前のエピソード――M-Zero4　It's a strange ceiling……

　そうしてボクはおじいちゃんの道場に通い始めた。

　毎日のようにおじいちゃんと稽古をして、空手の楽しさにのめりこんだ。

　おじいちゃんがいないときは長男で館長の崇敏先生や、他の師範の先生たちが相手をしてくれた。

　出席停止が解けたあと、おじいちゃんの伝手で別の中学校に転校してそこで気の置けない友達もできた。

　道場に来る子たちともいろんな話をした。ただジャンケンは相変わらず負けられなかった。ボクもまだまだだね。

　小さい子はボクの名前をアンリだと思ってるみたいだから、転校を機にボクもそう名乗ることにした。無慈悲な翼（スピエタート・アーリ）の二つ名はもういらないよね、師匠（じっちゃん）。名乗るとちょっとザンネンな人に見られるし。いや【三なし】も十分ザンネンだけど！

　そしてボクが２年生になった夏休み、道場に何かとボクに絡んでくる子がやって来た。その子は１コ下の巫子芝篤俊クン。　

　きっかけはジャンケンのとき。ボクと彼は１０回連続あいこのあと、どちらも動けなくなって固まってしまった。

　篤俊クンは後の先を取るのがうまい。ボクが先に動くと彼はそれを読んで手を変えてくる。それを防ぐためにはとっさにあいこにするしかない。

　あのね、これは負けた方が勝ちなんだよ。分かってる？

「それで？　だったらあんたが負ければいいだろ」

　あ～、ボク何だかキミには負けたくなくなったみたい。

「へー、おれもだよ。気が合うな、ボクちゃん（・・・・・）」

　その後ボクたちはジャンケンに見えない突きの応酬を見つかって、小一時間正座させられた。

　それでもボクが帰りに仲直りしようと『あっクン』って笑って呼んだら「ぜっ、全然かわいくねぇよ！　マジでありえねぇ」と言われた。はい、呼び方決定しました。売られたケンカは買うからね！

　その後もあっクンは、ボクを試すような大技を出したり、急所を狙う危険な技を使ってきたりした。他の子にやったら駄目って言ったら「人見てやってるから大丈夫だ」とか言う。

　何のためにそんなコトって訊くと、「あんた【三なし】って知らねぇか？　もしかするとあんたが本当の【三なし】じゃねぇのか」って言われた。ナ、ナンノコトデスカ～？

　あっクンMEMOによると、【三なし】は一匹狼の不良で、その実力は格闘家も秒殺するほどらしい。ヤクザに監禁された不良仲間を助けるため、単身乗り込んで組を壊滅させたときは、日本刀を持った１０人の大人に囲まれてもヌンチャクを構えて一歩も引かなかったという。

　一見すると女の子に見えるほど華奢だが、ケンカのときは目で追えないくらいの速さで駆け抜け、余裕で大人を飛び越すくらいのジャンプ力があるらしい。

　普段の生活は誰も知らない上に神出鬼没。距離なし、加減なし、反省なし、の行動原理から、一子相伝の暗殺拳の使い手とか、常識の通じない傭兵に育てられた野生児とかの噂もあるという。フ～ンスゴインダネ～。

　あっクンがここに来たのも【三なし】に関わりがあるらしい。

　ことのはじまりは、あっクンがママ（篤：何だよ、おかしいかよ！）のパート先で、商品を万引きした不良を見つけて警察に突きだしたことだった。

　そこまではよかったんだけど、不良グループの罠にかかってあっクンは傷害事件の犯人にされ、その風評被害でパパは家の空手道場を閉めざるを得なくなり、ママもパートを辞めさせられた。

　それでキレたあっクンは不良どもを一人ずつ闇討ちしてまわった。あだ名は【闇シバ】だって。ぷぷっ、豆柴っぽくてかわいい！　（篤：何だよ、おかしかったら普通に笑えよ！）。

　だけどある日、不良グループは仲間割れから乱闘事件を起こして全員が警察に補導され、そいつらの自供からようやくあっクンの疑いも晴れた。その乱闘事件の裏にいたのが【三なし】だと後で知ったらしい。　だけどお咎めなしとはいかないから、あっクンも出席停止の処分を受けて道場に通うコトになったんだって。

　……うん、あの時はあいつらけっこう大きなグループになってたから、ボクも一気にケリを着けたくて、倉庫に集めて一網打尽にしたんだよね。しんどかったけど。

　あっクンのことも知ってれば、もっと早く手を打ったかもしれない。ごめんなさい……。

　道場（ここ）には他にもわけありの子がやって来る。おじいちゃんが更正のために手を差し伸べてくれている。そしてボクも、道場の先輩として時々トラブルの仲裁に駆り出されることもある。え？　【三なし】じゃ火に油を注ぐだけ？　そ、そんなわけないでしょ！　失礼しちゃうわ！

「アンリは嫌がるかもしれんが、【三なし】という名前は抑止力になるんじゃよ。それに子供には子供らの中でしか解決できんこともある。大人が出しゃばるのはその後でいいんじゃ」

　おじいちゃんはそう言ってボクを応援してくれる。でも【三なし】という名前はボクから名乗ったわけじゃない。事件を表沙汰にしたくない奴や、普通に負けを認めたくない奴が苦しまぎれに言ったことがきっかけで尾ひれがついた都市伝説みたいなものだから。「あれは人間じゃ無かった」とか「俺らだから殺されずにこの程度で済んだ」とか「やり過ぎると【三なし】が地獄からシメに来るぞ」とか……。

　う、うん。ボクは気にしてないよ、ちっとも。ははは……はぁ。