第9話 日常異常者個性解放紳士の覚醒

 俺は魔法省に行くことになった。

 どうやら俺に拒否権はないらしい。


 魔法省。

 魔法少女が出現して以降、少女たちをサポートしている政府機関。


 ミソラも来るかと聞いてみた。


「私はまだ眠いからパスー。出かけるならご飯もよろしくー」


 ミソラは眠い目を擦らせながら、「それと」と話を続けた。


「ロリコンの次は自分で実践ってわけ? アンタ、似合ってるわよー」


 そう言った後、こちらに興味をなくしたのか振り向くことなく部屋に入っていった。





 ノヴァッチは告げる。


「それじゃあ、行こうか」



 何故か流れ的に行くことになっていた魔法省。


 俺にとっての魔法省は言わば花園。

 花は美しさや可愛さがあるが、儚く散ってしまうもの、棘があるものもあり、悲しくも恐ろしさも存在する。

 それが花だ。

 人は大切に大切に花を育てる。

 可憐に咲くようにと。


 魔法省はそんな夢ある少女たちを大事にし、ときには危険なことへと送り出す。

 その頃の大人たちは花のように観察することしかできなかったから。

 現在は迷宮が出現し、スキルを手にした。なので昔とは違い、対抗する力を保有しているのだが。


 つまり俺は何が言いたいか。

 それは幼い少女たちに辛い思いをさせてしまった原因の場所であり、力なき人間が生きたいと願った場所であるということだ。

 


 俺はその少女たちの花園に土足で踏み入れた。


「はい、これで魔法少女の情報登録は終わりましたよ。それにしても珍しいですね。今の時期に新しい魔法少女が現れるなんて」

「そうなんですか?」


 こてんと可愛らしく首を傾げる。


「そうなんです。少女たちが救世の英雄となってからは新しく登録されていませんでした。そこに現れた、貴女。どういうふうに魔法少女になったのか、私気になります!」


 受付の女性はかなり暇だったのか、面白いネタを見つけたからか、高いテンションで喋る。


「あはは、俺もよくわからなくてー」

「俺っ子!? なるほど。あれですか。あれなんですねっ!

 魔法少女に憧れた結果、男の子が迷宮によるスキルの力でなっちゃった感じですか?

 それとも違法実験の結果ですか?

 それとも……ん? 何を慌ててるんですか。冗談ですよ。それっぽいことを並べただけです。だいたい、貴女は変身してないじゃないですか」


 彼女は一種のオタクのように早口で話してきた。

 そんな俺は彼女の勢いに負けないよう、こちらは先ほどの話を誤魔化しつつ返事を返す。


「……そうです! 俺、変身してませんから。正真正銘の女の子ですからっ!」

「当たり前じゃないですか……」


 登録してくれた政府の女性は呆れ声を出した。


 やがて、ノヴァッチはこっちを伺っていたのかタイミングよく言葉を紡いだ。


「やあ、環。登録は終わったかい? 終わったなら、君を呼んだ本題を話そうか」


 ノヴァッチは受付嬢に指示を出し、俺たちを部屋へ案内した。

 その後、彼女は退出する。


「さて、内容は君のよく知る右田役満についてだ」


 内容としてはこうだ。

 右田役満に封印石を盗まれたというもの。


 封印石とは当時の魔法少女たちでは勝つことが難しかった侵略者を封印措置した石のこと。

 封印することでその者たちを時間をかけて弱体化させていくことが可能な品物。


 これまで封印してきた数は十二個。

 そして盗まれた数は五個。


 ノヴァッチは俺に封印石の回収もしくは破壊を命じる。

 原因は俺にあるのだから、もちろんやるよねと脅してくるほどだ。

 俺は耐えることが出来ず頷き、右田役満を捕まえることとなった。


 俺も右田役満に用があるので渡りに船であるものの、使いパシリ感が否めない。

 しかし、約束をした以上遂行しなくてはならない。



 帰り廊下。

 部屋の隙間から微かな音が響いた。


「……たし…………なかった。また、兄さんを止められなかった。も、もう……」


 小さく反響する聞きなれた声。

 その声は今にも泣きだしてしまいそうだ。

 俺は音がする部屋の様子に一抹の不安があり、扉に寄り掛かり耳を傾ける。


「戦いはもう…………わたし……いやだよ……。あんな戦いはもう嫌」


 いつも元気な姿しか見たことがなかった。

 だが、見る影もなくなり弱音を吐いている女の子。


「……彩芽あやめ


 俺の僅かに漏らした声音に妹はビクッと身体を揺らす。

 彩芽は状況を隠蔽するように頬の水滴を衣服で拭う。


 俺は見てしまった罪悪感のせいか、はたまたそれとは違った湧き上がる感情からか。

 俺の平坦な胸を使い、妹――望月もちづき彩芽あやめの顔を俺の腕が包むように、守るように抱きしめていた。


「大丈夫。大丈夫。彩芽はよく頑張っている」




 ◇◇◇





 彩芽は落ち着きを取り戻す。


「え、えーっと……誰だかわかりませんがありがとうございます。あ、あの普段はこんなんじゃなくて、わたし……。できればここでのことはご内密に……」


「たまっ☆ ……ぷぷぷっ。タマキちゃんにおまかせあれ! この究極美少女の調停者にねっ!」


 俺は家でからかうことができなかった。

 それを今することに成功する。



 彩芽が視界から見えなくなると俺の真面目な顔へと変化。

 俺の拳に力が入る。

 その顔はなにかを決意し、覚悟を決めた顔。


「えっ、た、環?」


 その困惑した声は彼が彼女になっていたからか、それとも意味不明なからかいによるものか。

 去り際に少しの声が聞こえた気がした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る