第12話 壊れた街
テルネリカが淹れてくれたお茶を飲んだ後、コノエは街に出ることにした。
二人で部屋にいると少しどうしていいか分からない気がしたからだ。
「……」
コノエは当然のようについてくるテルネリカと共に、城の正門から出て街へ一歩足を踏み出す。
城の門を守る衛兵に軽く手を上げて挨拶をし、忙しそうに走り回る人々の横を通り抜けた先には大きな通りがある。
シルメニアの街、城門前の大通りだ。
多くの店が軒を連ねた街一番の繁華街だった場所。かつては出入りする商人や冒険者達が行き交い、大層賑わっていたらしい。
……そう、らしい、だ。今は違う。
右も左も瓦礫の山だけが続いている。魔物達――特にヘカトンケイルによる破壊の傷跡だった。何もかも踏みつぶされてしまっていた。
見渡す限り、無事な所の方が少ないような状況。
遠くに見える畑も枯れ果てていて、茶色い土の色だけが見えていた。
「……」
――シルメニアの街は、聖花の街と呼ばれていたらしい。
聖花とは、神の加護を強く受けた聖なる花のことで、シルメニアはその花の栽培を大規模に行っていた街だったと聞いた。
歴史は長く、数千年は優に超えるのだとか。
エルフのような長命種がいるこの世界でも一際長い歴史を持つ街だったようだ。建物にも文化的に価値が高いものが多く、考古学者が訪れることもあった、とテルネリカは言った。
古くからある建物を、皆で大事にしてきたの街なのだと。
協力して資料を残し、遥か昔の建築法や栽培法を守ってきたのだと。
……そして、その全てが破壊されてしまったと。
聖花も瘴気に汚染され、枯れてしまったと。そして、保管していた種すらも腐り果ててしまったと、テルネリカは唇を噛みながら言っていた。
「……」
……それが、現状のシルメニアの街だった。
街はもう跡形もなく、瓦礫の山ばかりが残っている。
この世界には魔法があり、復興にかかる時間が地球より短いとしても、街中の瓦礫を撤去するだけで季節が一つくらいは終わってしまいそうだった。
その後にまた街を再建するとなれば、一体どれだけの時間がかかることか。
仕事が減ってきたコノエとは違い、住民たちはこれからが本番だ。
それでなくても死病に苦しみ、地獄を見た街の住民達だが、苦難はまだ去っていない。
住民たちは過酷な状況で暮らしている。食料は城に備蓄してあったものの、住む場所がない。街の家はかなりが崩壊し、多くの人々が城の中で雑魚寝するようにして暮らしている。ゆっくり眠れるベッドすらない状態だ。
きっと、酷く疲れているだろう。苦しんでいるだろう。
そして、人は苦難が続けば心が折れてしまう。
……その結果、心が折れた人間が何をするかというと――。
「――」
……そこまで考えて、コノエは小さくため息を吐く。
思考が段々とマイナスに傾いていく己を自覚する。
コノエは知っている。心が折れた人間は理由を探し始める。
諦める理由。もう頑張らなくてもいい理由。ストレスの矛先を探し始める。
そうなれば一番最初に理由になるのは弱者だ。
虐げられるのは、弱者だ。己だけでは身を守れない子供たちや老人。
――幼い日、親に見捨てられ、誰にも頼れなかったコノエが石を投げられたように。
「……」
コノエは、もう一度街を見る。復興は、既に始まりつつある。
人影は少ないが、そこら中を忙しなく人が走り回っていて、通りは資材を乗せた台車が行き交っている。
破壊された道の補修に、崩れた建物の瓦礫の撤去作業。
そしてなにより、街の
すれ違う街の人々の顔は上がっていて、表情に諦めは見えない。
どこかから力強い掛け声も響いて来る。
懸命に前を向く彼らの姿をコノエは見て……。
「……」
……しかし、それもいつまで続くだろうか、と。
コノエはかつてを思い出し、乾いた感情で思う。
いつも部屋の隅で丸まって泣いていた自分。
弱者だった自分。誰にも助けてもらえなかった自分。
……今は街の者達もやる気があるかもしれない。
でも、数日後には分からないとコノエは思う。
疲労は積み重なっていく。苦しみはいつまでも終わらない。そうなればその先には、と――。
◆
――なんだか嫌な気分になったのでコノエはまた自分の部屋に帰る。
何のためにわざわざ街まで行ったんだという気もするが、帰り際に怪我人がいてその治療をしたので意味はあったということにしておいた。
「コノエ様、どうぞ」
「……ああ」
予想外に負に傾いた思考を忘れるために、コノエはテルネリカの淹れたお茶をまた飲みつつ、献上品のクッキーをつまむ。
クッキーはつい先ほど貰ったものだった。形が不揃いで所々焦げたそれは、復興に携われない老人と子供たちで作ったものだそうだ。テルネリカとコノエに是非と持ってきたものになる。
それにコノエは、手作りのクッキーとか初めて食べるなと思いつつ、一枚二枚と口に運んでいく。そんなコノエをテルネリカはニコニコと笑って見ていた。
「では、私も少し頂きますね」
「……ああ」
そして、テルネリカもクッキーを手に取る。
普段はメイドだからと席に着こうとしないテルネリカも、今回は姫へと持ってきた物なので、せっかくだからとコノエが勧めていた。
