【朗読OK】夜桜の下、友達みたいなカレシと二人きり【フリー小説/台本】

雪月華月

第1話 夜桜の下、友達みたいなカレシと二人きり

 もともと、友達からいつのまにか、恋人同士の仲になっていた。

だから甘い空気とは無縁で、付き合い始めて数ヶ月になっている。

たまに思うが、自分達は本当に恋人なんだろうか。

距離感がおかしくなった友人とかではないだろうか……と思うこともある。


さて、と遥香は立ち上がる。


 今日は鍵を借りて、恋人のユウキの部屋にいた。

今日はベランダで家飲みしようという話になっている。

彼の住む部屋のベランダの前には桜の木があり、満開を迎えようとしているのだ。


 花見ができる部屋とは思ってなかったなぁと、ユウキは言っていた。

部屋の安さだけ見て、他のことはてんで気にしてない彼らしい言葉だった。

飲み会の飲み物や、ちょっとした良いツマミはユウキが持ってくることになり

自分はきゅうりのたたきとかすぐに食べれるおかずを作っていた。


「別に、買えばいいんだけどさ、遥香のご飯うまいんだ。どっちも食べたい」


 そう、無邪気に目をキラキラさせながら言われては、無下には出来なかった。

ユウキは生活するということが苦手で、遥香と付き合う前は冷蔵庫にろくに食料がなかった。カフェイン系のエナジードリンクしかなくて、よくよく話を聞くと、エナジードリンクとコッペパンで、何日も食べてしのいでるということを言い出した。


 かけもちのバイトもしてるという話を聞いてもいたが、そこまで経済的に切迫してる様子もないと聞いていたので、遥香はその時察した。ユウキは生活することが苦手な人間だということに。そしてそんなことを知ってしまったらとてもじゃないが、ほうっておくわけにはいかなくて、遥香は事あるごとに、鍵を借りて、お世話してしまうのだった。


 料理だけでいいと言われてるが、ポロシャツのボタンがとれかかったのがあったから、ボタンの取り付けをしたほうがいいんだろうか……。うーんと真剣に考え出してしまって、これじゃ恋人じゃなくてお母さんかもと、急にさみしい気持ちになった。


 友人の延長線にも見えるし、お母さんと息子のようだし……でも遥香の中では恋人だという認識はある。実際なんとなくの流れで付き合い出したとはいえ、ユウキと肌を重ねたときに、遥香は確信したのだ。すごく想像以上に、自分はユウキが好きなのだと。

 恋人になれたことに強い喜びを全身で感じている自分がいたのだ。


 好きという甘い感情に、頭がくらくらして、踊りだしそうなくらい心がどうかしてしまいそうな。溶けていくような感覚に、ただただ浸るような恋情に。


 これだと私だけ、好きみたいだなぁ。

だんときゅうりを思わず強く叩きすぎて、自分で自分の行為に驚いてしまった。


 夕闇が青く、夜に変わっていく。

今日は季節が狂ってるのかと思うほどに、日差しが強く、花見日和だっただろう。

しかし夕方も遅くなると、涼しい風が窓から吹き込んでくる。

沈みゆく、太陽の朱い色を、遥香は見ていた。

立ち尽くすような圧倒を感じていた。


 夜の21時過ぎに、ビニールの買い物袋を片手にユウキが帰ってきた。

こころなしか、ニコニコしている気がする。

どうしたの?と聞くと、やっと帰ってこれたから嬉しかったんだとか、子供のように言ってきた。ユウキのこういうところがむず痒くなってくる。その邪気のなさに心があてられる。

ようは、好感度がはねあがるのだ。ぴょんとうさぎが飛ぶような勢いで。


「じゃ、乾杯」


 ビールがいいと、言うので小瓶のビールをグラスにそそぎあって乾杯した。

ビールを飲むのは久しぶりだった。

最近は飲み会でも、飲まない人はそこそこいるし、ビールなんて飲みづらいと、不人気の筆頭だったからかもしれない。ユウキは居酒屋バイトで、お酒好きなおじさんたちにもまれていることもあって、どんな酒でもおいしそうに飲む。

