第37話 信仰


~第36話までのあらすじ~

 響はオーナーの理想の未来を実現するため、伊奈瀬いなせたちと共にバグ調査組織RGBを出発して、自然石の場所へ向かった。




 二本杉が見えてきた頃には、施設を出発するときとは一変、その雰囲気からピリピリとした緊張はなくなっていた。


糸葉いとはちゃんは本当にひーくんのことが好きなんだ...うわぁぁっ!」


 5人ではずむ会話に夢中になりすぎて、着陸に失敗した人がいた。もちろん永久野とわのである。しっかりと話す相手を見ていたのは良かったが、木にぶつかりそうになったことに驚き、急にバランスを崩してそのまま落下したのだった。


「大丈夫ですか~!?」「あいちゃん、大丈夫!?」


 墜落した永久野に慌てて駆け寄ったのは、衣央いおと糸葉だけだった。響と伊奈瀬は永久野が飛行板フライングボードで落ちていくのを見慣れていたので、あーまたか、という気持ちでいた。


 そしてもちろん、永久野は無傷だった。


「ねえ、ひーくん。これ...」


 地面に座ったままの永久野が指さす方向を見るとそこには、インターホンがあった。


「ああっ!この前のインターホン!」


 昨日来たときは気付かなかった!存在も忘れていたくらいだ。

 そもそもこのインターホンを最初に見つけたのは、伊奈瀬に俯瞰ふかんの手で持ち上げられ、目線が高くなった響だ。目立たない場所にあったから気付かなかったのか、バグの影響でインターホンの記憶もその存在すらも不確かなものになっているのか。


「これって、ヤヌさんが言っていた...」

王那おうなさんがいる俯瞰の間とつながっているやつ!」

 衣央の言葉に伊奈瀬が続く。


 響と伊奈瀬たちは、ヤヌが理論帳を持ってきた夜に、インターホンの正体を教えてもらっていたのだ。一方の糸葉は何も知らず、

「やぬさんってだれ~!おうなさんもだれ~!ふかんのまってなに~!」

と空に叫んでいたので、響は「あとで教えてやるからな!」と言った。


「...押してみても、いいですよね?」


 前回と同様、響の提案に反対する人はいなかった。

 響はゆっくりとインターホンを押した。

 ピンポーン。


 静まり返る山には似合わない、特有の音色を奏でる機械音。残るは各々おのおのの早まる鼓動のみ。



 やがてスピーカーから出てきたのは、聞き馴染みのある声だった。

「やあ響!3日ぶりだなぁ!」


 どうしても拭い切れなかった不安は、この王那の声で吹き飛ばされた。いつも通りの明るい声であることもその理由であるが、俯瞰の占い帳の使用手順の1は、神を信じて崇めること。そしてインターホン越しに話している人物は、神そのものなのだ。


