海辺の誘惑

オカン🐷

 閑散として人気のない浜辺。

 聞こえてくるのは寄せては返す波の音だけ。

 どこまでも伸びる水平線。


 恋人のアキラに手ひどい振られ方をして、傷心のままここへやって来た。

 南の果て。


 ベッドも二人がくるまっている布団も全部私が買ったもの。

 北欧風の家具の店に二人で行って買ったオシャレなベッド。

 少し値は張ったけど、将来も使うものだからと思って。

 それなのに、それなのに、どうして。


 返して。返してよ。

 それ、高かったのよ。


 ……。

 ううん、やっぱり、いらない。

 あんたたち二人の温もりの遺ったベッドなんかいらない。


 そのとき、恋人とと親友を同時に失った。



「おーい」


  海の方から声がした。


「おーい、こっち、こっち」


 俯いた顔を上げると、


「何、しけた顔してるのさ」


 アキラ似のイケメン。

 いや、もっといい男。

 ほどよく筋肉のついた上半身。


「こっちにおいでよ、気持ちいいよ」

「冷たくないの?」

「全然」


 靴を脱ぎ、スカートの裾をたくし上げた。


「もうちょっと、こっちへおいでよ。綺麗な魚がいるの見せてあげる」

「でも、服が濡れちゃう」

「すぐに乾くよ。ほら、こっち、こっち」


 アキラに似たイケメンは手が触れ合うと、その手をグイっと引っ張った。


 キャー


 と叫ぶ間もなく、海中に引き込まれた。


 ブク、ブク、ブク。


 口から溢れ出た泡が海の中を上がっていく。


 ゴボッ。


 苦しい、助けて。


 アキラ似のイケメンが口移しで空気を送ってくれた。


 ケホッ、ケッホッ。


 助かった。


 あれっ、苦しくない。

 海の中だというのに楽に呼吸が出来る。

 それにカナヅチのはずなのに、水中を泳いでる。


「お帰り~」

「やっと帰って来られた」

「もう帰って来ないかと心配しちゃった」


 気が付けばイケメンアキラが浜辺の男女数名のグループの所に走って行く。


「ちょっと待って。私も帰る」


 走ろうとしたが、足が動かない。



「マーメイドさん、次の獲物が来るまで頑張って」


 イケメンアキラが嬉しそうな声をあげ、笑いながら駆けて行った。




           【了】

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海辺の誘惑 オカン🐷 @magarikado

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