第1話 【5月10日(金)晴れ】自称恋愛マスター

「好きだ。俺と……付き合って欲しい!」


 放課後の教室で、俺……火村ひむらかけるは一人の女子生徒に告白していた。


 相手は保育園のときからずっと一緒で、家もお向かいさんで……。

 ずっと一緒に……それこそ家族のように育ってきた女の子だ。


 それも良かった。

 

 だけど、もっと形に残るちゃんとした関係になりたかった。


 彼女と幸せになりたかった。

 彼女を幸せにしてあげたあった。


 今回の告白を成功させるために、俺はとある手段で自分を磨いてきた。


 それは――


 あらゆるラブコメを読み漁り、アニメを観まくり、乙女心を完全に理解することだ!

 

 その努力のかいもあって、俺はもう恋愛マスターと名乗って差し支えないレベルの男に成長した。


 時代を問わず、ラブコメ漫画やライトノベルは絶対チェックして。

 ラブコメアニメは深夜まで起きて欠かさず観て。

 観れなかったものは録画をして。


 くぅ! 俺、男磨いてるぅ!


 そうしてレベルを上げまくった俺は今。


 五月の春、ついに告白に踏み出した。


 特別な演出なんていらない。

 素敵な場所なんか必要ない。


 あくまでもシンプルに、自分の想いをドストレートに伝える。


 それが俺の作戦だった。


 ま、正直……勝ちは確認している。


 だって、相手も俺のことが好きだろうし。

 

 家族のようにずっと一緒に育ってきて、高校まで一緒なんだぜ?


 それはもう運命と言っても過言ではないだろう。

 所謂一つのディスティニー。


 さぁ、俺の想いに応えてくれ!


 目の前の立つ幼馴染……朝日奈あさひなかえでは恥ずかしそうに俺を見ている。


 ふっ、その反応……勝ったな。


「えっと……ごめん。駆くんのことを……そういう対象として見たことなくて」


 見たことなくて――


 見たことなくて――


 見たことなくて――


 こうして俺の一世一代の告白は、見事フラれる形で終わったとさ。


 めでたしめでたし。


 × × ×


「あぁぁ……あぁ……もうダメだ……俺はもうダメだ……」


 翌日、五月十日。金曜日。


 昼休み、俺は学園の中庭に設置されたベンチに一人座り、項垂れていた。


 最悪だ……。

 まさかフラれるなんて……全然想像していなかった。


 フラれたことで気まずくなる……といったことなく、彼女……楓は今日も朝から気さくに話しかけてくれた。

 

 まぁ、気まずくないのは向こうだけで……俺は無理だったけど。


 顔を合わせるたびに昨日のことがフラッシュバックして、まともに楓と話をすることができなかった。


 はぁ……バカだなぁ。

 なにやってんだ俺……。


 勝手に勘違いして、勝手に舞い上がって……。


 このまま太陽の光で溶かされようかなぁ……。


 ドロドロドロドロ――


「……なんて顔してんの? 駆」


 今にでも土に還りそうだった俺に、誰かが声をかけてきた。


 見上げるとそこには、スーツ姿の大人の女性が立っていた。


 黄色がかった茶髪を、ポニーテールにしていて。

 やる気のない目をしているが、顔は整っている。


 それに、身長も高く……スタイルもいい。


 簡単に言えば……そう、美人だ。


「……え、ともえ姉さん?」


 俺はこの美人のことを知っている。


「学校では金森かなもり先生って呼べって言ってるでしょ」

「いたっ」


 俺の頭にビシッとチョップを繰り出してきたこの女性は、金森巴。


 この学園の教員であり、俺の従姉だ。

 母親の姉の子供がこの人……というわけである。


 兄妹がいない俺にとっては、まるで本当の姉のような人だった。


「んで? こんなところでなにしてんの。話くらいは聞いてやるけど」


 巴姉さんは俺の隣に座った。


 昨日のこと……話すべきなのか。

 それとも……なにも言わないほうがいいのか。


 楓に告白して、フラれた――なんて。


 どうせバカにされるだろうし。


「当ててやろうか?」

「……え?」


 なにも言わない俺を見て、姉さんがニヤっと笑う。


「楓ちゃんに告白してフラれたでしょ」

「はっ、ちょ、はぇぇっ!?」


 えぇ!? なんでバレてるの!?


