


 そんなことは決まっている。

 あの身体の元の保有者であるヘイシスという男を奴から奪い取ることが第一優先なのだ。


 その為ならば四肢の1、2本軽いものだと思っていた。まさか再生されるとは思わなかったが。


 奴が小さく笑った後、偽りの聖剣を振りかぶった。


 その方向は俺ではなく、バキラに向いていた。


「剣で防げ──バキラ!」


 避けるという選択肢はおそらく存在しない。


 攻撃を受け止めるしかない。


 ただの剣であれば、距離から考えて振りかぶったとしても当たるはずは無い。


「くっ………!!?」


 防御があと一歩間に合わなかったバキラに見えない斬撃が走った。


 "斬撃が当たらない"という事象を偽りに置き換え、事象結果を反転させて斬撃を当てさせた。

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魔法職の女からバカにされたので国を出て辺境の地で剣を極めることにした 葉气 @nchnngh

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