第6章【2】

 廊下を歩いて行くと、ゾンビが遠慮なく湧いて来る。討伐隊はサブマシンガンで応戦し、ショットガンを温存した。サブマシンガンは威力が低いもの、連射ができるためゾンビの群れを切り抜けることができるのだ。ゲームでは射撃ボタンを長押しすることで連射が加速する追加パーツがあったが、現実で使うには反動が大きすぎるだろう。これまで発見できなかったということは、この世界には存在しないのかもしれない。

 しばらく進んだ先に、ベアトリスの言った通りに広まった場所に出た。遮蔽物と赤いドラム缶が各所に設置されている。隊員たちは警戒態勢に入り、忙しなく辺りを見回した。ベアトリスの記憶が正しければ、ここでディルク・セカンドと戦うことになるはずだ。

 ややあって、低く腹の底に響く唸り声が壁の向こうから発せられた。そして、無機質な壁を突き破って来る巨大な影。目が落ち窪み醜く崩れた顔に、筋肉が異常なほど盛り上がる肉体。ディルク・セカンドだ。

「遮蔽物とドラム缶を上手く使って戦いなさい!」

 銃器部隊は素早く展開し、遮蔽物の陰からディルクを狙う。レイラはすでに祈り始めており、クリストバルとファルハーレン、ヴィンセントとラルフが彼女を背にしていた。

 ディルクの破壊した壁から、雑魚ゾンビが湧いて来る。その数は多くないが、放置しておくことはできない。

「ニール、雑魚は任せたわ」

「はい」

 エイムアシストを駆使し、ニーラントは次々とクリティカルショットを決めていく。銃器部隊のサブマシンガン隊の半分も雑魚ゾンビを素早く打ち倒した。

 ディルクが突進して来るのを、銃器部隊は赤いドラム缶を爆破させて阻止する。ディルクがスタンした一瞬の隙を見逃さず、ショットガンとサブマシンガンが一斉に撃ち込まれた。ディルクはすぐに体勢を持ち直す。

 レイラを中心に光の波が生まれ、触れた瞬間にディルクを包み込んだ。銃士たちが息を呑む。ディルクは腹の底に響く咆哮を上げ、腕を大きく振り上げて光を薙ぎ払った。光魔法が振り払われたことに、銃士たちは一瞬だけ怯んだ。

「レイラ、続けろ!」

「はい!」

 クリストバルの声でレイラが再び手を組むと、銃士たちも気を取り直して銃を構える。

 容赦なく浴びせられる銃弾に、ディルクは徐々に力を失っていく。しかし倒れることはなく、傍らにあった赤いドラム缶を持ち上げた。

「ニール!」

「承知しました」

 ディルクが投げる間もなく、ニーラントの銃弾が赤いドラム缶を爆破させる。遮蔽物で爆風をやり過ごした銃士たちは、惜しみなく銃弾を撃ち放った。

 先ほどより強い光が瞬き、レイラが振り上げた手に呼応するように宙に放たれた。それは光の柱となりディルクを捉え、一瞬にしてその体を掻き消した。

 男たちが、わっと歓声を上げる。ベアトリスもひとつ息をつくと、レイラに駆け寄った。レイラの体はふらりと揺れ、クリストバルがそれを受け止める。

「回復薬を飲んでおきなさい」

「はい、ありがとうございます……」

 ステータスウィンドウを開くと、レイラの魔力はかなり減っている。強敵を前に力が入り、魔力を多く消費する魔法を使ってしまったようだ。

「レイラ」クリストバルが手を取る。「もう少しだ。ともに全力で戦おう」

「はい! まだ頑張れます!」

「レイラさん、ちょっといいかしら」

 微笑み合うふたりに顔をしかめつつ、ベアトリスは言った。レイラは慌てて彼女を振り向く。

「この次に広い場所に出たら、所長との戦いよ。あまり体に力を入れないで。今回のあなたの戦いは、魔力を消費しすぎよ。もう一度でもディルクが耐えていたら、あなたが戦えなくなっていたわ。あなたが所長戦で魔法を使っていいのは一度きり。その一度に全力をかけて」

