第46話 攻城戦

 

 アンリが見た内容を頭の中で再生する。


 アラクネ姉ちゃんがヴァイア姉ちゃんの肩を掴み、思いっきり上へ引き上げた。ヴァイア姉ちゃんが持ち上がるかと思ったら、ローブだけがすっぽりと抜ける。そしてヴァイア姉ちゃんはバンザイする形で下着姿になった。


 再生終わり。


 つまり、今、ヴァイア姉ちゃんは広場で下着姿。靴や腕輪とかの装飾品は身に着けているけど、全体的に下着。しかも皆に見られる。あれもドッペルゲンガーと同じように全方位にセクハラになると思う。


『なかなかいいデザインのローブクモ。軽いし肌触りがいいクモ。なんの生地でできてるクモ?』


 明らかに空気を読めていないアラクネ姉ちゃんが、ヴァイア姉ちゃんに問いかけてる。ヴァイア姉ちゃんは止まったまま動かない。大丈夫かな?


『ヴァ、ヴァイアちゃん! 服、服! なんかで隠して!』


 ディア姉ちゃんのアドバイスでヴァイア姉ちゃんは腕輪を触ってから何もない空間から何かを取り出した。あれはエプロンかな? 結構大きめのエプロン。それで全身を隠した。うん、これでセクハラじゃない。


 でも、色々思うところがある。


 ちょっとだけ見えたヴァイア姉ちゃんの下着。アンリの第一印象だと、あれはスコーピオン。砂漠にいるという毒を持ったハンター。なんだろう、上手く表現できないけど、簡単に言うと、あれはない。


「ヴァイアちゃん、なんとなくわかってたけど、スタイルがいいわね……それに、すごく攻めた下着を着けてたわね……!」


「そう、おかあさん、それ。ヴァイア姉ちゃんの下着は攻めてる。でも、アンリの基準からすると、あれは攻め過ぎ」


 もうちょっと抑えたほうがいいと思う。あれは下着のスタンピードって言ってもいいくらい。


『あ、あの、ノストさん……見ま、した?』


『え、あ、いえ! 見てません――あ、いや! み、見てしまいましたが、忘れます! スコーピオンなんて忘れますから!』


 ヴァイア姉ちゃんがノスト兄ちゃんに見たかどうか聞いている。あれを見てない人はいないと思う。ヴァイア姉ちゃんは顔を真っ赤にしながら雑貨店に戻って行っちゃった。


「なるほど、ヴァイアちゃんがああいう下着を着けていた理由がなんとなく分かったわ」


「そうなの? どういう理由であんな攻め過ぎな下着をつけてたの?」


「アンリにはまだ早いわね。でもね、アンリ。今のアンリには分からないかもしれないけど覚えておきなさい。女にはね、攻めなきゃいけないときがあるのよ。ヴァイアちゃんは常在戦場の気持ちであれを着けていたのね……」


 おかあさんがちょっと涙ぐみながらそんなことを言ってる。何を言ってるんだろう?


「えっと、おかあさん? アンリにも分かるように言って?」


「アンリも大きくなったら自然と分かるわ。でも、そうね、アンリにも分るようにイメージで言うと、今、ヴァイアちゃんは城を攻めているの。攻城戦ということね。まだ攻める手前、宣戦布告もしていないと思うわ。でも、装備だけは整えていたってことよ」


「それは分かる。戦いの前に準備は大事。でも、それとヴァイア姉ちゃんの下着の関係が分からない。あの下着で城は落とせないよ?」


「今は分からなくていいのよ。でもね、ヴァイアちゃんは宣戦布告をする前に城門を破壊して本丸まで突撃しちゃった感じね。準備が仇になった感じよ」


 宣戦布告をする前に城門を破壊して本丸まで突撃しちゃった? 後は相手に降伏させれば、それで終わりじゃないかな?


「ダメなの? あともう少しで勝てると思うけど?」


「アンリ、女はね、いつだって相手にさらって欲しいの。こっちから行くんじゃない。策を弄し、罠にはめ、さらいやすいような状況を作り上げ、そして最後に相手にさらってもらう。それが理想なのよ」


「何の話? お話が変わってない? それに、どう聞いても悪の組織がやるようなことだと思うけど?」


 アンリが子供だから分からないのかな?


「でも、ヴァイアちゃんも可哀想ね。多分だけど、ノストさんはかなりの鈍感。今の行為もあまり効果がないかもしれないわね。その大変さ、私も良く分かるわ」


 今度はいきなりノスト兄ちゃんの話になった。急な展開にアンリはついていけない。というか支離滅裂だと思う。


「おかあさん? アンリにも分かるようにちゃんと整理してから話して」


「はぁ、ウォルフの奴も鈍感というか、唐変木というか、なんなのあの枯れ具合。仙人? 仙人なの? あれだけアピールしてるのになんで私の気持ちに気づかないのかしら?」


 アンリの言葉を聞いていないみたい。おかあさんはちょっと遠い目をしていて、独り言っぽくなってる。それに魔力が漏れてる感じ。これはおかあさんが怒っている証拠。ウォルフっておとうさんの名前だけど、どういうことかな?


