第11話 可変界で返歌一挙放送 / リセット


 黄金の鍵をチータブに突き刺す。

 ――アンロック。


【調停システムを開始します】


「のーっほっほっほ! わたくしがマッチポンプしてどないすんねん、ですわ!」



 ◇



 怪物になった少年。


 名を覇気総持はきそうじ康史やすし


 漢字で書くと圧倒的カッコよさのある名前。

 ひらがなだと、はきそうじやすし。


 そんな彼の口癖は「吐きそう」。

 しかし、彼の人生で一度としてそういった行いをしたことはない。

 その名を冠するように趣味は掃き掃除。


 彼は不幸体質で、運がない。

 その名と裏腹に覇気はなく、日常的に世界を恨んでいた。


 彼は友だちはいないが、謎の愛されキャラとしてクラスに馴染んでいる。

 それが覇気総持はきそうじ康史やすしという男。


 彼に封印石が渡れば、これからの行動結果は必然とも言えた。


「僕は!! あのクラスの温かい目線が嫌いだー!!

 ……うぅぅぅ、大声出し過ぎて吐きそう……だ」



 ◇



「わたくしが彼をこんな姿に……。今、助けて差し上げますわ!」


「僕は否定も肯定もされない世界が嫌いだ。だから、綺麗に掃除しないと、だよね!」


 彼がいつも抱えている不安は綺麗さっぱり掃除され、これまで溜め込んでいたものを吐き出しているようにさえ見える。


 異形。


 同じ言葉を話しているが目の前にいるのは間違いなく怪物だ。


 怪物は口からデッキブラシを取り出す。


 デッキブラシを使い、異形はありとあらゆるものを綺麗にする。

 六迷宮の塔、神殿。家にマンション。さらには封印石魔物さえも掃除をし、魔物は浄化された。


 そしてこの場は綺麗になったとばかりに興味をなくす怪物。

 次は公園、と目標を定めた。



 その公園にはブランコで楽しむ小さな女の子がいた。


「わーい。たかーい」




 ◇




「待ってくださいまし!」


 俺は怪物になってしまった少年を追いかけていた。

 追いかけた先には俺含めると四人? 三人と一体が公園にいる。


 公園にいたのは俺が以前に調停の仕事をさぼっていたときにいた幼女。

 その保護者と思われる女性は土の地面でお昼寝中。

 最後は右田役満に封印石を与えられた少年。


 確か、ブランコで遊んでいるのは王様に憧れていただ。


「あなたはだーれー? わたしはね、さきっていうの!」


 幼女――紗希ちゃんは最高に無垢な一切の曇りのない笑顔を異形に向ける。


 無垢な笑顔は無農薬野菜のように混ざり家のない、世界はいつまでも美しいともう一度教えてくれる、そんな笑顔だ。


 その純粋さに想いをやられた怪物は言葉を放つ。


「姫よ。貴女の城を僭越ながら作らせていただきます」


 膝をつき、敬意を払っているように見える。

 醜く変化した姿の少年は心が浄化されていた。変化した姿が元に戻ったわけではないが。


 自分で世界を綺麗にしているつもりが本物の綺麗の前には敵うわけもなく無力だった。


 怪物は辺りの砂を掻き集める。


 結果として再び顕現する王城。

 城だった砂をもう一度城に戻す。リサイクルのようだ。


 その城は前回の中世にありそうな城とは少し違い、アレンジが加えられている。

 姫を最大限にリスペクトしているようだ。

 城の大きさは変わらない。

 しかし壁や床は真っ白く塗装されており、所々に真っ赤なリボンがつけられている。


「姫。これが自分にできる精一杯です。城はお気に召しましたでしょうか……?」


「これが、さきのおしろー? つかっていいのー! ありがとー! かいぶつさん!」


「ははー、ありがたき幸せ」


 って、ぼーっとしてる場合ではなかった。少年が怪物と化している以上、止めなくては。


「そこまでですわ!」


「なんだ貴様。姫の御前だ、愚民は控えろ」


 どこへ行ってしまったのだろう。

 あの吐きそうと言っていた少年の気持ちは。

 封印されてしまったのだろうか。


 俺が解放してやる。

 黄金の鍵を握り締め、覚悟を決める。

 自分の吐きそうな気持ちを抑えながら。


 怪物に近づこうとするがデッキブラシを杖術みたいに扱い近づくことができない。


「姫、この場は危険です! 王城までお逃げください!」


 紗希ちゃんは動こうとはしなかった。

 それは今も土の上で、お昼寝タイムをする母親がいるからだ。



 ◇


 お昼寝タイム。

 それは至高のひととき。

 その人物は怪物に驚き、腰が抜け、他人では絶対に味わうことはないであろう土の味を楽しめる時間。

 土の味を口で、舌で転がしながら味わいつつ、鼻に入る匂いが合わさる風味は、それはそれは誰も知らないであろう優越感に浸ることが可能である。

 更に、二重に合わさる風味はミシュランを上回るという。

 あまりの美味しさに絶頂の気絶の舞をしてしまう程。


 ◇



「もう少し、もう少しですわ!」


 届いた。


 解放の鍵は怪物の胸元に刺さった。


 よし、これで――


 ――回そうとしたときある言葉がフラッシュバックする。


 ◇


「君は人間に対して【ダンジョンマイスター】の鍵を使ったんだ。そうなっても当然じゃないか。

 どちらかといえば運がいい。女の子になるくらいで済んだんだ。記憶の欠落や魔物化とかではなくて、誇りに思うといいよ」


 ◇


 スキル【ダンジョンマイスター】。

 能力、主な使用方法はダンジョンシステムにアクセス。また、人間の潜在能力やその人間が持っていなかった能力すら解放することができる。このスキルで解放することが出来ないものはない。別名"解放の鍵"。


 デメリット、ダンジョンオブジェクト以外で解放の鍵を使用するとランダムで自分自身に対して"最悪"が降りかかる。


 ◇


 行動を止めてはダメだ。

 最悪を考えてはいけない。


 今までの人生、俺は運がよかった。

 きっとこれからも大丈夫。

 なるようにしかならないのだから。

 転生したくらいだ、絶対大丈夫だ。


 焦る精神を落ち着かせるが、不安が募る。


 もしかしたら、記憶がなくなるかもしれない。

 魔物になってしまうかもしれない。

 最悪の中の最悪を考えると死ぬかもしれない。


 そんな可能性を考えるよりも……。


 もっと不安なことは自分のせいで幸せだった人の人生を壊してしまうことだ。


 俺は異形の胸元に刺さる鍵を回した。




 ◇◇◇




 TS変身金髪美少女、環は気を失っている。

 だが、機械仕掛けの人形のように身体が動き、なにかしらの目的を遂行するためにテキパキと行動している。


『はぁ、あんなにガチャで爆死していたのに……。なにが運がいい、ですか……マスター』


 タブレットを召喚し、鍵穴に差し込む。

 環は一回転がその鍵穴の限界だと思いこんでいた。

 しかし、二回転、三回転と回していく。


『【解放】【分解】【再構築】【固定】』


 その後、自分自身の頭に鍵を差し込んだ。


『…………おやすみなさい、マスター』


 マスターと呼ばれた少女とよく似た天使と呼ばれるに等しい翼の生えた少女が現れ、天使は環を置いて飛び去ってしまった。


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