「はい、わかりました」

 その一度の好機に「聖なる祈り」を発動してもらわなければ困る。しかしその前に魔法を連発してしまえば、魔力が足りなくなってしまう。レイラは「聖なる祈り」を発動するだけのレベルには到達している。

「あなたがなぜここにいるかを忘れないで。あなたは私たちの希望よ」

 レイラは青色の瞳を見開く。それから、強い意志を宿して頷いた。

「はい、この街のために全力を尽くします」

 微笑むベアトリスに、レイラも明るい笑顔で応えた。


 他の隊員の回復も済み、再び進行を始める。隊の士気は高い。道中に出て来る雑魚ゾンビは、もう銃器部隊の敵ではなかった。

「ロケランがあるといいのに……」

 ふと呟いたベアトリスに、ニーラントが首を傾げる。

「ロケラン、ですか」

「ロケットランチャーよ。サバイバルホラーゲームのラスボスと言えばロケットランチャーでとどめだけど、このゲームにはないのよね」

「こんな建物の中で使ったら我々も巻き込まれるのでは……」

「だから実装されてないのよ。一度はぶっ放してみたかったわ……」

 つくづくと呟くベアトリスに、ニーラントは苦笑いを浮かべた。

 ディルク・セカンドはかなり硬かった。あれだけの銃弾に加え、光魔法の一度目を耐えている。やはりこちらの戦力に合わせて敵が強くなっているようだ。おそらく、所長戦は厳しいものとなるだろう。

 ややあって、ベアトリスは隊の足を止めさせた。彼らは両開きの大きなドアを前にしている。そのドアの奥からは禍々しい気配がし、いかにも強大な敵が待ち受けている雰囲気だ。

「この先に所長がいるわ。まず五人ずつ四方向に分かれてちょうだい。遮蔽物があるはずだから、そこに隠れてとにかく撃つの。レイラさんは祈りを捧げなさい」

「はい!」

「赤いドラム缶もあるはずよ。所長が近付いたら撃って爆発させなさい」ベアトリスはひとつ深呼吸をする。「この街の命運はあなたたちにかかっているわ。絶対に全員、生き残って。セラン侯爵家の者としての、最後のお願いよ」

 隊員たちは強い意志を湛えた瞳で力強く頷く。

 ベアトリスがドアを開けると、広まったフィールドに前世で見たスーパーコンピューターのような機械が四本、立っている。壁際にはコンテナが置かれており、おそらく銃弾や回復薬が配置されているはずだ。

 その奥から、白衣を着た男がふらふらと出て来る。所長のジェレデフだ。

「……私は……不老不死となるのだ……。老いなど……死など許されぬ……」

 譫言のように呟いた瞬間、男の体がぼこぼこと盛り上がり肥大化する。異形と化していく不気味さに、レイラがサッと視線を逸らした。クリストバルは咄嗟にレイラの肩を抱きながらも、真っ直ぐに敵を見据えている。この隙を狙い、銃器部隊はベアトリスの指示通りに四方に散って行く。機材の陰から、男に狙いを定めた。

 クリーチャーと化したジェレデフが上げた咆哮は、地響きのように床を振動させる。これが最後の戦いだ、とベアトリスはショットガンを構えた。

「総員、かかれ!」

 クリストバルの声に、銃器部隊が一斉に射撃を始める。堰を切ったように撃ち込まれる銃弾にも、ジェレデフは怯まず突き進んで来た。巨大に膨れ上がった腕で繰り出される一撃は、大きく床を抉る。銃器部隊はそれを躱しながら、次々に攻撃を続けた。

 ベアトリスは、手榴弾を投げつつレイラを横目で見遣る。両手を組み目を瞑るレイラから、淡い光が波となって溢れていた。

 ジェレデフの向こう側のドアが開き、雑魚ゾンビが流れ込んで来た。銃器部隊はそれに怯むことなく、最も近くにいた五人がサブマシンガンに持ち替えて応戦する。ゲームでは雑魚ゾンビは現れない。ジェレデフに加えて雑魚ゾンビも出現しては、ふたりで対応することはできないだろう。

