第13話 家族と結界


 コノエはどうしてテルネリカの家族と会ったことがないのか。

 街に着て十日後の今日、初めてコノエは疑問に思う。


(……もしかして、死んだ?)


 コノエが最初に思いついたのは、それだった。

 この街に転移門で飛んできたあの日、この城の中は死地だった。魔物達は我が物顔で城を歩き回り、人は城の最奥である謁見の間に立てこもることしかできなかった。


 多くの騎士が魔物と戦って死に、また、逃げきれなかった民も犠牲となった。

 あのとき、城では数百を超える犠牲者が出ていた。


(……その中にいたのか?)


 可能性はあると思った。貴族は基本的に最前線で戦う。

 神の加護を受け、幼少の時より鍛え上げる。民を守り、そして邪悪を打ち滅ぼすのが貴族の役目だった。


 なので、やはり十分にあり得る話で……


(……しかし、疑問もある。先日の葬儀だ)


 コノエは二日前に行われた葬儀を思い出す。

 城や街から運ばれた遺体を合同で葬儀した。コノエも顔を出して、この世界の方法で冥福を祈った。


 ……でもその中に、貴族らしき名前はなかったように思う。

 騎士と民は分かれて名前が並んでいた。当然、貴族なら分けて扱われるはずだった。


「………………」


 わからない。テルネリカの家族がどうしているのか。

 しかし、さすがのコノエもテルネリカの直接聞くのは気が引けた。もし本当に亡くなっていたら、傷口を抉ることになりかねない。それくらいの気遣いはコノエにもできる。


「……」


 どうしようかとコノエは悩んで――。


 ◆


「――ではコノエ様、失礼いたします」

「……ああ」


 しばらくした頃、テルネリカが茶器を抱えて部屋から出ていく。

 それをコノエは見送って、チャンスが来たと思った。


「……」


 コノエは部屋をこっそり抜け出す。

 そして、事前に察知しておいた年配のメイドらしき気配の元へ向かった。


「……少し、聞いてもいいだろうか」

「……!? アデプト、様。――はい、何の御用でしょうか」


 メイドは突然現れたコノエに目を白黒とさせ――すぐに落ち着いて微笑を浮かべる。

 驚かせてしまったことを反省しつつ、その落ち着いた佇まいと切り替えの早さに流石本職だなと思ったりもして。


「……テルネリカの家族について聞きたい」


 コノエは、そう問いかける。そして、なぜこの城にいないのかと続けた。

 するとメイドは微笑んだまま、小さく頷いて。


「姫様のご家族――シルメニア家のご当主様と奥方様、そして若様は、封鎖結界を張り、それを維持しておられます」

「……封鎖結界?」

「はい。シルメニア家の方々は、迷宮の氾濫をまず第一に抑えることをお役目としておられます――そのため今この時も、迷宮の門で結界を張り、瘴気や魔物から我らを守って下さっております」


 メイドはそう、胸を張って言う。

 コノエはそれに一つ頷く。


「……なるほど、そういうことか」


 ◆


 ――これは、そもそもの話になる。


 魔物などと言う人類の敵が闊歩する世界、それもヘカトンケイルや風竜などの災害級の魔物までいるような世界で、どうして人は生存圏を保っていられるのか。どうやって、街を作り、維持してきたのか。そういう話だ。


 アデプトのおかげだろうか? いいやそれは違う。

 アデプトは人に比べて数が少なすぎる。緊急時にこそ力を発揮するが、普段から人を守るようなことは出来ない。


 強大な魔物はいつどこに現れるかもわからず、アデプトが移動するための転移門は使用までに時間がかかる。数時間という起動時間は、腕や翼の一振りで街を破壊できる魔物達を前にすれば、絶望的なまでに長い。そんなものを待っていたら、村や小さな街は簡単に滅んでしまう。故に、人を守ってきたのはアデプトではなく別の物だった。


 ――それが、都市結界だ。


 神より与えられた、邪悪より人を守るための力。

 人の世界を、後の世まで続けるための力。


 この世界では町や村には結界塔と呼ばれる建造物がある。

 結界塔は神の加護を受けており、結界術者の力を極限まで強化する触媒として働いてくれる。結界術者は交代で常に街に結界を張り、その強度は災害級の魔物であってもある程度は弾ける位の力を持っていた。


 そう、風竜であろうとも、ヘカトンケイルであろうとも、だ。

 というか、シルメニアの街が迷宮の氾濫に襲われてから十五日間生き残っていた理由がそれだ。


 汚染された後の十五日間の大半を、この街は結界に守られていた。しかし、術者が死病に倒れたこと、そして数多の魔物達からの攻撃を受け続けたことで消耗したこと。それが重なった結果、ああなってしまった。


 この世界では結界があるからこそ、人は生きていける。

 結界術師は多くの人々にとって、最も身近な守り手であると言えるだろう。だから現在のシルメニアの街でも結界塔は最優先で修復中だった。


 ――そして、この前提を元に、次に出てくるのが封鎖結界についてだ。

 要するに、テルネリカの家族が今していることになる。


 封鎖結界は、都市結界の一つ上のものになる。

 その違いがどこにあるかと言えば、瘴気を通すか否かということだ。街の結界は瘴気を通してしまう。封鎖結界は、瘴気を通さない。


 封鎖結界は、氾濫を始めた迷宮を抑え込むためのものだ。

 瘴気と魔物を吐き出し始めた門を最初に閉じ、それ以上溢れてこないようにするもの。


 これがあるかどうかで、迷宮氾濫の被害は大きく変わる。

 封鎖結界がなければ瘴気は際限なく吐き出され続け、魔物が地を埋め尽くす。


 今、シルメニアの街の周囲の瘴気が減っているのも、封鎖結界が街近隣の迷宮の入り口を閉じているからだった。


 ◆


(……なるほど、封鎖結界の術師だったのか)


 コノエは納得する。そして、それなら街にはいないだろう、とも。

 きっと今頃は、この地域のどこかに開いた迷宮の門の前で結界を張っているはずだ。封鎖結界を統括するのはこの地方の大貴族なので、その指揮下で働いているのだと思う。


「……」


 ――しかし、そうなると。

 コノエはふと思う。この街は……。


(……封鎖結界の術師が治める土地なのに見捨てられたのか)


 それは、少し不思議に思う。封鎖結界は誰にでも使えるものではない。その術師はアデプト程ではないけれど数が少なく、ある程度は優遇があるはずだった。


「……」


 ……ただまあ、人口の差が大きければそういうこともあるのかもしれない。


 情に流され、一万人都市を見捨てて五千人都市には救援は送れない。

 この世界の貴族は神と契約し、強力な加護と莫大な富と権力を得る。そしてその代わりに邪悪より民を守り、国力を上げ、いつかは邪神を討滅する義務があった。その契約の前に私情を出すことは出来ない。


 ……この世界の貴族は、色々と縛られて生きている。



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