第33話

 遠征から戻ってきた後、周海国にいたときにはほとんどしていなかった修練が再び始まった。

 幻堂もまだ夜のように暗い。早朝に、水雲は珍しく父親と共に修練を始めた。日がまだ昇らぬうちは、いつも占星術の練習をする。水雲はこの術が全くできないわけではなかったが、単純に好きじゃなかった。星の言うことを国の命運に当てはめるなんて、あまりにも的外れな気がして。だが、幻堂の縁側で水雲の隣に座っている、父親である時の伝声師は真面目腐った顔で、星の動きを観察している。

「水雲、あの赤く光っている星が見えるかい?」

 伝声師は北の方角にひときわ強い光を放っている星を指差しながら言う。水雲はあくびをしながらうなずいていた。この後に聞かれる言葉が何なのかまで予想しながら。

「じゃあ、あの星が何を伝えようとしているかわかる?」

 やっぱり。占星術の修行の時に、まず一番に聞かれるのは「星が見えるか」、その次は「その星が表しているのが何かはわかるか」と言う流れは決まりきっている。たとえ、水雲が先生術を信じるかどうかはお構いなしに。

「わかる」

「じゃあ、それはどういう意味なのかな?」

「赤く光るのは、血が流れることを表しています。それから、今星があんなにも強く光っているということは、そう遠くないうちに血が流れること。それが北の空にあると言う事は、北にあるどこかで血が流れることになる。でも、伝声国及びその周辺国全てを合わせても、伝声国よりも北にある国はありません。つまり、あの星は近々伝声国内で流れることを表している。それから、あの星の位置からすると、血が流れるのは伝声国の中でも特に北側にある宮殿でしょうね」

「うん。よくできている。でも、星が北にあるから、とは言え、血が流れる場所がどうして宮殿だと思ったんだ? 確かに、宮殿は伝声国の中でも特に北にある。でも、私たちが今住んでいる幻月観は、宮殿よりもさらに北にあるだろう? あの星が表しているのが幻月観のことだと思わなかったのか?」

「思いませんでした。幻月観のことを表していたら、あの星は極点にあるはずです。でも、あの星は、極点よりもわずかに南の位置にある。ということは、あの星が表しているのは幻月観ではなく、幻月観と壁だけを隔てて南に位置している宮殿と言うことになります」

 伝声師は満足げに数回うなずいた後、わしゃわしゃと水雲の頭を撫でた。だが、すぐに、顔に浮かべていた味を抑えて、再び真面目に水雲に聞いた。

「それなら、宮殿で血が流れるのはいつなんだろうか?」

 水雲は赤い星を見ながら、少しだけ考えた。明日にでも起こる可能性のあることを星が伝えようとしている場合、伝声師や神女、神人らの目に映る星の輝きは、それを見ている自分の目に刺さりそうなほど刺激の強いものだ。だが、今水雲の視界にあるその星の輝きは、あくまでも比較的強い光であって、刺されそうなほど、ではない。

「長くて五年、短くて三年」

 水雲は全く自信なく答えたが、それに反して伝声師はまた満足げに大笑いした。だが、水雲の占星術に対する自信のなさが伝わってしまったのか、その日一日の修練は、すべて占星術だった。

 ただ、ひたすらに伝声師の言う星の特徴を聞いてばかりの退屈すぎる修練が終わった後、伝声師と共に、幻堂と幻月観をつなぐ端へ向かって歩こうとしたときに、水雲はふと思い出して聞いてみた。

「そういえば、父上、一つ聞きたいのですが、私たちは梨以外のものは食べられないのですか?」

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