パラレル・アンブレラ

千葉 藍

プロローグ

「死ぬなら、私の下で死んでよ。」


 突然後ろから声がした。


 振り向くと、土砂降りの中真っ赤な和傘を差した女がいた。


「なんだよ、さっさとどこか行ってくれ」


 声が雨にかき消される。女はこちらを黙ってみている。


「お前も死にに来たのか?それとも説得か?邪魔しないでくれ。」


 こんなビルの屋上に何様か疑問に思ったが関係ない。あと一歩踏み出せば全てが終わるのだから。


 再度俺は女を見る。


 女はただ俺をずっと眺めている。


「じゃあな、来世で会えるといいな」


 俺は女を見て吐き捨てるように言う。


 死ぬ前にまあまあ綺麗な女に出会えてよかったと心の中で思い、体を前に傾ける。


 俺は前を見ながら身体の力を抜き―――


「どうせ死ぬなら、その命を私に捧げてみないか?」


 体が反射的に固まる。


 何かがおかしい。


 さっきから目的がよくわからない。


 自殺の説得にしてはずいぶん下手だし、知らない女の話をここまで聞くなんて。


「馬鹿なこと聞くなよ、死ぬときくらい自由にさせてくれ」


 俺は空返事をする。


 雨の中ビルの上にある航空障害灯が赤く点滅し、辺りを照らす。


 女の黒髪が風になびく。


―――俺はその瞬間、美しいものを見た。


 真っ赤な和傘、真っ赤な瞳孔、そして……真っ赤な「血」。


 傘と雨で見えなかったが女の服、眼鏡、手袋は赤黒く染まっている。


 「君に用件があってね」


 ああ、わかった。


 「ちょっと仕事に手伝ってもらうだけだから」


 違和感の正体がようやく飲み込めた。 


「だから、さ」


 女が傘を閉じて俺の正面に立つ。


「私に付き合ってよ」


 そう言って真っ赤な手袋を俺に差し出す。


 瞬間、落雷により轟音が響く。


 俺は光に一瞬反射した血まみれの笑顔をみて、俺は笑ってしまった。


 あまりにもおかしい、非現実なこの光景に。


 俺は女の手を取る。


 死ぬ前は奇妙な行動を取るのだと自分でも思う。


 死神にしては美しい女が口を開く。


「じゃあ、救ってあげる」


 そして笑みを浮かべ






―――俺を蹴り落とした。






 は????????????


 身体が落ちていく。


 目に見えるものがスローに見えてくる。


 ビルの窓から漏れる光が尾を引いて下に流れる。


 雨よりも早く地面に近づく。 

 

 状況が飲み込めないがこれだけはわかる。もう助からない。





………終わった。


 まだ飲み込めない。


 



 ああ、哀しい。


 自分でも驚いた。


 落ちていく中、思ってしまった。


 死ぬ間際というのは情緒が狂っているのか頭が使い物にならない。


 心情がスロットのように回転し、空回りする。



 雨に打たれ冷えた頭で考えてしまった。


 どうせなら爪痕を残したかった。


 こんなところで死にたくなかった。


 前まで思ってもなかった感情が溢れ出てくる。

 

 いざ死ぬと何かが滝のようにこみ上げてくる。





―――生きたい。


 何故か声に出てしまった。


 もう遅いのに。


 後の祭りなのに。


 結局最後になって悔やむのか。


 おわりが近づいてくる。


 ふざけたおわりかただ。


 こんなところで死んで良いのか。


 あの女に殺されたのか。


 雨音も、風も、落雷も何も聞こえない。


 「ま………だ……」


 ただ聞こえるのはヘリの音だけ。


 


 死ぬ間際。声が聞こえた。


――――「ねえ、悪足掻わるあがきしたい?」


















「一緒に世界を壊そう」


             





             だとよ。



        

 


 


 


 

 



 

 


 

 

 


 


 



 








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パラレル・アンブレラ 千葉 藍 @yasasiiosakana

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