木一堂とあたしの或る日②

 しばらく歩くと、ふと懐かしい通りを見つけた。小学校時代、通学路から少し離れたその道には、小さな駄菓子屋があって、よく友人と小銭を握りしめながらそこにお菓子を買いに行ったことをふと思い出した。しかし、中学に上がり、みんなが部活だのなんだので遊ぶ機会が減ったり、遊ぶ場所が少し離れた都会のゲームセンターなどに変わり、すっかり足が遠くなっていた。


「まだあるのかなあ」


 ぼんやりと呟いてから、身体の向きを変え、通りを歩き始める。あのときは気がつかなかったけれど、この道は良く見ると、随分昭和というかレトロというか。とりあえず、一昔前のような雰囲気を残していた。


 自転車の車輪が回る、からからとした音も。まるでここではそれも過去のものであるように思えて、タイムスリップしてきたかのような錯覚に見舞われる。浅く息を吸うと、覚えはないけれどふわりと懐かしい匂いが鼻先をかすめたような気さえするから不思議だ。


 ここはきっと、あたしが産まれるよりも、もっともっと前からあった通りなのだろう。なんとなくだが、そんな気がした。


「記憶が確かなら、そろそろのはずなんだけど……」


 きょろきょろと頭を動かして、自分の頭の中に残る光景と、今の景色を何とか照らし合わせようとする。


 そう、たしかあの錆びた居酒屋の看板の隣に――。


「あ」


 思わず、小さな叫び声を挙げてしまった。


 記憶にある駄菓子屋の姿はそこにはなく、代わりに古びたアイスボックスが置かれた古本屋が軒を構えていた。アイスボックスの横には申し訳程度に叩き売りされた数年前の雑誌が並んでおり、日に焼けて少し褪せた表紙がこの通りにはやけに似合っている気がした。


「き、きいちどう……で合ってるのかな?」


 自転車を軒先に止め、軒上に掛かっている看板を見ながら、そこに書かれている文字を口に出した。どうやら、『木一堂』というのがこの店の名前らしかった。


 しばらくぼんやりとそれを見上げていたが、ふと、喉が渇いていることを思い出したのと、アイスボックスへと視線を動かしたのは同時だった。アイスボックスからは低く響く稼働音がしており、それが中にある物を冷やしているのだと教えてくれる。


 自転車の前籠に突っ込んでいた、一年と少し使い、すっかりくたびれたスクールバックを取り出すと、それを引きずるように持ちながらアイスボックスに近づいて覗き込む。少し曇ったプラスチックの扉からは、色取り取りの棒付きアイスキャンディーが入っていることが確認できた。


 勢いよく扉を開き、綺麗な紫色をした一つを取り出した。丁寧にビニール包装に包まれており、手が汚れることも、アイス同士が引っ付くことも無かった。ちろりと視線を上げると、そこには日に焼けた画用紙に、大きく『お会計は店内で』の文字が見えた。確かに最近の古本屋はゲームの類を売っていたりするし、アイスキャンディーを売る古本屋があっても面白いかもしれない。

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