出発

 チサさんの思わぬ言葉を聞いてボクも覚悟を決めた。チサさんには人に言えない秘密、いや黒歴史があって苦しんでいるはず。さらにボクに救いさえ求めてる。それぐらいはボクだってわかる。


 だったらどうするかなんて決まってるじゃないか。必ずチサさんを救い出す。チサさんはボクなら救えると言った。誰が見殺しになんかするものか。運命ってね、流されてしまうのはそうだと思うけど、変えられるはずなんだ。


 そりゃ、運命を変えるのは簡単じゃないかもしれない。どんなに足掻いても逆らえないことがあるのが運命だとは思う。だけどさぁ、チサさんは運命を変えられるカギを知ってるじゃないか。


 それがどうしてボクなのかの疑問は解きようがないけど、チサさんがそこに最後の希望を託しているというのなら、それに応えるのが男だろう。ボクがチサさんの運命を変えられるというのなら、どんな手を使ってでも変えてみせる。


 きっと天橋立でチサさんは自分の黒歴史を話すと思う。それは聞くにも辛い内容かもしれない。それでもボクは受け止めてやる。受け止めてチサさんの運命を変えてやる。怖いのは怖いよ。怖いけどボクは今のチサさんを知ってるし、今のチサさんを認めてる。過去がなんだって言うんだよ。


 天気予報も万全だ。これならチサさんの再生を祝う天候になってくれるはずだ。必ずそうしてやる、失敗は絶対に許されないと思え。ボクがチサさんの新たな運命を切り開いてやる。結ばれたら死ぬまで離してやるものか。


「おはよう」


 いつものコンビニ駐車場に赤いダックスがやって来た。今日だよ、今日。今日にすべてが決まる。結果なんてハッピーエンド以外にあるものか。今日はとにかく先を急ぐから六甲山トンネルを越えることにする。そこから六甲北有料道路をひた走って三田だ。


「この時間ならコメダ一択ね」


 アロハカフェもあずさ珈琲も八時からだものな。ここも懐かしいな。ここでチサさんに再会できたのだもの。あの再会があったから今日がある。チサさんは優しく微笑んでるけど、この微笑みを二度と曇らせてなるものか。チサさんに似合うのは笑顔だけだ。


 途中のコンビニでジュース休憩を取りながら国道一七六号をひたすら北上する。篠山から柏原、氷上、春日、市島と通り塩津峠を越えたら京都府だ。福知山の市内に入り、


「あの信号を左に曲がってバイパスに入るのね」


 いよいよ未知の道になっていく。この道は国道九号と国道一七六号が重複してるのだけど牧川を渡ったところで国道九号と別れることになる。


「天橋立まで二十九キロか。まだ結構あるね」


 それでも一時間ぐらいのはず。


「へぇ、国道一七五号と重複してるのか」


 みたいだな。


「桜もほら、満開じゃないかな」


 チサさんは常に満開の桜が約束されている女じゃないか。ボクみたいなガリ勉陰キャと違って常に日の当たる場所で輝いてないといけないんだよ。


「右側に見えてるのは由良川だって。日本一低い分水嶺からの川だよね」


 そうなるな。


「コウキ、今日はなんかおかしいよ。ひょっとして怒ってる」


 怒ってなんかないけど緊張してるんだ。


「それって今夜をどうやって頑張るかを考えてるとか」


 ああそうだよ。今夜はボクの生命の炎を燃やし尽くして頑張るからな。


「あは、やっと言ってくれたね。バツイチのオバサンのヌードを見て萎えないようにね」


 萎えるどころか天までいきり立つに決まってるだろ。


「期待してる」


 この辺が大江になるのか。酒呑童子の伝説が残っているところでもあるし、ここにも元伊勢神社があるんだよな。寄りたいけど今日は天橋立だ。


「こんなところにも高速が走ってるんだね」


 京都縦貫道ってなってるけど、これに乗れば天橋立まですぐだろうけど、


「でも乗れない」


 だから由良川の河口まで国道一七六号とお付き合いだ。しっかしなんにもないところだな。道の駅は愚かコンビニもないものな。この辺で一休みしたいけど、


「ドライブインがあるよ」


 こりゃまたクラシックなドライブインだ。まあ。いっか。休むだけだし、


「見て見て、うどんの自動販売機があるよ」


 ホントだ。その隣はラーメンか。そういえば、


「あれって高校の近くにあったよね。食べて見たかったけどコウキは食べた?」


 結局行ってないな。あれもたぶん無くなってる気がする。トイレ休憩も済ませて、


「海だ、海が見える」


 ついに来たか。


「なるほど出発の時にわざわざ灘浜に寄ったのはこのためね」


 ちょっとした演出で朝は瀬戸内海だったのに昼には日本海も乙だろ。由良海岸を走り抜けたら宮津だ。


「バイパスを下りるみたいだね」


 みたいだな。左の側道を下りたら信号があって右折か。


「あの島は」


 あれは小天橋で、いわゆる天橋立が大天橋になる。どっちも砂州だけどね。


「ここだ♪」


 やっと着いたぞ、今日はノーミスのはず。ここも久しぶりだな。


「でどうするの」


 そんなもの天橋立に来たらまず渡るだろ。


「歩いて?」


 バイクでだ。天橋立は阿蘇海を横切る形になってるけど対岸まで道は通じてるんだよ。そこはクルマでは通れないけど原付バイクなら走れるよ。


「そうだった、そうだった」


 天橋立をバイクで渡り切ったら目指すは傘松公園だ。天橋立を臨むビュースポットは傘松公園と天橋立ビューランドがあるけど今日は傘松公園だ。


「リフトにする、それともケーブルカー」


 ケーブルカーに決まってる。大した理由じゃないけど、リフトだったら天橋立が背中側になるから見えにくいし、チサさんと一緒の幸せ過ぎる時間を少しでも感じたいもの。


「もう、お世辞に遠慮が無さすぎる」


 傘松公園でやることと言えば、


「これっきゃないでしょ」


 股のぞきだ。チサさんの体は軟らかいな。


「コウキが硬いって言うのよ」


 グサァ、弁明のしようがない。さてランチにしよう。ここのレストランも眺めが良いそうなんだ。窓際の席に案内してもらって、


「これも贅沢よね」


 大天橋を見ながらのランチだものな、


「昔から股のぞきをやってたのよね」


 そうでもないみたいなんだ。股のぞきをしようと思ったら天橋立を見下ろせるところに登らないといけないじゃないか。でも傘松公園にしろ、天橋立ビューランドにしろ、登るには急すぎる山なんだよな。だから傘松公園が出来た一九〇〇年ぐらいから始まったものってなってるよ。


「だったら昔の人は出来なかったのか」


 天橋立は歌にも何度か歌われてるけど、それは浜辺から見た風景になるはずなんだ。


「最初からケーブルカーはあったよね」


 いや昭和になってからのもので、傘松公園が出来たころは歩いて登っていたみたいだ。この辺に成相寺の参道があって登っていたらしい、だから明治や大正の頃は駕籠で登っていた記録も残されてるよ。


「ここからは」


 伊根の舟屋だ。


「やったぁ」

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