第五階層・人面犬(4)

 階段をのぼりきってみても、廊下におじさんのすがたはない。

 だけどその代わり、いちばん近くにある教室の扉が開いていて、さっき見た赤いリードがはみだしていた。


「見てちょうだい。あのひもの先」

 声を殺して、モネちゃんが言う。

 さっき、リードの金具だと思ったそこには、にぶい金色をした大きなカギが結びつけられていた。


「カギ……!?」

「きっとあの扉のカギだわ。行きましょう」

 モネちゃんはトランクをたてのようにかまえると、じりじりとカギのほうへ接近しはじめた。

 わたしも、そんなモネちゃんの背中にかくれるようにして前進する。

 近づくにつれ、部屋の奥からは、ごそごそとなにかをかきまわす音が聞こえてきた。


(なにしてるんだろ)

 わたしはぐーっと首を伸ばして、扉の外から教室の中をのぞいてみる。


 教壇の横に、ゴミ箱が横だおしになっている。

 真っ黒いもじゃもじゃの毛におおわれた中型犬が、その中に頭をつっこみゴミをあさっていた。

 白い首輪から、だらんと赤いリードがのびている。


 モネちゃんは犬をこわがるそぶりもなく、そろりとしゃがんで、リードの先のカギに手をのばした。

 と、まるでその気配に気づいたように、黒い犬がふりむいた。


 体は濃い毛におおわれているのに、犬の頭には一本も毛が無かった。つるんと赤むけで、たるんだ肉がむきだしになっている。

 その顔は、さっき見たばかりの、おじさんの顔だった。


「みてんじゃねえぞお」


 さっきと同じ、タンのからんだ声でそう言うと、犬の胴体に対して大きすぎるその頭がぐらっとかたむいて、床に横だおしになった。


 わたしは頭のしんがジーンとしびれたようになって、動けない。

 黒い犬は、そのアンバランスに大きな頭をズルズルと引きずりながら、後ろ歩きでわたしたちのほうへせまってきた。


「逃げましょう!」

 そう叫ぶが早いか、モネちゃんはわたしの手をとって走りだす。

 後ろから、チャッチャッチャッチャッと犬の足音が追いかけてきた。

 同時に、大きな頭とリードを引きずる音。チリンチリンと鳴っているのは、リードの先端に結ばれたカギだろうか。


 モネちゃんはジグザクの廊下をでたらめに何度も曲がると、たまたま扉が半開きになっていた理科室へと飛びこんだ。

 大きな机の陰に、わたしを連れてするりとしのびこむと、音もなくトランクをおろす。


 数秒後、チャチャチャチャッという足音が理科室の前を通りすぎ、そのまま遠ざかっていった。


 足音が完全に聞こえなくなってから、止めていた息をほーっとはきだす。

 と、同時に、マヒしていた頭が動きはじめて、ドッと恐怖がおしよせてきた。

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