懇親会の夜

「皆様、落ち着いてください。まずは警察を呼びましょう」

 冷静な執事の言葉の後、客人たちのざわめきはにわかに落ち着いた。かと思われた数秒後、銀髪の男が急に叫んだ。

「お、俺じゃない……俺はやってないぞ!」

 と、駆け出した彼に全員が注目する。

「おい待て!」

 体格のいいアレイドが追おうとするが、とっさにミランシアがぴしゃりと言った。

「やめなさい!」

 足を踏み出していたアレイドが動きを止めて振り返る。

「な、何だって言うんだよ」

 困惑したのは彼だけではなかった。玄関の方から乱暴に扉の開く音がし、犬の吠える声が聞こえてくる。

 ミランシアは冷静に言った。

「彼がどうして逃げたかは分からないけど、少なくとも犯人ではないわ」

 彼女の隣でニャンシャがひらめく。

「そうよ、お兄様は拳銃を手にしてなかったわ!」

「なるほど」

 相槌あいづちを打つのはノエトだ。

 執事のタルヴォンは納得しつつ口を開く。

「それより、警察を呼んできてもよろしいですか?」

 ミランシアはきつい目で彼をにらんだ。

「この中に犯人がいるかもしれないのに?」

 改めて言われると緊張が走り、キシンスが困った顔をして言った。

「でも、犯人を見つけるのは警察の役目だろう?」

「それくらい分かってるわ。あたしが言いたいのは、ルーヴォが怪しいってことよ」

 周囲がどよめき、執事は動揺を押し殺しながら返した。

「まさか。私が旦那様を殺すわけないでしょう? 拳銃だって持っていませんよ」

「すぐにどこかへ隠したんじゃなくて?」

 主従関係にある二人が黙ってにらみ合う。空気を割ったのはニャンシャだ。

「待って、ミランシア。こういう時はアリバイを確認するべきだわ」

 注目が彼女へと移り、ニャンシャは輪から外れるように一歩横へずれる。

「ここへ集まる前、どこで何をしていたか一人一人にたずねるの」

 どこか芝居じみた言い方は今の状況に不似合いで、不快でさえあった。しかし、そんなことを口にしたところで不毛だ。

「……何よ? どうしてみんな黙っているの?」

 と、ニャンシャが少々むっとした顔になり、アレイドが苦々しく言い返した。

「悪いけど、オレからしたらあんたも十分に怪しいんだが?」

「なっ……」

 よけいな争いが生まれる前に、すかさず執事は口を挟んだ。

「ひとまず場所を移しましょう。食堂へどうぞ」

 夜の街はひっそりとしている。銃声は近所にも聞こえたことだろう。近くの住民が警察に通報してくれることを願い、執事は先に立って歩き出す。


 タルヴォンを除いた六人が長テーブルを囲み、それぞれ好き勝手に席へ座る。

 ほんの数時間前まで屋敷の主人が座っていた席には、養女のミランシアが着いた。彼女の向かって左側にキシンス、一つ席を空けてメロセリス。右側にはニャンシャ、ノエト、アレイドが腰を下ろし、タルヴォンは少し離れた入口付近に控えていた。

「まずはアリバイだったわね」

「いえ、その前にここへ来てからのことを整理しましょう」

「ニャンシャ?」

 むっとした顔でミランシアは男爵令嬢をにらんだが、ニャンシャはがたっと席を立った。

「まず、わたしたちはパーティーの招待を受けて集まった。開始時刻は午後七時」

 分かりきっていることを、ニャンシャはまた芝居がかった口調で言う。

「それから食事を一時間ほどしたわ。そうよね、ルーヴォ?」

 急に名指しされて執事は驚きつつも、すぐに返した。

「はい、皆様の皿を片付けたのが八時十分頃でした。その時にはすでに全員、旦那様とともに居間へ移ってお酒を飲み始めておりました」

「そう、わたしたちは食後のお酒を飲んでいた」

「ボクは飲んでないよ」

 と、ノエトが口を出し、すかさず兄が頭を小突いた。

「その情報はいらない、黙ってろ」

 ノエトは不満そうにアレイドを見、ニャンシャが軽く咳払いをする。

「現在時刻は九時六分。おじさまの殺害されたのは、今からだいたい十分前」

「銃声が聞こえたのは八時五十五分よ」

 と、ミランシアが口を出した。

「あたし、厨房にあった時計を見たの」

「……十一分前ね」

 やりづらくなったのか、ニャンシャはテーブルを離れてうろうろと歩き始めた。

「次、お酒を飲んでいた時のことを思い出しましょう」

 ミランシアが眉根を寄せ、アレイドがため息を飲みこみ、キシンスは視線を下へ向けた。メロセリスは黙ったまま、タルヴォンもじっと口を閉ざしている。

 ただ一人、空気を読めないノエトがはっきりと言った。

「ケンカになったよね」

 ニャンシャが足を止め、小さな声で「そうね」と、うなずいた。気乗りしない表情で続ける。

「元はと言えば、おじさまが昔の話を始めたんだったかしら。それでキシンスが興味を示して、あたしたちは口々に思い出話をしていたわ。だけど……」

 自然と注目を集めたのはアレイドだ。半ばうんざりしたように息をついてから、彼は白状する。

「ああ、オレがぶち壊した。冗談のつもりだったんだ。酒に酔ってたのも悪かったな。――おじさんに、この中の何人に手を出したか聞いた」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る