「あ、もしかして図星?」

「ちちちちちち、ちっ」

「違うの?」

「違く……ないです。そうです。無様にフラれました」


 諦めて俺が頷くと同時に、姉さんは楽しそうにケラケラ笑い出した。


「ふ、くくっ……! あんたフラれたんだ……ふふっ……!」

「人の悲しい事件を笑わないでくれる!?」

「ごめんごめん……! だって面白くて……ふっ……!」


 その後、腹を抱えてひとしきり笑ったあと、姉さんは瞳に浮かんだ涙を指先で拭った。


 涙出るまで笑ってなんだよ。

 失礼すぎるでしょ。


 そして姉さんはなにかを考え込む仕草を見せて「あっ」と声をあげた。


「そういえばあんたさ、自分を恋愛マスターとかぬかしてたよね?」

「ぬかすとか言うな。バッチリ恋愛マスターだわ」


 これまでラブコメをどれだけ観てきたと思ってるんだ。

 恋愛マスターだぞ俺は。


「でもフラれたじゃん」

「ふぐぅ!!!」


 もうやめて!


 もう駆くんのライフはゼロよ!


「で、そこで……なんだけどさ」

 

 姉さんはピンっと人差し指を立てて、話を続ける。


「あんた、人の話聞くの好き?」


 人の話……?


 急になんだろうか。


「え、あぁ……嫌いじゃないけど」

「そ。なら放課後、連れて行きたい場所があるから一緒に来な」

「え? 放課後? 連れて行きたい場所?」

「それじゃあね。元気出せよ、従弟おとうとよ」


 ふっと柔らかく微笑み、俺の肩をポンッと叩く。

 そのまま姉さんは手をヒラヒラっとさせて、立ち去ってしまった。


 その綺麗な表情に、俺は思わず見惚れて――

 

 じゃない。

 危ない危ない。

 騙されるな火村駆。


 そんなことより、姉さんが言っていたことのほうが大切だ。


 俺を連れて行きたい場所があるって言ってたけど……なんの話なんだ?


 それに、人の話を聞くのが好きとか……なんだとか聞いてきたし。


 うーむ……。全然分からん。


 まさかヤバいところに連れ込まれたりしないよね? 大丈夫だよね?


 怖いからコッソリ逃げ……られないんだろうなぁ。

 仮に逃げられたとしても、そのあと絶対恐ろしい目に遭うし。


 ちょっと怖いけど……。


 ここは姉さんの言うことに従っておこう。


 × × ×


「姉さん。ここって部活棟だよな?」

「金森先生だ。……うん、そうだよ」


 放課後、姉さんに連れられて俺はとある場所まで来ていた。

 

 そこは部活棟で、主に文化部の部室が集まっている棟だ。

 

 三階まで登り、そのまま姉さんは一番奥の部屋まで歩いていく。

 そして……立ち止まった。


「あんたを連れて来たかった場所は、ここ」

「……え?」


 一番奥の部屋……その扉には、部活動の名前が書かれた表札が付けられていた。

 

 俺はその名前を見て……思わず目を疑った。


 なぜならば、こんな部活動が存在していたなんて知らなかったからだ。


「あんたにはこの部活に入ってもらうから。よろしく」


 あぁ、なるほど。


 だから俺をここに連れて――


 え?


「え?」


 この人、今なんて言った?

 

 部活に……入ってもらう?

 え、俺が? この部活に?


 ……なんで?


「ちなみに拒否権は――」

「ない」


 ですよねぇ!


 あんた昔っからそうだもんなぁ!


 俺は改めて扉の表札に目を向ける。


 そこには、こう書かれていた。


 『恋愛相談部』。


 このときの俺は、思いもしなかった。


 まさかここでの経験が、俺のなんてことのない高校生活を彩ってくれることになるなんて。



 ここは私立学園。


 なんてことのない都内の、なんてことのない私立高校。


 ここでは、なんてことのない生徒たちが日々穏やかに過ごしている。


 そんな真曜学園に設立された一つの部活動。


 『恋愛相談部』。


 これは、なんてことのない俺たち『恋愛相談部』の……活動日誌だ。

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恋愛相談部活動日誌 ~負けヒロインが恋愛相談ってマジ?~ 緑里ダイ @dai0624

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