3

「あのね!」



 ずぶぬれた慎太郎の背中をリビングに押し込むと由里子は、エアコンを入れ暖房にし、給湯パネルから風呂の湯張りをし、彼へとふりむき、まくしたてた。


「この寒い中、マンションの前に立たれるのと、休みの日に来る電話とじゃあね、後者のほうが百億倍マシなの! しかもズブ濡れで! ──いい? ひとりぐらしの女性にとって、一番の敵っていったい何だと思う?!」


 早急に詫び、そしてすぐ帰るつもりだった自分がまさか一人暮らしの上司の部屋にあがっている。彼は、そのリビングが殺風景なことも、不釣り合いなサイズのコートが壁に吊ってあることも、そして少し煙草のにおいがすることも、とりあえず見なかったことにして、


「ええと……」


 今、するべき回答を、喉からしぼりだした。


「す、ストーカー ……とか…… ですかね」


「ああそうね、あなたみたいなね! でも残念! 不正解!!」


 バスタオルを突きつけ、彼女は、


「答えは、ご近所さんの目!」


 ふすまの合う音を立てて、和室にこもった。




 取り残された彼は、バスタオルを手に、


「なんか…… たいへんに申し訳ないです……」


 と、襖に頭をさげた。






「エントランスなんかじゃ込み入った話しなんて出来ないし、ご近所さんの手前…… とりあえず部屋には上げたけれど、とにかくね、風邪でもひかれちゃ明日からこっちがたまんないの。お風呂いれるからカラダ温めて、帰って」


 なかで袖口や革のバッグにタオルをあてているのか、音が聞こえる。


 彼は恐縮し、いやでも、風呂なんてと、そこまでは甘えられないですと言いかけたが、襖越しに声が、


「で! その要件ってのは、いったい何!」


 と飛んできた。


 当然、彼女には見えていようもないことだが、慎太郎の目はいま、潤んで赤い。手にしたタオルを強くにぎっている。


 つとめて彼は、冷静に、


「先輩のご病気についてです」


 そう答えると、襖の向こうでも音が止まった。


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