木一堂とあたしの或る日⑤

「でも、本当に見ても良いんですか……?」


 持っていたハンカチで手を拭いながら尋ねる。すると、店主は何を当たり前なことをとでも言いたげな視線で私を見た。


「もちろんです。僕が思うに、本の幸せは手にとって読んで頂くことだと思っております。だからこそ、どのような本でも平等に手にとって読んであげて欲しい。これが僕の願いです」


 店主はそう言って小さく微笑んだ。


「なんだか……少しだけ分かる気がします」


 ちゃぶ台の上に乗る『改造』を見つめながら、呟くように言った。本は読まれないと意味をなさない。確かにコレクション的な意味でも欲しいと思う。だが、それ以上に、本を読んであげたいと思う。そう言った理由から、あたしは極力積み本を作らないようにしている。


「あなたは本が好きなんですね」


「えぇ。大好きです」


 あたしは店主の言葉に強く頷いてみせる。すると、店主は穏やかな笑みを浮かべて、「それは良かった」と独りごちた。


「ごめんくださーい」


 あたしが『改造』を緊張で震える手を押さえながらゆっくりと開いた瞬間、そんな間延びした声が店内から聞こえた。


「はーい」


 店主は急いで立ち上がると、早足で店内へと向かった。だが、途中で足を止めてこちらを振り返ると、少しだけ不安そうな表情を浮かべる。


「あの、もし、店内に来られるようなら、これだけは注意してください。何時いかなる場合であっても、この部屋に足を踏み入れた人は自分の住む時代のことを口にはしないこと。これだけは絶対に守ってくださいね」


 店主はそれだけ早口で言ってしまうと、足早に去ってしまった。一人だけ取り残されたあたしは、『改造』に手を掛けた格好のまま止まってしまう。どういうことだろうか。先程の店主の言葉が頭の中を巡る。なんだか、あまり釈然としないので、読もうにも読む気にならなかった。


 溜息を一つ吐き出し、ゆっくりと立ち上がり店内へと移動する。店主がいないのに見ても良いのか分からなかった、ということもあるが、先程店主が言っていた「様々な時代の人が売り買いに来る」という言葉が気になったからでもある。

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