第1章【3】

 次に話を聞く宮廷騎士ニクラスはまだ若いが、次期副隊長として期待されている。騎士としての能力は充分で、もし反乱軍の指揮を執るとしたら注意しなければならない人物だ。

「ニクラスは街の自警団出身で、紛争の際に腕を買われて宮廷騎士になったんだったね」

「はい。ただ、腕は立ちますがまだ若いので、幹部として選ばれれば反発する騎士も少なくないでしょう」

 宮廷騎士は完全実力主義の世界だ。年功序列というものは存在しない。しかし、自身より若く配属されたのが遅いという点で反発する者はもちろん存在するだろう。それでも、宮廷騎士隊を管理する者の決定に抗える者はいないのだが。

 騎士の詰め所から、ニクラスが駆け足で出て来る。明るい金髪と青色の瞳が鮮やかで、活発な人間性を思わせる。

「お呼びですか?」

「ああ。勇者戦について意見を聞いておきたいと思ってね」

「はい」

「勇者パーティには、勇者、騎士ふたり、魔術師三人、魔法使いがひとり居る。どういう戦術を執る?」

 よくある物語では、勇者パーティは四人程度という印象だが、七人いるというのはロザナンドには少々多いように思える。戦術が物を言うだろう。

「魔術師と魔法使いの制圧が先決ではないかと。宮廷魔法隊の編成が必要になります。まずは騎士隊を先鋒に、能力値を探るべきではないかと思います」

「そう。勇者パーティの情報はラーシュに伝えてある。協力して戦術を練ってくれ」

「千里眼、ですか……」

 宮廷の者は、いまはまだ勇者パーティの情報を掴めていない。それでもロザナンドがこうして情報を持っているのは、千里眼以外にあり得ない。

「どれくらい正確に見えてらっしゃるのですか?」

「いまきみのことを視てみようか?」

「はい、ぜひ」

 ニクラスは挑戦的に微笑む。ロザナンドの千里眼の性能に純粋に興味を惹かれているようだ。

 ロザナンドは眼帯を外し、ニクラスに意識を集中する。

「宮廷騎士ニクラス。首都の自警団に所属していた。街に両親と兄と妹が暮らしている。紛争で宮廷騎士隊と共闘、反乱軍を制圧する。その能力を買われて宮廷騎士に……」

 そのとき、ロザナンドは違和感を覚えた。千里眼の効果が、何かに阻まれている。

「なるほど、透視耐性か」

 ニクラスには、千里眼による透視を阻害する耐性が働いている。ニクラスの本当のところを見抜けないようになっていた。

「そこまでわかるんですね」

 ニクラスは感心したように呟く。透視耐性を無理やりに解除させることはできるが、ロザナンドにはそれが魔力の無駄遣いではないかと感じられた。

「ニクラス。これからこの宮廷で反乱が起こる。その首謀容疑者は五人。きみもその五人に含まれている」

 ニクラスは驚いた様子でロザナンドを見つめている。その理由に心当たりがあり図星に思っているのか、ロザナンドの透視能力に驚いているのかは判然としないが、否定する材料はないようだ。

「ここで透視耐性を解かなければ、きみに対する疑いを強化しなければならない。もし宮廷で何かが起きたとき、きみを疑わざるを得なくなるよ」

「……殿下にそこまで言われたら、隠しているわけにはいかないですね」

 ニクラスは観念したように薄く笑う。これ以上の隠し立ては意味を為さないことを悟り、透視耐性を外したようだ。ロザナンドは改めてニクラスに意識を集中させる。

「……紛争の首謀者として兄が処刑、妹は病気の治療という名目で宮廷に軟禁されている……。要は人質か」

「病気なのは本当です。ただ、俺の動向如何いかんでは、妹は治験に使われます。反乱なんて起こしようがありません」

 ニクラスは妹の命を盾に、動きを制限されている。ニクラスが反乱を起こしようものなら、魔王は容赦なく妹を殺すのだろう。それも、ニクラスが最も苦しむ方法で。いかにも魔王の考えそうなことだ。自分に敵対しようものなら、どんな方法も厭わないだろう。

「反乱の芽ではあるが」ロザナンドは言う。「他の容疑者に比べれば起こすことによる不利益が大きいようだね」

 ニクラスは重々しく頷く。反乱を起こすことで不利益をこうむる者が容疑者として視えた理由はわからないが、ロザナンドにとってニクラスの存在は僥倖だった。

「では、きみを信用する」

 真剣な表情で言うロザナンドに、ニクラスだけでなくユトリロも怪訝の視線を彼に向ける。

「妹の治療について調べさせてもらう。こちらも人質に取るようなものだが、きみの働き次第では、妹を解放してやれるかもしれない」

 ニクラスの表情が変わる。彼にとって妹が何よりも大事であるということの証明だった。

 魔王に対抗し得る可能性で言えば、ロザナンドは確固たる地位を築いている。ニクラスの妹を魔王から救ってやれる者は、ロザナンド以外にいないだろう。

「シェルとラーシュを監視してほしい。何かあったときすぐに報告してくれるだけでいい」

「反乱を起こし得る者として、ですか」

「そう。残りのふたりは僕とユトリロで監視する」

 もちろん、ニクラスにもコニーの監視をつける必要がある。妹を人質に取られていようと、反乱の芽としてニクラスが視えたことは変わりない。可能性を完全に消すことのできない現時点では、ニクラスは容疑者から外せない。