ビールもぐびぐびと喉越しよく飲むもんだから、本当においしそうだ。


 ユウキのベランダにまで枝を伸ばしている桜の木は、本当に綺麗だった。

淡桃の桜の花びらをここまで近くに見ることも、実はそうそうなかったのもあって

面白がって何枚も撮影してしまった。


 ユウキはベランダに出した椅子の上で、桜を撮影しまくる遥香を、なんだかふんにゃりとやわらかい表情で見つめてる。なんだかいつもの顔と違う気がして、遥香は耳元をぽりぽりとかいた。なんだか急にむず痒さがすごいことになっている。


「なんか今日、いつもとちがうくない?」


「そんなことないよー、いつもどおりだよ」


「ホントかなぁ……」


 遥香はうむぅと言いながら、スマホでSNSを開いた。

撮影した桜でも、載せようかと思ったのだ。しかし、目に飛び込んだ写真に

思わず目を丸くする。遥香とユウキの共通の友だちが花見というか宴会してる写真を載せてるのだ。


「なんか、瞳たちも、今日花見してるみたい。ユウキも聞いてないよね、宴会あったの、誘わないなんて水くさいなー……そう思わない?」


「そ、そうだね」


 ユウキの声は明らかに動揺していた。視線もあっちの方向を向いてる。

なぜ、瞳たちが誘ってこなかったことに、こんなに挙動不審になるのだろう……。

はっと思考をめぐらせると、思い当たることは一つだった。


「もしかして。知ってた? 今日宴会があったことに」


「え?!」


 ああ、と遥香は思った。

この世で一番、絶望したハムスター並に挙動が怪しいひとになってる。

ハムスターだとしたら一生回し車で走り続けて逃げようとしてるみたいだ。


思わずそう指摘すると、ユウキはむーと頬を膨らませた。


「だれがハムスターだよ!」


「いや、だってそう見えたし……ていうか、そういうことじゃなくて、え、知ってたの?? 今日皆で花見をしてたこと……なんで教えてくれなかったのよ」


「それは……えっと、その」


 なぜか、ユウキはモジモジしだす。

それから、何かを決心したかのように、大きくうなずき、前のめりになる勢いで

遥香に迫った。


「遥香とふたりきりで花見したかったから……誘われてたけど、だまった……遥香、絶対折れと一緒にそっちに行こうとか言い出すから」


 うぐっと声が出そうになった。

まあ、たしかにそうだ、そのとおりだ。

自分一人はともかく、ユウキと一緒に誘われたのならそうする。

二人で楽しい場所に行くのが大好きだから。

 それを分かっているから、ユウキはあえて伏せてたのだ。


「まあ、黙っていたのは許すけど、なんで二人きりが良いのよ」


 遥香はユウキから少し目をそらしながら、口を開いた。

カレがなぜ、私とふたりきりになりたかったのか、まだ理由を聞いてなかったなと思った。

正直、野暮な質問かもと思っていた。でも聞かずにはいられなかったのだ。


「なんでって、そこで聞く?!」


「そうだけど、言葉で聞きたいの、憶測でわかったふりするの嫌なの」


「たしかに、そうだな……」


 ユウキはこほんと咳払いした。それから優しく、遥香の手を握った。


「遥香と桜を見たくて、一緒に過ごしたかったんだよ……ほかのやつと一緒だとヤダ……遥香だけと今過ごしたいんだ」


「つーまーりー?」


「ああっ、好きなんだよ、ヤバいくらい好きなんだよ、これでいいか!!!」


 ユウキはこれ以上にないくらいに顔が真っ赤だった。百年分の気力を使った気分と冗談めかして言っていたが、あながち嘘ではないだろう。


 でもね、ユウキと言いながら遥香は微笑んだ。


「私も好きなんだ、すっごいくらいに、やっばいくらいに」


ユウキの手に、遥香は指を絡めた、しっかりとにぎりあう。


「だから、離さないでね」


 風が吹き、夜桜が揺れる。

それと同時に雲がながれて、月が、見つめ合う二人を照らしてた。

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【朗読OK】夜桜の下、友達みたいなカレシと二人きり【フリー小説/台本】 雪月華月 @hujiiroame

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