「……」
テルネリカはクッキーを食べる。そして紅茶を口に運ぶ。
その様子をコノエはなんとなく見る。
――綺麗な動きだな、と思った。
音も立っていない。カップを手に取るときも、口をつけるときも、カップを置くときもだ。上流階級っぽい食事の仕方だ。育ちが出ていると感じた。
「……美味しい。あとで皆にお礼を言っておかなくちゃ」
呟くテルネリカに、コノエは目を細める。
綺麗な食事姿。そして、やはりこの子は貴族なのだと思う。なんか数日ずっとメイド服を着ているけれど、目の前の少女はこの街の領主の娘なのだと。
「……」
なぜこの子はメイド服なんて着てるんだろうな、とコノエは思う。
というか、領主の娘をメイド扱いするって傍から見てやっぱりどうなんだ? とも。
この世界の貴族は、地球に過去いた貴族とは大きく違う。
制度も違えば、役割も違う。この世界の貴族は、邪悪を討ち滅ぼすために神と契約した者達のことだ。神によって強い加護を与えられた一族。
だから、メイドのように加護を必要としない仕事に貴族は就かない。昔の地球では身分がより高い家でメイドをする貴族令嬢もいたそうだが、この世界にはいない。メイドはメイドをする本職がいる。身辺警護をする女騎士はまた話が別だが。
……そんな貴族の役割がはっきりしている世界で、テルネリカをメイド扱いしているコノエ。それはこの街の住民からどう見えているのか。
ここ数日見た感じだと、テルネリカは街の住民から愛されている。道を歩けば姫様、姫様と人が寄ってくることも多い。今日みたいに献上品をもらうこともある。
慕われている姫を、メイドとして顎で使う男。
冷静に考えると、それが今のコノエだった。
……これは大丈夫なのだろうか。
少し不安になる。裏で変な噂を立てられたりしていないだろうか。色ボケとかろくでなしとか。
「………………」
コノエは、どんどんネガティブになってくる。
先程嫌な気分になったからだろうか。コノエの本性が顔を出している。
過酷な訓練や危機的状況で抑えられていたコノエの本質。マイナス思考で、疑り深く、悪意ばかりを見る。目の前の人を信じられず、ついには人より薬なんかを信じた。それが、コノエという人間だった。
「…………テルネリカ」
「はい、なんでしょう!」
「……その、だな」
少し不安になってきたコノエはテルネリカに問いかける。
最近、コノエの悪い噂が街で広がっていないかと。変な目で見られていないかと。
そして、もし噂があるようなら。
それを理由にテルネリカのメイドも断ろうとも思っていた。
「……………………コノエ様の、悪い噂? そのようなもの、あるはずがありません」
「……そうか?」
ぽかんと口を開けて数秒呆然とした後、テルネリカが言う。
心底理解できないという顔だった。なに言ってんだこいつ、みたいな。
……そんなに変なことを言っただろうか。
「この街の者は皆、コノエ様に命を救われたのです。あの七日間のコノエ様の献身を忘れる者など居るはずがありません」
「……」
「街の者は皆、コノエ様を敬い、その御恩に報いるだけの働きをしようと努力しております。どうかその姿を見ていただければと」
……命を助けた、か。それはまあ、間違いない
コノエは引き受けた仕事を真面目にこなしただけなので、献身というのは全然違うが。
確かに、コノエは街の住民を全て治療した。
恩を感じている者も居るだろう。それは多分そうだ。
しかし、その一方で人間とは恩なんか忘れる生き物でもある。少なくとも、コノエはそう思っている。
喉元を過ぎれば、熱さなんて忘れる。だから、あれからもう数日経っているし結構な人数が忘れてるんじゃないかとコノエは思う。人は自分が一番大事で、身勝手なものだ。かく言うコノエが欲望に任せて惚れ薬奴隷ハーレムを作ろうとしているように。
「……」
……まあ、目の前のテルネリカは。
なんだかよく分からない感じだけど。
『――私の体など、……どうでも、いい!』
『――時間が、ないのです! 我らの街が、……ごほっ、滅びかけているのです!』
コノエは、十日前のあの日、血を吐きながら叫んだ姿を思い出す。
死にかけても諦めず、己ではなく他者のために行動し続ける姿を。コノエの知る人間とは違う姿。
――コノエには、テルネリカが理解できない。
「……そうか」
「はい、そうです」
コノエは、とりあえず頷きつつ手元のお茶を啜る。
テルネリカはそんなコノエを首を傾げながら見ていて……。
「……」
しかし、恩とかはともかく、話を戻すことにして。
なんにせよこのメイド服は問題じゃないだろうか、とコノエは思う。なんとなく受け入れていたけど。
どうして誰も止めないのだろうと疑問だった。
貴族令嬢がメイドの真似事なんて、周囲の人やそれこそ家族は普通止めるものなんじゃないかと――。
「――?」
――うん? あれ?。
……そういえば。
(もう十日も経つのに、テルネリカの家族、見たことないな……?)
コノエは今更ながら、そう思った。
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