第29話 康隆の思い
「だーれだ♪」
後ろから可愛い声が聞こえてきた。
瞬時に相手が誰だかわかる康隆。
「加奈ちゃん?」
「あたり~♪」
そう言ってきゃらきゃら笑う加奈。
鴫人らしい羽耳と背中の羽根をぴくぴくと震わせる。
「この前は怖かったぁ~♪ あの人っていったい何なの?」
「う~ん……何なんだろうなぁ……」
そう言ってはぐらかす康隆。
加奈はきゃらきゃらと笑う。
「どうせ本命の恋人なんでしょ? あんまり女泣かせちゃだめよ?」
「え~? 違うよ~?」
「嘘~?」
そう言ってけらけら笑いながらも二人で火盗へと向かう康隆。
「ところでタカさんはこんなところでどうしたの?」
「うーん……前に言ってた穴昆田の討伐かな?」
「嘘ぅ? 本当に出来るのぅ?」
「本当本当、絶対やるから!」
などと言いながら二人で歩くのだが、康隆も一つ気になった。
「加奈ちゃんはどうしたの?」
「うーん……ちょっと仕事の用事かな? 店長に頼まれごとがあってそれで来たの」
「こんなところに?」
不思議そうにあたりを見渡す康隆。
この辺はややさびれた地域で、あんまり大きなお店は無く、若者向けのお店も無い。
治安も悪く、あんまり遊びには向かないのだが、加奈はけらけら笑う。
「この辺にうちの店の本店があるの。だからそこに用事があって来ただけ」
「ふーん……」
加奈の店は岡場所で飯盛り女を出す店だ。
そうなるとこれぐらいの場所に本店があって当たり前なのかもしれない。
そんなことを考えていると……
「だーれだ?」
ぐにゅっ!
底冷えする声で眼球をえぐりそうな勢いの「だーれだ?」をやられる康隆。
彼は背中全体に広がる巨大なおっぱいの感覚に、喜ぶどころか恐怖を感じている。
「ひぃ!」
加奈が悲鳴を上げて慌てて逃げ去っていく……………………
それだけで後ろの人が誰なのかすぐに分かった。
「えーーーと……………………真尼姫様……です……か……ね……………………」
蚊の鳴くような小さな声で返す康隆だが、真尼は頭を抱える力を緩めない。
「ねぇ……………………さっき、何で本命の恋人って言われて『はい』と答えなかったのかしら?」
「……………………」
だらだらと冷や汗が止まらなくなる康隆は、ぎりぎりと眼球にかかる圧が上がっていくことに恐怖する。
(これ返答次第ではえぐられんじゃないかな?)
慎重に言葉を選ぶ……………………と言うよりは良い言い訳を考える康隆。
そして……………………彼は正解にたどり着いた。
「だって婚約者であって、愛人じゃないでしょ?」
「……………………えっ?」
言われたことがわからずに戸惑う真尼。
「江戸の町では本命の恋人って言ったら、数ある愛人の中での本命って意味だから違うって言ったんだよ」
「なんだぁ♪ ごめんねたっちゃん♪ 私ったら勘違いしてた♪」
あっさりと手をほどく真尼。
ちなみに当然ながらそんなルールは無い。
そのまま康隆の腕を取り、一緒に腕組みしながら歩く。
「それで、これからどこへ向かうの?」
「ちょっと火盗まで。仕事があるからまた今度ね」
「ええ~……………………」
むすっと頬を膨らませる真尼。
「折角たっちゃんに会えたのに……………………全然一緒に居られない……」
そう言って泣きそうな顔になる真尼。
そんな彼女の姿を見て何とも言えない顔になる康隆。
(……こういうところは昔と変わらないな……)
そう思いながら昔を思い出す康隆。
幼少期の思い出は全部真尼と一緒の思い出だった。
何しろ赤子のころから康隆が離れると泣き喚くので、常に一緒だった。
康隆の方が二歳上なので、当然ながら勉強も二歳上の康隆に合わせた。
おかげで天才少女とも言われており、勉学においては誰よりも早く覚えたし、武術においてもすぐに強くなった。
何しろ二歳上の男の子と一緒にやるんだから強くなって当たり前と言える。
だが、一方で康隆の評価は下がるだけだった。
普通ぐらいの成績だったが、康隆と真尼の成績もほぼ一緒で、言い換えると二歳下の女の子に負けていると同義だ。
常にやることが同じなので同じ程度にしかならないが、それ故に自分の評価は下がるし、真尼の評価は上がる。
疎ましさを感じるのも仕方がないことだろう。
真尼もその辺を察したのかある時期からわざと負けるようになった。
康隆を立てる思いからやったことだが、それが手抜きであるのは当の康隆が気づいているので意味が無い。
真尼からすれば一緒に居たい一心でついてきているのに、ついてくれば来るほど苛立ちが募る。
結果、天才少女と凡庸な兄貴分という双方にとって不本意な評価が付いた。
そこに蜘蛛女特有の美貌と内気で人見知りが激しい性格……言い換えると言いなりになりやすい性格が付いてくる。
家臣からするとぜひ我が息子の嫁にと考えるのも仕方ない。
だが、蜘蛛女として一途に康隆を愛している以上、そこも難しい。
凡庸な才能にあるまじき幸運に康隆は圧し潰された。
(……真尼姫様が悪いわけではないとわかってはいるんだが……)
涙目で訴えかける真尼の姿を見ると言いようのない気持ちになる康隆だった。
ぎゅっ……
仕方ないので真尼の手を引っ張ってやる康隆。
「ほら、火盗に入るまでだぞ?」
「……うん!」
涙目のまま嬉しそうに笑う真尼だった。
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