第三階層・うしむし(4)

 モネちゃんはトランクからねじのついたフックを探しだすと、さっき拾ったホウキの柄の先端にねじこんで、即席のかぎざおを作った。


 できる限り離れたところから、その鉤ざおをのばす。

 フックの先がカギに引っかかって、チン、と音をたてた瞬間──。


 ダクトの口から、白っぽい何かが大量にふってきた。

 一瞬、糸を引く納豆みたいに見えたそれは、ウジャウジャとからみあう、ものすごい数の白い虫だった。


 カメムシに似ているけど、一匹一匹がわたしのにぎりこぶしくらいある。

 やけどの後にできた水ぶくれみたいな、ぶよっとした質感をしていて、背中にブツブツの黒い斑点はんてんがあった。


 見た瞬間、生理的な気持ち悪さで、全身にぞぞぞっと鳥肌がたった。

 引きつった顔のモネちゃんが、後ずさりながら、鉤ざおを引こうとする。

 と、意外なほど強い力で、逆に引っぱりかえされた。

 からみあって、ひとかたまりになった虫の群れが、まるで人の手みたいな形になって、鉤ざおの先をつかんでいた。


 ダクトから、虫と一緒に白いものが落ちてくる。

 白い棒みたいに見えたそれは、どうやら、なにかの骨らしい。

 スペアリブの形をした肋骨ろっこつと、角のはえた頭蓋骨ずがいこつがあったので、わたしにもそれがわかった。

 初日の理科室で見た、牛の骨格に似ている気がした。


 落ちてきた骨をのみこみながら、虫の群れが立ちあがった。

 針金をしんにして粘土人形を作るみたいに、牛の骨をむりやり二足歩行の形に組みかえながら、人間みたいなすがたになろうとしている。


 人間よりも大きい牛の骨を使ったせいか、立ちあがったそいつは、上背うわぜいが二メートル以上もあった。

 頭の横から、むきだしの角が突き出している以外、全身がびっちり白い虫におおわれている。

 虫がたえまなく動きつづけているせいで、白い体の上で、黒いもようがうずまいて見える。

 牛の頭蓋骨の、ちょうどひたいのあたりでは、斑点が人の顔そっくりなもようを作っていた。リアルな、だけど昔の白黒写真みたいに粒子のあらい、男の顔。

 虫の動きに合わせてもようが変化し、その顔が、にやああ、と笑い顔になった。


 鬼だ。白い虫の鬼だ。


「柚子さんっ!」


 モネちゃんの叫びで、ぼうっとしていたわたしはわれにかえった。

 虫の鬼のつかんだところから、白い虫がつぎつぎと鉤ざおをはいのぼって、モネちゃんのほうへやってこようとしていた。

 モネちゃんはそれを、手にもったカンカン帽ではたきおとしては、革ぐつで踏みつぶしている。

 虫から出る汁は、うんだ傷口みたいな黄色だった。


「柚子さん、あれよ! あれを投げて!」

 モネちゃんが叫んだ。

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