「伊奈瀬、あい、衣央。今日は糸葉ちゃんもいるようだ!アハハッ!」


 1人で大笑いしている王那をよそに、響は「あとで教える」という約束を守った。

「糸葉。これが王那だよ」

「あ、これが王那なんだ!」


「...って、これとはなんだ、これとは!!」


 王那の慌てっぷりに、伊奈瀬たちも笑う。


「こら!笑うな!...って、まあいい」

 そう言って王那はコホンと咳払いした。途端に全員が静かになる。

「響に渡したいものがあるんだろ?伊奈瀬、あい、衣央」


「ちょっ!」「なっ!」「王那さん!?」

 3人は、まるで心を見透かされたような王那の言葉に、驚いている。


「渡したいもの...ですか!?」

「いやっ、ちがくて、その...王那ちゃん!私たちのタイミングってのがあるの!」

「まあいいじゃないか。誕プレだ、誕プレ!」

 永久野の主張も、王那の前では無効化されてしまうのだ。


「えーと、じゃあ...これ」

 そう言って永久野が響に手渡したのは、小さめのツチノコのぬいぐるみだった。

「ひーくんがゲームセンターで最初に私に取ってくれたぬいぐるみと、同じキャラクターだよ。これはひーくんにお返しするために、私が獲ったやつ」

「永久野さん...!」

 響の心には嬉しさがこみ上げた。


「私も、これあげる」

 伊奈瀬の手には、1つのコップ。これも庭園のあとに行ったゲーセンで取った、カップルが使えるお揃いのものだ。

「1つは私が持ってるから、もう1つはひっきーが持ってて」

 響はさらに嬉しくなった。

「あ、あとこれ」

 伊奈瀬は追加で、コップを入れる袋もくれた。気が利く~!


「これは、私からです」

 衣央が持っていたのは、お菓子の形をしたキーホルダー。衣央の好きなおせんべいと響の好きなチョコ、王那の好きなポテチの形だ。もちろんこれも...


「っていうか、全部ゲーセンじゃないですか!!」


「アハハハハッ!」

 インターホン越しに王那が大笑いしている。


「でも、本当にありがとうございます。オレからも何か—————」


 バサッ!!


 響が言い終わる前にとびかかったのは、永久野である。


「ちょっと永久野さん、やめてくださ...!」

 押し倒された響は、永久野の異変に気付いた。


 彼女は泣いていた。

 響を抱きしめたまま。


 もともとこのプレゼントは、万が一の時のために用意していたものだった。響が時間切れタイムリミットを迎えてしまうときのために。永久野にとって、このプレゼントを渡すということは、別れそのものを意味していたのだ。


 それに気づいた伊奈瀬、衣央、糸葉は駆け寄り、2人と体を寄せ合った。


 響にとって、初めての経験だった。

 自分を愛し、自分のために泣いてくれる人。

 自分を求めて、競い合ってくれる人たち。

 昨日の伊奈瀬のように、本気で怒ってくれる人。あれはちょっと怖かったけど。


 そして響は感謝した。


 伊奈瀬、永久野、衣央。王那と美心みこ。ヤヌ。リリー、あいり、茶緒ちゃお。そして糸葉。

 たった一度の人生の中で、これほどの仲間に出会えたこと。


 それだけではない。


 地球が回り続けること。

 空や海が存在していること。

 人が人として生きていられること。


 自分を取り巻く世界のすべてに、これまでにないほどの敬意を表した。


「ありがとう...」


 そして響の口から、言葉がこぼれた。水が上から下へと流れるように、ごく自然に。

 閉じている響の目からは、いつの間にか涙があふれている。

 大好きな人たちと体温を分け合う心地よさに、眠ってしまいそうだ。



 自然石に変化が現れたのは、その時だった。

 まばゆい光が放たれたのだ。


 そして次の瞬間には、1冊の本が自然石の元に置いてあった。

 願っていたその光景に、その場にいた誰もが確信した。


「ひっきー、あれ...!」

 伊奈瀬の言葉に答えるように、響は涙でぼやけた視界にそれを映す。

「俯瞰の占い帳...!」


 5人は急いで駆け寄った。

「ひーくん」

「うん」

 永久野の呼びかけに答え、一度俯瞰の書を開く。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

1.入れ替わりの大石おおいしを信仰せよ

   神を信じて崇める気持ちを大石に込めれば 占い帳が現れるだろう

2.俯瞰の占い帳を使用せよ

   思いのままに占い帳を開けば 結びの道具が現れるだろう

3.結びの道具を使用せよ

   理想の未来を描き 大石に記された自らの名を貫けば 所有者としての生を終え それを実現できるだろう

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


(俯瞰の占い帳を使用せよ...思いのままに...占い帳を開く)


 響は後ろにしゃがむ4人と、順番に目を合わせ、そしてうなずき合う。


 手を伸ばし、目の前にある占い帳に触れた。

 持ってみると厚く、ずっしりとした重さがあった。


 そして響は意を決し、思いのままに占い帳を開いた。

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