「私だってぴちぴちとは言わないけど、まだまだいけるはずだし、結構アピールもしてるのよ? 何年も一緒にいるのになんで気づかないのかしらね? 私もヴァイアちゃんを見習ってもうちょっと攻めようかしら?」


「おかあさん、アンリの胴体をきつく締めすぎ。もっと大事に扱って。あと、何言ってるか分からない」


 おかあさんが、はっとした感じになった。ようやくいつものおかあさんが戻ってきた感じ。良かった。


「あ、あら、アンリ、ごめんなさいね。ちょっと思うところがあってトリップしてたわ」


「うん、大丈夫。でも、何の独り言? アンリには全然意味が分からなかった。おとうさんに思うところがあるの? 今日の夜は家族会議する?」


「いえ、大丈夫よ。ちょっとストレスが溜まってただけだから。今度ストレス解消に川辺で魔法をぶっぱなしてくるわ」


「うん。いくらでもぶっぱなしてお魚を取ってきて。焼き魚は結構好き――あ、ヴァイア姉ちゃんが雑貨屋から出てきた」


 ちゃんとした服を着てる。というか、同じローブかな? でも、なんか黒いオーラっぽいものが見える。アンリには分かる。あれは修羅。死を覚悟した目だ。


 そしてヴァイア姉ちゃんは周囲に何かを放り投げた。アラクネ姉ちゃんのところに集中的に投げてるけど、あれは石ころかな?


 その石ころが地面に当たると、ボンって爆発が起きた。当たった場所の地面がちょっとえぐられてる。


『な、なにするクモ!』


『皆殺して私も死ぬ!』


 ヴァイア姉ちゃんが物騒なことを言ってる。


『ちょ、ヴァイアちゃん、待って! 大丈夫、大丈夫だから! 落ち着いて! なんでこういう時のヴァイアちゃんは馬鹿力なの!』


『ヴァイアさん、大丈夫ですから! 明日には忘れてますから! 落ち着いてください!』


 ディア姉ちゃんがヴァイア姉ちゃんを羽交い絞めにして、ノスト兄ちゃんはヴァイア姉ちゃんを説得してるみたい。


 でもそうしている間にも、アラクネ姉ちゃんの周囲では爆発が起きてる。石を放り投げてはいないけど、石を転移させてる? 石ころを爆発する魔道具に変えて、其れを転移させてる?


『た、助けてクモ! こっちは人族に反撃できないクモ!』


『こ、こっちに来るな! 狙われてるのはお前だろうが!』


 アラクネ姉ちゃんが助けを求めているけど、ミノタウロスさんは突き放している感じ。そしていきなりアラクネ姉ちゃんは動かなくなった。


『け、結界に閉じ込められたクモ! 助けてクモ! 硬すぎて壊せないクモ!』


『大丈夫だよ、アラクネちゃん。私もすぐ行くから。さよなら』


『嫌クモー!』


『何やってるニャ?』


 森の妖精亭からヤト姉ちゃんが飛び出てきて、ヴァイア姉ちゃんの近くへ駆け寄った。あ、これはあれだ、陽炎ってスキル。全体がスローモーションになる感じ。


 ヤト姉ちゃんは何もないところからナイフを取り出して、ヴァイア姉ちゃんの手の甲をちょっとだけ傷つけた。すると、ヴァイア姉ちゃんがガクンと膝から崩れ落ちる。それをヤト姉ちゃんが抱えた。


『少し麻痺させたニャ。森の妖精亭で休ませるニャ。でも、何があったニャ?』


『不幸な事故があった感じかな……』


 ディア姉ちゃんの説明が的確。どう見てもあれは不幸な事故。


『まあいいニャ。でも、フェル様がいない時にあまり問題を起こしてほしくないニャ。もし何かあったら怒られるニャ。あ、そうニャ、軽くとは言え、怪我をさせたから治癒魔法が使えるリエルを呼んできて欲しいニャ』


 ディア姉ちゃんが教会へ入っていった。リエル姉ちゃんを呼びに行ったんだと思う。アラクネ姉ちゃんはちょっと震えている感じだけど、一応無事だから問題ないかな。これでようやく騒動が終わった感じだ。


「えっと、とりあえず、終わったのかしらね。なんかこう、ドッペルゲンガーのことなんてどうでもいい感じになるくらいのトラブルだったわ」


「うん。アンリもそう思う。あとはフェル姉ちゃんが帰ってくれば全部終わり。今日もフェル姉ちゃんが帰ってくるまで起きてる。アンリは今日、夜更かしの記録を更新するから」


 昨日は寝ちゃったから今日は起きてる。よし、張り切って夜更かししよう。

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