第20話 知らない感情
今日は二話更新でこの話は一話目です。
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(……しかし、分からないな)
『――真実を伝えることも出来ません。そんな恩も恥も知らない真似、出来るはずがないのですから』
……そんな、テルネリカの言葉を思い出しながらコノエは悩む。
物見塔の端に立ち、森と街を見下ろしながら。森にはナイフを、街には疑問を込めた目を向けていた。
あのとき、コノエはテルネリカの加護について聞いただけだった。
それがなぜ恩も恥も知らないことになるのか。説明することすら許されないとはどういう状況なのか。
「……」
コノエは分からなくて、しかし、テルネリカから聞かないでと言われていた。
だから、コノエは物見台の上から金髪の少女を先頭とした集団が枯れた畑に移動するのを、ただ、見ていた。
◆
――その後、すぐに種の捜索が始まった。
テルネリカはコノエの元を離れ、住民たちの先頭に立った。
その間、コノエは一人物見塔の上にいた。
先の件について少し悩みつつ、一人で森の深い場所までナイフを打ち込んでいた。そして時折、畑の周りに人が集まり土を掘り起こす姿を遠くから見たりもした。
テルネリカがいないのは久しぶりで、少し違和感を覚えたりもして。
静かで、妙に風の音が強く聞こえて。……でも、まあこの十日位ほぼ四六時中近くにいたし、突然いなくなったらそんなものかなと思った。
問題があるかと聞かれれば、それはない。
当然だ。コノエは子供じゃない。途中にはテルネリカが用意していたお茶を勝手に一人で飲みつつ、いつもより少し頑張って魔物を狩って――。
「――ただいま戻りました」
「……ああ」
日が沈んだころ、テルネリカが帰ってくる。
その姿は所々土に汚れていて、表情はいつもの笑顔で――でも、動きに疲れが見て取れる。足が重そうで、少しではあるけれど、ふらついているのが分かった。
……無理もない、そう思う。
遠くから見ていたけれど、種の捜索作業はほぼ全てが手作業だった。
魔法を使っておらず――土魔法どころか身体強化魔法もテルネリカを含む一部の者しか使っていなかった。あれには何の意味があるのだろうとコノエも不思議で。
「……聖花の種はとても繊細ですから。ちょっとした魔力でも傷つく可能性があります。例外は森の神の加護を受けている者だけで……それ以外は、万全を期すならば魔法は使えません。魔道具もです」
「……なるほど」
問いかけると苦笑するテルネリカからそんな答えが返ってくる。コノエはそれに、なるほどと思った。
この世界のありとあらゆる生物は植物を含めて固有の魔力を持っている。そして
なので、まあ仕方ないかとコノエも思い――。
――しかしそれはあまりにも大変な話でもあった。
いや、ほぼ手作業で街中に幾つもある畑を掘り返すなど、流石に現実的ではないのでは?
「それでも、やるしかありません。それしかないのですから。……あまり根を深く張る植物ではないのが唯一の救いですね」
テルネリカはそう言って笑う。そして、軽く咳払いをして佇まいを直し、『では、午後はコノエ様に何もできませんでしたが、何かご用命があれば』と続けた。
コノエはそれに首を振りつつ、部屋に戻ってゆっくり休んでくれと返し、軽く治癒魔法と浄化をかけ、少女の部屋まで連れていく。
「……ふぅ」
軽く息を吐いた後、街の周囲を軽く探知する。
問題ないことを確認して、さっさとベッドの中に入って――。
◆
――そして、翌日。
畑では捜索が続いていた。その日は朝からテルネリカは畑に行っていた。
作業は前日と変わらずほぼ人力で、作業はなかなか進まない。
しかし、それでも皆懸命に行動していた。
一つ掘り起こして、確認して。
また一つ掘り起こして、確認して。
種を探して、ようやく見つけて、でもその種も死んでいて。でも諦めずに次へ行って。
可能性のありそうな場所を探して、街中を歩き回って、また掘る。
住民たちはそれを延々と続けている。
掘り返しても掘り返しても出てくるのは腐った種だけで、生命の気配は全くなくて、聖花の種どころか雑草の種すら腐っていても。
「……」
コノエは、それを物見塔の上から見ていた。
金髪の少女を中心に一団になって行動する姿を見ていた。
進みは遅くても、一つ一つ着実に。
諦めず、前に進み続ける姿を見ていた。
「……?」
そのうちに、コノエは気付く。
段々と畑の人の数が増えている。夕方ごろに確認すると、昼の倍は居る気がした。彼らはどこから出てきたのかと思って。
……そんなとき。街で作業していた男の叫び声が聞こえてくる。
大きな声で終わったと叫ぶ声。コノエの視線はその男に向けられる。
今日の仕事は終わりだと、残りは明日だと叫ぶ男。その男は最後にもう一度作業場を確認して、近くで働いていた別の男に声をかけて――。
――そして、畑へと走っていった。
家でもなく、休憩所でもなく、枯れた畑へと走っていく。そして、捜索している集団に混じり、同じように作業を始める。日が暮れるにつれて人が減るどころか、どんどん増えていた。
そんな人間が何人も何人もいた。
人が増えて、作業が段々と早くなっていく。
最終的に、結界塔の修復を行っているもの以外はほぼ全員が畑へ向かって、皆で協力して捜索を行っていた。
「――」
――コノエは、そんな街の人々を遠くから見ていた。
外れた場所から、物見塔の上から、ただただ彼らに視線を向けていた。
コノエは彼らを、ぼうと眺めていた。
皆で一団となる姿に、少し目を細める。子供たちも混ざって笑い合っている姿に、しばし視線が留まる。
そんな中、コノエだけは一人、屋上にいた。
彼らの輪の外に居て、外から彼らを見ていた。
コノエは一人、離れた場所で魔物の討伐をしていた。
力にはなっているけれど、協力はしているけれど、一人だけ違う場所で。
輪に入らず、ただただ自分の仕事を真面目にこなし続ける。
それは、悪く見ると仲間外れにも思えるような状況でもあって。
「……」
……でもコノエはそのことに何も思わない。
だって、それがコノエの人生だった。人の輪の中に入らず、いつも遠くから見ていた。
人を信じられず、共には歩めず、薬に頼ろうとするような人間だった。
だからコノエにとっては、これが普通だ。
強がりでもなんでもなく、コノエはそこに何の感情も抱かない。むしろ元気な子供たちに好意的な感情すら覚える。
「……」
だから、しばらくぼうっと見た後、普通にコノエは彼らから目を逸らす。
そして少し休憩しようと物見塔の真ん中に置かれた椅子へ顔を向ける。
それは誰も座っていない椅子だ。座ると右にも左にも余裕がある。
コノエはその事実に、広いなと思う。
つい昨日まで、テルネリカがいたころはもっと狭かった。
彼女がいたときは、もっと狭くて、触れないように座るのが難しくて。
肩が触れて、体温が伝わってくるような、そんな感じだった。
すぐ傍で、あの子は微笑んでいた。
「……」
――脳裏に少女の笑顔が浮かぶ。
だから、ふと、コノエは畑の方を見る。
そこには、多くの人々に囲まれたテルネリカがいた。人に囲まれて、頑張ったり笑ったりしていた。
そんな姿をコノエはなんとなく見る。
昨日の午後から、物見台の上はずっと静かで。
「…………………………?」
――あれ、とコノエは思う。
胸の辺りがざわざわとした。
なんだろうと思う。不思議だった。
コノエはそこで初めて、自分の中に知らない感情が芽生えるのを感じたんだ。
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