第22話 村娘は僕の髪を結びたいようです

 オオカミが狩った魔物をお家の前まで運んでくれるようになったので、小屋がとんでもないことになってしまった。


 そのため、雑に素材として大量消費していたのだが、そんな矢先、僕はとんでもない事実に気づいてしまった!


「髪が邪魔だな……切るか?」


「ダメだよお姉ちゃん! そんなキレイな髪を切るなんてとんでもない!」


 横からの叫び声とともに、髪を撫でていた手をジャンプで掴まれた。


 止めに来たのはいつものように僕の小屋まで遊びに来ていたノルンちゃん。


 どうやら走って来たらしく、はあはあと息を切らしていた。


 どうしているのかと思ったが、気づけば二つ目の建物の扉が開いていた。


「とんでもないときたか。そうかそうか」


 不思議そうにするノルンちゃんの頭を撫でて、僕は掴まれた自分の手を解放してもらった。


「わかったよ。やめておく」


「うん! その方がいいよ。お姉ちゃんかわいくてキレイなんだから」


 まるで自分のことのように安心したようにノルンちゃんは満面の笑みで言った。


 まったく、僕の髪がそんなに大切かね。


「あはは。かわいくてキレイなんて、照れるな」


「言葉遣いはなんだか男の人みたいだなって思う時があるけどね」


「……そ、そんなことないよ。ないわよ」


 結構鋭いな。


 別に隠しているつもりはないけれど、事情が事情なだけあって、人に話しても簡単に信じてもらえるとも思えないし、別に話す必要もないだろう。


 ただまあ、照れたのは本当だ。かわいいなんて言われたの、いつ依頼だろう。多分、子どもの頃、まだ村に住んでいた時に言われたのが最後じゃないか。


 しかし切らないと言ってしまったな……。髪の手入れは、ノルンちゃんのためと思って続けるか……。


「ノルンちゃんの方がかわいいよ」


「ありがとうお姉ちゃん!」


 この子言われ慣れてるな?


 それはさておき、僕は近くのイス引いてぽんぽんと座面を叩き、ノルンちゃんにイスをすすめた。


 が、ノルンちゃんはその後ろ、というより僕の背後に回り、椅子には座らなかった。


「どうかしたの?


「んふふー」


 なんだか楽しそうに、ノルンちゃんは先ほどとは別の理由で笑っているように見える。


「今日はわたしがお姉ちゃんの髪を結んだげる!」


「髪を?」


「そう。いつもお姉ちゃん簡単に一つに結ぶかそのままにしてるから、きっと色々知れば楽しくなるよ」


 実験材料を使おうとしていたところだから、一瞬解放してほしいと思ってしまったが、たしかに、髪が邪魔なら結んでしまえばいいのかもしれない。


 走ってきたということは用事があったのだろうが、もしやこれかな?


「わかった。それならお願いするよ」


「お願いされて!」


 僕はおとなしくノルンちゃんの前に座る。


 ハイテンションなノルンちゃんは鼻歌まじりに僕の髪を触り出した。


「わああ。サラサラだね」


「ノルンちゃんほどじゃないよ」


「そんなことないよ。いいなあ。やっぱり切っちゃうのはもったいないよ」


「そうかもね」


 普段元気な子だから、あまり気にしないのかと思っていたが、こういうところは女の子なんだな。そういえば、新しい服を初めて着てきた時は心なしテンションが高かったっけ?


 ただ、本心を言わせてもらえば、僕は髪があんまり長いとうんざりなのだが……。


「失恋?」


 と突然ノルンちゃんが聞いてきて、思わず吹き出しそうになってしまった。


「どうしてそう思うの?」


「村の人たちはそう言って切ってる時があったから」


「ああー。なるほど……たしかに、一部はそうかもね……」


 僕は自分が思っていたよりも、姫様のことが好きだったのかもしれない。


 意識してみると、なんだか胸にぽっかり穴が空いたような気分になった。


 世のため人のため研究をしているつもりだったが、そんなものただのつもりなだけで、僕は姫様のために研究していたのかもしれない。


「そっか……お姉ちゃんでもそうなんだ……」


 僕の言葉を聞いて、ノルンちゃんはまるで自分のことのように声音を暗くした。


「でも、大丈夫だよ!」


「大丈夫?」


「そう。わたしがお姉ちゃんと遊ぶから、好きな人の代わりには慣れないかもしれないけど、その人のことを忘れちゃうくらい、わたしが楽しませてあげるから!」


「ありがとうノルンちゃん」


「うん!」


 声を弾ませるノルンちゃん。


 この感じだとノルンちゃんがいれば大丈夫かもしれない。なんとなくだが、そんなふうに思えてくる。


 それからは集中したのかしばらく彼女は黙り込んだ。慣れたような手つきで僕の髪をいじっていた。


 少しして、ノルンちゃんは手を止めた。


「ほら、できた!」


「ありがとう」


「どういたしまして!」


 肩から下がる僕の髪は見てみると、なんだか複雑そうに編み込まれているようだった。


 これ、どうやってほどくんだろう……。


「あ、ありがとうノルンちゃん」


「えへへ。お姉ちゃんのお役に立てたなら嬉しいな」


 照れたように笑いつつ、ノルンちゃんはいつかしたように僕の膝の上に座ってきた。


 よく見ると、今日はいつものツインテールではなく僕と同じ編みこ込みらしい。新しいものを知って、人に試したくなったのかもしれない。


 いや、こんなに髪型違うなら気づけって話なんだろうな。


「ノルンちゃんも似合ってるよ」


「ありがとう」


「えっと、お茶でも淹れようと思うんだけど」


「しばらくこのままでいさせて。お姉ちゃんのここ落ち着くんだ」


「いいよ」


 僕に寄りかかり顔を上下逆さまに見上げてくるノルンちゃんのその顔は、突然驚いたような表情になった。


「あ、そうだ! お客さんが来てたんだよ。とってもとーってもキレイなお姉さんなんだけどね。小屋を探してるって言ってたから連れてきたんだった」


「え、連れてきてるの?」


「うん。すっかり忘れてた。お姉ちゃんのお客さんかも! 高名な魔法使い様だからね」


「そこまでじゃないけど……」


 お客さん。思い返してみれば、たしかそのことに関しても姫様がどうにかしてくれるという話だった。


 慌てて入り口の方を見てみると、僕とノルンちゃんの状況を受けて、気まずそうにこちらの様子をうかがう少女が扉のところに立っていた。


 立っていた。キレイな少女が立っていた。


 流れるような金髪に思わず見惚れてしまう碧眼。衣服は質素なもののようだが、溢れる気品はその程度では取り繕えない。


「姫様!? どうしてこんなところにいるんですか!」


「来ちゃいました」


「来ちゃいました!?」

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