第一階層・件鬼(1)
電話を終えてスマホを切ると、わたしは記念館を出て、神社へともどった。
放課後が近づいていた。
さっきの場所にすわり、ランドセルをかかえて、目を閉じる。
頭の中では、はたして自分の思いつきがうまくいくかどうかを、ずっと考えつづけていた。
ふと、空気が変わった気がして目を開けると、わたしは、石づくりのうす暗いトンネルの中にすわっていた。
ラビュリントスの最深部に、まねかれたのだ。
あたりのようすは、あきらかにこれまでのフロアとちがっていた。一面、白い
迷路職人、有間大道が作ったラビュリントスの、これが本当のすがたであるような気がした。
わたしは、壁に手をつきながら歩きはじめた。
迷宮のところどころには真っ赤な火のともったランプが置かれているけれど、空気はひんやりと冷たい。
バラの精油のにおいの中に、ときどき、土と、飼育小屋みたいな獣のにおいがまじる。
何度も行きどまりにつきあたったり、別れ道をもどったりしながら、進みつづける。
疲れたらその場に座りこみ、自販機で買っておいたジュースを飲んで休憩した。
一、二時間は迷宮を歩きまわっただろうか。
ふいに、ぱっと広い空間に出た。
目の前に、大きな湖。
大理石の通路が、こちらがわと、反対がわの岸とをつないでいる。
壁や天井は岩肌がむきだしで、学校の体育館くらいの大きさをしたドーム型。
その岩壁の高いところに、小さな窓があって、ぼんやりと明かりがもれている。わたしにはそれが、昨日、レコード部屋で見た窓と同じもののように見えた。
つまり、あの赤い着物の女の人は……この高い岩肌をよじのぼって……?
わたしは対岸をめざし、大理石の通路を歩きはじめた。
コツン、コツンというくつ音が、がらんとした岩のドームにひびく。
心細くなる、という言葉のとおり、わたしは、自分の心がみるみるすりへって小さくなっていくような気がした。反対に、不安はどんどん大きくなってゆく。
服の上からスカートのポケットをさわると、かたい感触がある。ここに来る直前、神社の境内にあるゴミ箱の近くでひろっておいた、われたガラスびんの破片だ。
対岸のようすが見えてきた。
正面に扉。岩肌をくりぬいて、大理石の扉がすえつけられている。
これまででいちばん大きな南京錠がかかっているのが、遠くからでも見えた。
扉のわきには、のぼり階段があった。おそらく、昨日わたしがとおってきた、二番のフロアに続く階段だ。
わたしが足を早めようとした、そのとき。
ちゃぷん。
水音がした。
ハッとしてそちらをふりむくと──女の人がいた。
ちぢれた黒い髪をぐっしょり水にぬらし、水面から顔を出している。
女の人は、わたしと目があうと、うすいくちびるをニイッとまげて笑った。
ザアーッとものすごい水音がして、その顔が、高い位置へと持ちあがってゆく。
女の首から下は、人間の形をしていなかった。
牛と人間をまぜあわせたような、巨大な怪物だった。
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