ニャンシャは「気分が乗らなくなっちゃった」と、席へ戻った。

「あとはあなたに譲るわ」

 と、ミランシアへ手の平を見せ、先をうながす。

 ミランシアはため息をつき、少々苛立ちながらたずねた。

「確認したいのだけれど、最初に書斎へ駆けつけたのは誰だったかしら?」

 キシンスが答える。

「イリオンだよ。僕の前に彼が来ていたから」

「その後は?」

「私とアレイド様、メロセリス様の三人です」

 執事の返答にミランシアはうなずいた。

「その次があたしで、最後にニャンシャとノエトね」

「銃声だって分かってたけど、何だか怖くて……みんなが上に向かうのを見て、ボクたちも後を追ったんだ」

 ノエトの隣でニャンシャも「そうよ」と、肯定する。

 疑う余地がないと判断し、ミランシアは続けた。

「誰がどこにいたのか、確認したいわね。最初に駆けつけたのがイリオンということは、彼は元々二階にいたってこと?」

 それぞれが困惑し、目を合わせたり視線をそらしたりする。

「誰も彼を見てないのだから、そういうことだろうな」

 と、アレイドは総意を口にした。

「やっぱり彼が怪しい、ってことになりそうだけど」

 キシンスがミランシアをうかがうように言うが、彼女は少しも臆せずにたずねた。

「彼が二階のどこにいたかは分からない。でも、彼が居間から出ていったのがあたしのすぐ後なら、犯行まで時間があることになる」

 はっとしてニャンシャが言う。

「そうよね。まずおじさまが出て行った時刻は、何分頃だったかしら?」

 答えたのは執事だ。

「三十五分頃だったと思います。私が夕食の片付けを終えて居間へ来たのが二十分で、そこからおよそ十五分後でした」

「その後にあたしは厨房へ移動し、勝手口から外に出て風に当たっていた」

「リオお兄様が出ていったのは、だいたい四十分すぎってところね」

「あっ、ボクがニャンシャと玄関ロビーに着いた時、時計は四十五分になってたよ。長い針が九のところにあった」

 と、ノエト。

「その後で僕がお手洗いに行ったのは、何時頃だったかな?」

「四十六、いえ、四十七分だったと思います。キシンス様に案内してほしいと頼まれる前、私は懐中時計を見ていましたので」

「その様子、私も見たわ。だから間違いない」

 メロセリスが援護し、ミランシアは息をつく。

「居間からお手洗いまでは廊下をまっすぐだから、行って戻ってきたとしても二分かからないわね。それから三人はずっと居間にいた」

「ああ、そうだ」

 アレイドが返し、ミランシアは腕を組んで考える。

「銃声が聞こえてから駆けつけるまで、それぞれの位置関係を考えると怪しい点はないわね。イリオンが違うとして、次に怪しいのはルーヴォだと思っていたのだけれど」

 再び疑いを向けられてタルヴォンは困惑と呆れの混ざった顔をする。

「ミランシアお嬢様、どうして私を疑うのですか? 何か理由がおありなのでしょう?」

 二人がにらみ合い、長テーブルの上を緊張が走った。

「あたし、聞いたの。ルーヴォに遺産を相続させるって、あの人が話していたのを」

 何人かが目をみはり、タルヴォンは否定をこめて言う。

「遺産目当てに旦那様を殺した、と言いたいのですか?」

「ええ、そうよ。あなたは三人でいたと言うけど、仲のいい二人なら口裏を合わせてくれるでしょう?」

「何を言うんだ、ミランシア。口裏なんて合わせてないし、本当にオレたちは一緒に居間にいたぞ」

 半ば怒りながらアレイドが言うと、意外にもキシンスが加勢する。

「僕がお手洗いに行ったのはたまたまだ。彼らが口裏を合わせているなら、事前に計画されていたことになる。だけど僕が居間を出ない可能性もあったんだから、計画されていたとは考えにくい」

「くっ……」

 ミランシアは悔しさをあらわにし、キシンスはさらに言い足した。

「三人がどれだけ仲がいいかは知らないけど、何か企んでいる風には見えなかった。第一、ルーヴォはそんなやつじゃない」

「私も同じ意見だわ。ミランシアだってルーヴォのこと、よく知ってるはずでしょう?」

 と、眉尻を下げながらメロセリスが言い、ミランシアは鼻を鳴らした。

「そこまで言うなら、彼を疑うのはもうやめるわ。だけど、それなら誰が犯人なの?」

 堂々巡りになるかと思われたが、アレイドが冷めた目を彼女へ向けた。

「あんたじゃないのか? イリオンと同じで、誰もあんたを見てないなら、だけど」

「なっ……そんなわけないでしょう!?」

 ミランシアの苛立ちがとうとう爆発し、彼女は悲鳴にも似た声で叫ぶ。

「あたしがあの人を殺すなら、息絶えるその瞬間までそばにいたわ! だって愛しているんだもの、最後の最期まで見ていたいに決まってるでしょう!?」

 その様子を想像したのか、誰かが小さく「うわ……」と、漏らす。

「お言葉ですが、旦那様の次に居間を出たのはお嬢様です。厨房にいたということですが、誰もその様子を見ておりません」

 形勢逆転、今度はミランシアが疑われて追い詰められる。

「誰も見てないのは当然だわ。さっきも言ったように、あたしは勝手口から外に出て、風に当たっていたの。寒くなってきたから中へ戻った直後、銃声を聞いたのよ」

 ミランシアへ注目が集まる中、ふいにノエトがニャンシャへ耳打ちをした。ニャンシャは目を丸くしてうなずき、全員へ向けて口を開く。

「ちょっと待って。キシンスに確かめたいことがあるの」

 名指しされたキシンスは片眉を上げてみせた。

「何だい?」

 ニャンシャは真向かいにいる彼を神妙な表情で見つめる。

「キシンスがお手洗いに行ったのは四十七分だったわね? それから銃声がするまで八分もある。ただお手洗いに行くだけなら、そんなにかからないと思うんだけど、あなたは何をしていたのかしら?」

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