 雄叫びを上げたジェレデフの肩から、別の腕が突出した。

「あの腕を狙いなさい!」

 ベアトリスの声で、銃器部隊は一斉に銃口を上げる。一斉射撃を受け、肩から伸びた腕は激しく弾け飛んだ。それにより、ジェレデフが一瞬だけスタンする。その瞬間を見逃さず、銃器部隊はさらに銃弾を浴びせ掛けた。

 手榴弾を投げつけようとしたベアトリスは、突如として体に走った衝撃に息を呑む。

「お嬢様!」

 ニーラントが声を上げた。銃口を下げた一瞬の隙を突かれ、ベアトリスはジェレデフの背中から生えた腕に掴み上げられたのだ。そのまま体は床を離れ、身動きが取れなくなる。銃器部隊は、ベアトリスに当たることを恐れて銃を向けることができない。

 ――ここで破滅するってわけね……。

 ふ、と息をついたベアトリスは次の瞬間、電灯を遮る陰に目を見張った。高く跳躍したファルハーレンが、大きく振り下ろした剣でジェレデフの腕を斬りつける。鋭い切っ先が腕を斬り落とし、ベアトリスは宙に放り出された。素早く駆け寄ったニーラントに受け止められると、彼女を掴んでいた腕はさらさらと崩れていった。

「あなたは死なせません」ファルハーレンが強く言う。「この命に代えても」

「……ありがとう。さすがね、騎士団長」

 剣を鞘に納め再びライフルを手にしたファルハーレンは、部下のもとへ駆け寄り戦闘へ戻って行く。ベアトリスは立ち上がり、服についた塵を払った。

「大丈夫ですか、お嬢様」

「ええ。あなたもありがとう。さあ、もう一息よ」

「はい」

 唸り声を上げるジェレデフが、横にあった赤いドラム缶を持ち上げる。銃器部隊は一斉にドラム缶を狙い、ベアトリスはダメ押しにと手榴弾を手にした。

 そのとき、背後でドアが開く気配がした。再びにじり寄る破滅の予感を、ニーラントの背中が遮る。ニーラントはライフルを手に、ドアから雪崩れ込んで来る雑魚ゾンビを見据えている。

「後ろは私にお任せください」

「ありがとう。心強いわ」

 ベアトリスが投げつけた手榴弾と頭上のドラム缶が、ジェレデフを巻き込み爆発する。戦士たちが爆風に腕で顔を庇ったとき、光の波が砂埃を薙ぎ払った。

 レイラを包み込んだ光が、波動となって雑魚ゾンビを掻き消す。温かく力強い輝きが辺りに満ち溢れ、ジェレデフは怯み体を伏せた。しかし咆哮を上げてそれを振り払うと、レイラに向けて駆け出す。ベアトリスは素早くマジックパックから取り出した閃光手榴弾スタングレネードをジェレデフの足元に投げつけた。弾けた衝撃にジェレデフが足を止めた瞬間、目を開けていられないほどの光が辺りを覆い尽くした。ジェレデフの断末魔が響き渡り、そして消えていく。数秒が経ってようやく視界が開けると、目の前にいたはずのゾンビはすべて消滅していた。

 聖なる祈りが、神に届いたのだ。

 わっと歓声を上げる討伐隊の後ろで、レイラが床にへたり込んでいる。

「終わったんですか?」

 安堵した表情で言うニーラントに、ベアトリスは小さく息をついて頷いた。

「すべて終わったわ」

 クリストバルがレイラに手を貸している。レイラが少しふらふらしているので、ベアトリスは魔力の回復薬を差し出した。

「よくやったね、レイラ」と、クリストバル。「きみは救世主だ」

「そんな……! でも、みなさんのお役に立てたなら、よかったです」

「レイラさんが回復したら、外に出ましょう。長居は無用ですわ」

 ここで称え合ってもいいのだが、いつまでもここに居る必要はない。物語にはエンディングが付き物で、それはここではないのだ。


 イェレミス研究所を出ると、タチアナは暁に輝いていた。澄んだ空気が清々しく、悪夢の終わりを示している。風は優しく穏やかに、苦しい戦いに勝利した者たちを祝福しているようだった。

「あなたの祈りが届いたわね」

 ベアトリスが微笑んで言うと、レイラの青色の瞳が潤む。

「はい!」

 レイラは安堵したように、誇らしげに明るく微笑んだ。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る