「反乱の芽として浮上した身分で厚かましいお願いですが、妹の病気を治療して家に帰らせてください」

「わかった。約束するよ」

 ニクラスの表情が和らぐ。現時点ではただの一介の宮廷騎士であるニクラスの妹を魔王が人質に取っているのは、兄が紛争の首謀者として処刑されたことが理由だろう。ニクラスを宮廷騎士として宮廷に召し上げたのも、彼が報復に出ないか監視する目的もあるのかもしれない。魔王はニクラスを疑っているのだ。

「本当に信用してよろしいのですか?」

 ユトリロが怪訝に問う。彼には視えない分、ニクラスへの疑いを緩めることはできないだろう。

「殿下には、俺が利用しようとしているだけなのかどうかはおわかりになるはずです」

「そうだね。妹のことは約束する。いまはとにかく味方を増やしたい」

 魔王の側近を務めているユトリロには、ロザナンドの千里眼の精度がわかっているはずだ。ロザナンドが千里眼の結果をもとにその答えを導き出したのなら、ユトリロに反論する材料はないだろう。

 ニクラスは決意を固めた様子で、ロザナンドの前に跪く。

「宮廷騎士ニクラス、ロザナンド王太子殿下への忠誠をここに誓います」

「うん。シェルとラーシュのことは任せたよ」

「はい。承知いたしました」

「ラーシュから勇者パーティの情報を聞いておいてくれ」

「はい。俺も自分で調査をします。情報の正否がわからなければ、自分たちの練った作戦が正しいかどうかわかりませんから」

「きみに任せるよ」

 ニクラスは恭しく辞儀をして去って行く。その後ろ姿を見送って、ロザナンドは眼帯を着け直す。ニクラスの反乱の疑いが発芽するのはロザナンド次第、といったところだ。

「本当によろしいのですか?」

 ユトリロがまた問いかける。ニクラスを信用していいのかどうか、その正否を掴み兼ねているようだ。

「ニクラスの未来が変わった」

 ロザナンドは確信とともに言う。千里眼の精度が確かなら、それは間違いのないことだろう。

「僕がニクラスを裏切らなければ、ニクラスが僕を裏切ることはない。味方は多いに越したことはない。勇者パーティへの対処法も考えなくちゃならないし」

 シェルとラーシュの監視以外に、ニクラスが勇者パーティの情報を集めてくれるなら尚良い。戦いに関してはニクラスのほうが知識が多い。ロザナンドの思いつかない作戦を考えてくれるかもしれない。

「反乱を防いでも勇者パーティの侵攻を食い止められなければ……ということですか」

「そうだね。父が魔族の反感を買っているのは間違いないが、何かひとつでも運命が変われば未来が変わる。魔族の滅亡は防げるんだ」

 魔王がどうなろうとロザナンドの知ったことではないが、魔族の存続は何よりも重要だ。魔王が滅んでも魔族が生き長らえれば、というのがロザナンドの正直なところだ。ロザナンドの立場上、そんなことは口が裂けても言えないのだが。

「殿下が魔族の王となれば」と、ユトリロ。「魔族はもっとまとまるのではありませんか?」

「それは魔王に対する不敬だよ」

 ユトリロの言う通りだ、と言うようにロザナンドは不敵に微笑んで見せる。ユトリロは小さく低頭する。ロザナンドも同じように考えていることは彼にもわかっているだろうが、誰がどこから聞いているかわからない。ロザナンドは形だけでも咎めなければならない。

「とにかく、残りのふたりを探ってみよう」

「宮廷女官のアニタと宮廷魔法使いのディーサ様ですね」

「うん。ふたりとも、ひと癖もふた癖もある。ニクラスのように透視耐性を発動させるかもしれないね」

「それも殿下にはわかってしまうのですよね」

「そうだね。千里眼を逃れる術はないよ」

「恐ろしい能力ですね」

 薬が毒となるか毒が薬となるか、それはロザナンド次第だ。何もかもすべてわかると確信を持って言えるわけではないが、接触することが脅しになるとも言える。反乱の芽にとってロザナンドが脅威であるということを知らしめておく必要があるだろう。






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